第9話

 旧知の友のように肩を並べて意気揚々と歩く遠野と格三郎に従って、源之進が渋々悪党退治に向かう頃には、陽はすっかり落ちて辺りは薄闇に包まれていた。

「ところで、どこへ向かっているのだ」

 源之進は目的地も告げずに往来を闊歩する遠野に問いかけた。

「先日、お前と松浪道場に行ったであろう。そのときの指南役の反応が気になってな。近所で道場の評判を聞いて回ったのだよ」

 あの日、遠野が「所用ができた」と言ったのは聞き込みをするためだったのかと源之進は得心がいく思いで頷いた。

「先代の道場長だが、表向きは病気で急死したことになっているが、実は斬殺されたのだと噂になっておる。倉田が箝口令を引いて、ひた隠しに隠しているようだがな」

 遠野は事の真偽を確かめようと、松浪の道場の跡を継いだ息子の松浪藤十郎に会って話を聞いてきたらしい。

「先代は間違いないなく刃傷沙汰で命を落としている。だが誰に殺められたのかは分かっておらぬ。事は内密に処理されて、真実は闇の中ということだ」

 格三郎が首を傾げた。

「何故、町方に訴え、下手人を捕えようとしなかったのですか」

「道場としては外聞を気にしたのだろう。剣術の遣い手である道場長が事もあろうに刃傷沙汰で命を落としたとなれば、道場の評判は地に墜ちるであろうからな」

 格三郎は得心がいったように頷いたが、今度は源之進が首を傾げた。

「それにしても、それほど内密な話をよくお前ごときに聞かせてくれたな」

 遠野はにやりと笑って、後ろを歩いていた源之進を振り返った。

「それは私の人徳というものだろう」

「人徳だと。お前の何処に徳があるというのだ」

 源之進の言葉に遠野は高笑いをしたが、すぐに真顔に戻った。

「人というのは秘めたる思いを誰かに聞いてほしいと思うものなのだ。後悔の念に苛まれていれば尚のこと。藤十郎殿は父の死の真相を闇に葬ったことを悔やんでおったのだよ。倉田とはそのことで随分と揉めたそうだが、結局押し切られたらしい」

 格三郎がふと思いついたように云った。

「ですが、それが今回の辻斬りと何の関係があるのです」

 遠野はよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに立ちどまった。

「道場長の愛用の刀が一振り、紛失しているのだ。辻斬りが横行しだしたのはその直後のこと。拙者は、道場長こそが最初の犠牲者ではないかと思っておるのだ」

「なるほど。刀を奪うために道場長を殺めたということか」

 源之進が呟くと、遠野は肩を竦めた。

「刀を奪うために殺めたのか、人を殺めたことで味を占めたのか、定かではないがな」

 その刹那、遠くから半鐘の音が聞こえてきた。立ち上る黒い煙を見ると、遠野は「いかん、遅かったか」と云いながら駆けだした。

「あの方角は麹町……まさか松浪道場ではないだろうな。源之進、我らも急ごう」

 格三郎に促され、源之進も慌てて後を追いかけた。

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