第8話
また野次馬を決め込んだのかと源之進は呆れたが、傍で聞いていた格三郎は驚いたように目を見開いた。
「遠野殿、わざわざ現場を見に行かれたのですか?」
源之進にとっては物騒な現場に出向いていくなど酔狂だとしか思えぬが、役所勤めで生真面目な格三郎はさも感心した様子で、瞠目の眼差しを遠野に向けている。大方、遠野を正義感の強い男だと勘違いしたのだろう。
遠野は褒められたことで気をよくしたらしく、胸を張って講釈を垂れた。
「左様。何しろ百聞は一見にしかずと申します。現場に足を運んでこそ下手人を捕える手がかりを見つけることができようというもの。この遠野、賊を捕えるためとあらば何処へでもはせ参じることを信条としておるのです」
格三郎が感服したように頷いている。二人のやり取りを見ていた源之進は馬鹿馬鹿しくなって、思わずひとりごちた。
「何が手がかりだ。まだ下手人の目星などついておらぬくせに……」
すると、遠野で涼しい顔で言った。
「目星なら疾うについておるぞ」
格三郎は目を輝かせて「さすがは遠野殿」と感嘆の声を上げたが、源之進は思いも寄らぬ言葉にあんぐりと口を開けたまま言葉が出ない。
「何を呆けたような顔をしているのだ。源之進、早う出かける準備をせい」
源之進は慌てて口を開いた。
「ちょっと待て。話がちっとも見えぬぞ。それに何処に行こうと云うのだ」
「決まっているではないか。悪党退治だ」
「そんなこと聞いてないぞ。それに悪党退治と簡単に云うてくれるが、お前は剣術も武術もからきし駄目ではないか。いかにして退治するのだ」
「お前がいるではないか。そのためにわざわざ出向いてやったのがわからんのか。ぐだぐだ言わずに早う仕度せい」
源之助とて下手人を己が手で捕えたいと思いはするものの、また遠野の気まぐれには付き合わされると思うと気が進まない。
それに下手人の目星をつけたと言ってはいるが、もし見当違いであれば源之進が尻拭いをすることになるのは目に見えている。
「そうはいってもな……」
何時までも尻込みしている源之進を一瞥して、格三郎が腰を上げた。
「悪党退治とあらば、私も同行致しましょう」
「それはなんと心強い」
遠野と格三郎のすっかり意気投合した様子に、源之進はますます気が重くなった。
「格三郎まで何を言い出すのだ。遠野に振り回される私の身にもなってくれ。此奴は何かと言うと私を引っ張りまわすのだ。先日とて散々振り回された挙句に置き去りにされたばかりなのだぞ。それに相手構わず要らぬことをいうものだから、結局、この私が尻拭いをせねばならぬのだ。それなのに……」
のべつ幕なしに愚痴を垂れる源之進に、格三郎が醒めた目で冷たく言い放った。
「源之進、行くのか行かぬのか、はっきりせい。お前とて己が手で辻斬りを捕えたいであろう。それともこのまま泣き寝入りするのか、武士の風上にも置けぬ奴め」
遠野はともかく格三郎にそこまで云われては、源之進とて否とは云えぬ。
「行くよ。行けばよいのであろう」
源之進は仕方なく重い腰を上げた。
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