第14話

 斬られることを覚悟した刹那、右近が「うっ」と呻いて腹を抱えた。

 見れば、どこから持ってきたのか、棍棒を抱えた遠野が立っている。と、表で笛の音が聞こえた。

「ちっ、火付盗賊改か。悪運の強い奴だ。朝倉源之進、この勝負、預けておくぞ」

 そう云い残して、身を翻した右近は火のついた廊下へ飛び出して行った。

「待て」

 右近を追おうとした源之進だったが、倉田の呻き声に足を止めた。見れば、遠野が倉田を抱えようとしているが、体躯が大きく難儀していた。

「源之進、肩を貸せ。外は大勢の役人がここを取り囲んでおる。いくら右近とて逃げ果せることなどできはしまい。それより倉田殿を連れて、早くここを出よう」

 源之進は頷いて、遠野と共に両脇から倉田を抱えて廊下に出た。

 すでに廊下は火に包まれている。

 燃えさかる焔を潜り抜け、ようやく外に出た途端、ごぉーっと轟音が響き渡り、主屋の屋根が崩れ落ちた。

 その場に居た全員が背筋を凍らせ、動きを止めた。

「危ない所であったな」

 遠野は安堵の息を漏らしたが、源之進は無言で頷いただけだった。

 最初に動いたのは、三人が出てきたことを認めた格三郎だった。

 駆け寄ってくる格三郎の目は涙で潤んでいる。

「おお、源之進。それに遠野殿もよく無事で戻られた」

 意識を失っている倉田の身を駆け寄ってきた役人に預けてから、源之進が煤だらけの顔で笑ってみせると、格三郎は源之進の肩を抱いた。

「どうなることかと気が気でなかったぞ」

「心配かけたな。この通り、ちゃんと首は繋がっておる」

 生還を喜び合う源之進と格三郎を尻目に、遠野はきょろきょろと辺りを見渡したかと思うと、常より大きな声を更に張り上げた。

「おい、源之進。右近の姿がどこにもない」

 源之進は我に返って、格三郎の肩を掴んで詰め寄った。

「奴は何処だ。ちゃんと捕えたのであろうな」

 しかし、格三郎はきょとんとした顔で首を捻った。

「奴とは誰のことだ」

 源之進と遠野は顔を見合わせた。

 主屋の表にある道場ですでに燃え尽き、跡形もない。表には大勢の役人が右往左往している。

 返り血を浴びた右近が血に染まった刀を持ったまま出ていけば、詮議されるのは間違いない。そんなところに右近がのこのこと出ていくとは思えなかった。

 だとすれば、ここを通ったに違いない。

 これだけの人の目を掻い潜って、簡単に逃げ果せるとは考え難かった。

「右近、橘右近だよ。彼奴こそ辻斬りとこの付け火の下手人だ。我らより一足先に血だらけの若い男が出てきたであろう。奴は何処にいる」

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