第11話
源之進が鞘に手をかけて刀を抜くと、倉田と対峙していたもう一方の男が構えを解いて「お助けください」と云いながら、源之進に駆け寄ってきた。
男は橘右近というあの若い小者であった。
源之進が頷くのを見てとると、右近はほっとした様子で、源之進の背後に身を隠した。
その右近を己が背中に庇うと、源之進は刀を構え直した。
相手はこの道場の指南役である。
本気でかからねば源之進が討たれてもおかしくはない。
その間にも愈々強くなった火勢は、柱を伝い欄干から天井にまで燃え広がっている。
「己が罪を隠蔽するとは武士の風上にも置けぬ」
「待たれい。其方は勘違いをしておる」
倉田はたじろいだが、刀を下ろす気配はない。
「この期に及んで言い訳するとは見苦しいぞ。勘違いだというのなら、刀を置け」
「それはできぬ」
「何故できぬのだ。もう観念しろ」
源之進が云い終わらぬうちに倉田が斬りかかってきた。
倉田が振り下ろした刃を躱して振り返った刹那、何かが源之進の顔を濡らした。
何が起こったのか理解できぬまま、顔を拭った源之進の手は血に染まっている。
「これは一体……どうなっておるのだ」
源之進が呆然としているところに遠野が飛び込んで来た。
遠野は一瞬息をのんだが、すぐに冷静さを取り戻して、片膝をついている倉田に駆け寄った。
立ち尽くしていた源之進も我に返った。
見れば、倉田は袈裟斬りに斬られ、肩からは血が噴き出している。
「何をしている、源之進。彼奴、橘右近こそが辻斬りの下手人だ」
「右近が……?」
混乱している源之進の耳に高笑いが聞こえた。
振り返ると、血に染まった刀を左手に持ち、刃先を肩に担いだ右近がさも楽しげな笑みを浮かべている。
「お前が現れたときには血が躍る思いだったぞ。まさか逃がした獲物が己から飛び込んでくるとはな。しかも斬られた傷を、斬った本人に見せびらかすのだから、間抜けにも程があろう、朝倉源之進」
「まさか、そんな……」
「しかも、堅物の倉田を疑っているのだから片腹痛い。どこまでも間抜けなのやら……」
右近はさも可笑しそうに笑うと、状況が呑み込めないまま立ち尽くす源之進に刃先を向けた。
そのとき、みしみしと音を立てて奥の部屋との間にある欄干が焔で崩れ落ちた。それを見て、遠野に支えられていた倉田が声を絞り出した。
「遠野殿、奥の間に藤十郎様が……。私に構わず、早く。藤十郎様を助けてくだされ」
「何だと。源之進、ここは頼んだぞ」
云うや否や、遠野は焔をくぐり火のついた襖を蹴り倒した。
奥の間には仏壇があり、その前に血まみれの藤十郎が倒れている。
「おのれ、右近。何人その手に掛ければ気が済むのだ」
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