第12話
源之進は怒りの目を右近に向けたが、右近は涼しい顔で「さあな」と答えて、刀をぐるぐると振り回した。
「何人殺めても飽き足らんな。そうだ、一ついいことを教えて進ぜよう。火をつけることを思いついたのはお前のおかげだ。お前が投げて燃え尽きた提灯が美しかったのでな。殺めるだけでは勿体ないから、燃やしてしまおうと思いついたのだ。さらなる楽しみを与えてくれたのだから、お前には礼を尽くさねばなるまい」
「貴様という奴は……。許せん」
源之進は刀を構えて右近に斬りかかった。
しかし右近は動じることなく、ひらりと身を躱すと、まるで楽しんでいるかが如くにやりと笑って、己が刀についた血をすーっと指先で撫で、挑発するように源之進にその血を見せると舌でぺろりと舐めてみせた。
「私は剣の心得など持ち合わせてはおらぬが、人を殺めるための技量ならお前ごときに引けは取らぬぞ」
言葉の残忍さとは裏腹に、あどけない笑みを浮かべた右近は、源之進を嘲笑うかのように、右、左、右と刀を持ちかえてみせた。
「なるほど、両刀遣いか。だが、小手先の技など取るに足らん」
源之進が云うと、右近は刀を逆手に持ちかえて笑い声を上げながら、舞うようにくるくると回転し始めた。
持っている刀を構えもしない右近に、源之進は内心、困惑していた。
これまで立ち会ってきた相手と違い、どこから攻めてくるのか見当もつかない。
殺気など微塵も感じられず、緊迫感さえない。無邪気に遊ぶ子のようだが、それでいて隙がない。
源之進が攻めあぐねていると、奥の間から、藤十郎を担いだ遠野が出てきた。
奥の間は既に焔に包まれていて、遠野の顔は煤にまみれ、額には玉のような汗が流れている。
遠野の姿を認めると、右近は動きを止めた。
「おや、これで私の獲物がようやく揃ったな。さて、誰から血祭りにあげてくれようか」
その足に倉田が縋りついた。
「右近、頼むからもう無益な殺生はよせ」
右近は苛立った様子で「ちっ」と舌打ちをして、倉田を蹴り飛ばした。倒れ込んだ倉田は血を吐きながら、それでも尚「もう止すんだ」と声を絞り出した。
「うるさい、邪魔をするな。お前は黙ってそこで眺めておればいいのだ」
右近が怒鳴りながら倉田に刀を向けた。
源之進はすかさず間に立ちふさがった。
「お前の相手はこの私だ」
止めに入った源之進の足元で、倉田が必死の形相で叫んだ。
「お逃げください。奴は人の心を捨てた鬼。常人に勝ち目などありませぬ」
その間にも火の手はますます勢いを増し、焔が其処此処から立ち上っている。
源之進は追い込まれていた。
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