第7話
それから数日後の夕刻、遠野がまたひょっこりと顔を出した。
その日は出仕を終えた格三郎が源之進を見舞いに訪れていた。格三郎と遠野は顔見知りではあるが、それほど親しいわけでもない。
だが、遠野は格三郎に挨拶することもなく、ずかずかと部屋に入ってきて、いつもの如く大声を出した。
「源之進、今度は火事だぞ」
遠野はつい先日、源之進を置き去りにしたことなどすっかり失念している様子だった。
それどころか先客があるにも拘らずまったく遠慮がないものだから、源之進がご機嫌斜めになったのも仕方がない。
源之進が何時までもむすっとした顔で黙り込んでいるものだから、さすがに遠野もおかしいと思ったらしい。
「どうしたんだ、源之進。腹の調子でも悪いのか」
ふざけているのかと思ったが、遠野は大真面目に源之進を気遣っているらしい。
傍で様子を見ていた格三郎は失笑を堪えている。これでは何時までも鬱憤を抱えている源之進が阿呆にしか見えない。
文句を言ったところでこの調子では甲斐もないだろう。
(本当に腹が立つ奴だ。だが困ったことに何故か憎めぬ)
源之進は胸中で苦笑した。いつまでも拗ねているのも大人気ない。
「もう、よい。ところで火事がどうしたんだ」
「だから付け火だよ。焼け跡には切り刻んだ屍骸がごろごろと転がっている。一家そろって膾にしやがったんだ。まるで地獄絵だよ」
「近江屋の件ですね。ずいぶん火の回りが早かったそうですね。全焼したと聞きましたが」
悲痛な面持ち口を挟んだ格三郎だったが、遠野に「おや、格三郎殿ではござらんか」と言われて目を白黒させている。今度は源之進が苦笑する番だった。
「それにしても、辻斬りの下手人も挙がってないのに今度は付け火か。こう悪党が多くちゃ敵わないな。いったい世の中どうなっていやがる」
源之進は嘆いたが、遠野は冷めた目で源之進をじろりと一瞥した。
「お前はどうして人の話をちゃんと聞いておらぬのだ。焼け跡から出てきたのは切り刻んだ屍骸だと云っておるだろう」
「聞いておるではないか。屍骸が何だと云うのだ」
源之進は気色ばんだが、遠野は「まったく鈍い奴だ」と小声でひとりごちた。
「お前にだけは言われたくない。鈍いのはどっちだ」
反論した源之進の言葉をさらりと流して、遠野は秘密を打ち明けるように声を落とした。
「付け火もきっと奴の仕業だ、間違いない」
「奴って……?」
「どこまで鈍いんだ、源之進。辻斬りだよ、辻斬り」
源之進にはちっとも話が見えない。遠野の話は常日頃より飛躍してばかりだが、下手人が辻斬りから付け火に鞍替えするなど、源之進には理解できない。
「どうしてそんなことがわかるのだ。だいたい、悪党というもの、手口は決まっておろう。それにすでに事切れているのに、何故火を放たねばならんのだ」
「何故かはそいつに聞かねばわかるはずもなかろう。だが、現場を見てきたのだから、間違いないぞ。あれは奴の仕業に相違ない」
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