第16話

 遠野に案内されて倉田の寝所に足を踏み入れた刹那、源之進は息を呑んだ。

 倉田の頬からは肉が削げ落ち、虚ろな瞳にはすでに生気はない。

 それでも、源之進の姿を認めると、倉田はやせ細った体を起こした。

 その背中を遠野がそっと支えた。

「かたじけない」

 その言葉が、支えた遠野に云ったのか、源之進に詫びるつもりで云ったのか、源之進にはわからなかった。

 ただ、腰が砕けるように座り込んだまま、源之進はかける言葉を見つけることができなかった。

 押し黙ったままの源之進に目配せをした遠野が、倉田の肩にそっと手を置くと、源之進の代わりに言葉を継いだ。

「倉田殿が詫びることなどありません」

「面子にこだわらず、早く打ち明けていれば、そなたに……藤十郎様も死なせずにすんだかもしれない」

 倉田の目から一筋の涙が流れた。

「詫びねばならぬのは私の方です」

 源之進はそう云ったが、倉田は首を振った。

「いや、私は最初から賊が右近ではないかと疑いを持っていたのだ。だが、信じたくなかったが故、その思いに蓋をした。これは私の罪だ」

 倉田はごほごほと咳き込みながらも、噛みしめるように話し続けた。

「右近には天性の才能があると言って、先代は右近に目をかけておった。だが、ある日を境に道場から締め出し、私にも『右近に金輪際、刀を渡さぬように』と言われた。私が訳を訊くと『右近が遣うのは剣術ではない。あれには人の心がない』と……。そのときは何のことだがわからず聞き流したのだが、その後すぐに先代が斬殺された」

 倉田はそこまで云うと、むせび泣いた。体を支えていた遠野が「もう休まれた方がいい」と云っても、倉田は首を振って更に話を続けた。

「右近のふた親は、まだ幼なかった右近の目の前で、酔った侍に絡まれた挙句斬り殺された。ちょうど通りかかった先代と私が止めに入ったが、間に合わなかったのだ。返り血を浴び、両の目を見開いたまま呆然としていた右近の姿が今でも瞼に焼き付いておる」

 遠い目をした倉田の両目からまた涙が零れた。

 それを拭って倉田は目を閉じた。

「右近はまだたった五つだった。そんな右近を不憫に思ったのあろう、先代はそのまま右近を道場へ連れ帰ったのだ」

 苦しげに息をしながら話し続ける倉田の背中をさすりながら、遠野が尋ねた。

「その侍はどうしたのです。お咎めを受けたのですか」

「いや、悪いのは斬られるようなことをした者だと何の咎めもなかった。ここに来た当初、右近は口を利くこともなく、暗く沈み込んでいた。それでも時が経つにつれ、徐々に明るさを取り戻し『強くなるのだ』と言って稽古に励んだ。それで、私も先代も安心したのだ」

 すでに呼吸も浅く、肩で息をしていた倉田の身体を遠野がそっと布団に横たえた。

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