第15話

 ようやく状況を理解したらしい格三郎は顔を青くした。

「確かに転がるように飛びだしてきて、人斬りから逃げてきたと泣いて助けを請うた若い男が居ったには居ったが……。私はてっきり……まさか、奴が?」

 格三郎は今にも泣きそうな情けない顔をしている。

「で、奴は何処に行ったのだ」

「そのあたりでしばらく休んでいたようだが……」

 格三郎が云い終わらぬうちに、遠野と源之進は弾かれたように走り出した。

 野次馬と火消しでごった返す往来で人波をかき分けながら懸命に捜索したが、右近の姿は何処にも見つけることはできなかった。

 その後の調べで、町方も橘右近が下手人だとして大がかりな捜索を行ったが、結局、その行方は杳としてしれなかった。


 火事からひと月近くが経って、季節が変わって初冬になっても、依然として右近の消息は分からなかった。

 下手人は捕縛されないままではあったが、辻斬りも火付も鳴りを潜めたおかげで、年の瀬が近い町には平穏な賑わいが戻ってきていた。

 寒さが一段と厳しくなった日の昼過ぎ、遠野がひょっこりと源之進の元に顔を出した。

「源之進、出かけるぞ」

 相変わらず大声で勝手なことを云う遠野に、源之進はうんざりした顔でそっぽを向いた。

「大きな声を出すな。傷に触るであろう」

「もう随分よくなったであろう。それに声が傷に触る訳などないではないか。つまらぬことを言ってないで早う仕度をせぬか」

 遠野は容赦なく源之進を急かし立てるが、源之進はとても出かける気にはなれない。

 右近に斬られた傷は癒えたとはいえ未だに疼いていた。

 何よりあの火事以来、源之進はずっと自室に籠って、塞ぎ込んでいた。

「お前は怪我人を.労わろうという気持ちさえ持ち合わせておらぬのか」

「何が怪我人だ。大袈裟に騒ぎ立ておって。所詮、命に関わらぬほどの掠り傷ではないか」

 遠野の云う通り、致命傷を負った訳でもないし、後遺症が残るほどでもない。だが、肩から肘にかけて痛みが走るたび、源之進は己がいかに未熟であったか、恥じ入る思いで悶々としていた。

「行きたくないと云っておるであろう。もう、構うな」

 長い沈黙の後、遠野は静かに言った。

「倉田殿に会ってきた。もう長くは持つまい」

 源之進は黙り込んだ。あの日、遠野が運び出した際、虫の息だった藤十郎の意識はついに戻らず、朝を迎えることなく命を落としていた。

 倉田も相当な深手を負っていたことは間違いない。

「今はの刻みにお前に詫びたいと申しておる。それでも行かぬのか」

 源之進が下手人を倉田だと勘違いしなければ、あるいは倉田は右近に斬られずにいたかもしれない。

 詫びなければいけないのはむしろ源之進の方だった。

「何故、詫びなどと……」

「さあな。それは本人に聞くがよい」

 遠野は淡々とした口調に、源之進は黙って頷くと重い腰を上げた。

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