第10話

 三人が到着すると、火消しはまだ到着しておらず大勢の野次馬が集まっていた。

 人がいるとはいえ皆右往左往するばかりで、何をするでもなくただ燃えさかる焔を眺めている。

 野次馬を押しのけながら、遠野は迷うことなく門構えを潜って中へ進んだ。源之進と格三郎も後れを取るまいと後に続く。

 道場はすでに炎に包まれている。

 陽が暮れて辺りは夕闇に包まれているが、建屋の中は燃え盛る炎に明るく照らされ、もうもうと黒い煙が立ち込めているのがわかる。

「ここはもう駄目だ」

 足を止めた遠野は格三郎に向き直った。

「格三郎殿は外の連中を取りまとめて鎮火にあたってくれぬか」

「しかし、まだ賊がいるやもしれません。しかも相手が何人いるかもわからないのに、たった二人では……」

 格三郎の言葉を遠野が遮った。

「賊の目星はついていると言ったではありませんか。敵は間違いなく一人です」

「ですが……」

 源之進も遠野に加勢をした。

「このままでは隣家に火が燃え移って収拾がつかなくなる。何、案ずることはない。賊が一人であれば、この源之進だけで十分だ」

 頷いた遠野は更に言葉をつづけた。

「それに役人が指揮をすれば、皆が協力するでしょう。其方にしかできないのです」

 確かに出仕帰りの格三郎の恰好は役人だと一目瞭然であった。格三郎は心得たように門外へ走り出て行った。

「源之進、裏に回ろう」

 二人が道場の脇を抜けると、道場の裏にある主屋にも焔が立ち昇っている。

「奴め、こちらにまで火を放ったか」

 源之助は呟いた。

 幸いにも主屋は道場ほど燃えてはおらず、二人は中に入ることができた。建屋に入ると、煙に紛れて血腥い臭いが鼻を突いた。

「まだ人がいるかもしれん。二手に分かれて捜そう」

「遠野、相手は剣の遣い手だ。お前、一人で大丈夫なのか」

 遠野は珍しく渋い顔をした。

「これだけ火の回りが早くては愚図愚図している暇はなかろう。いずれ此処も火に包まれて燃え尽きてしまう。そうなる前に生きている者がいれば救い出さねば……。源之進、お前こそ腕に覚えがあるとて、油断するなよ」

 源之進は力強く頷くと、遠野に背を向けてまだ火の廻っていない廊下を進んだ。

 どの部屋も襖を開けるとすでに焔が壁や天井に燃え移っている。だが人の気配はない。

 更に奥へと進み、寝所と思しき部屋を開けると、壁を舐めるように這う焔の中で二つの人影が対峙していた。

 焔に顔を照らされた一方の男が、堂の入った様で刀を構えている倉田だと認めるや否や源之進は身構えた。

「お前だったのだな」

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