第6話
右近は道場の中へ入っていったかと思うと、すぐに年配の男を連れて出てきた。
「何かお話があるそうですが、道場長は生憎出かけております。話なら私が伺いましょう」
男はこの道場の指南役で倉田と名乗った。
源之進が訪ねてきた仔細を改めて説明すると、倉田は不快感を露わにした。
「其方は我が道場の門下に賊がおると疑っておられるのか」
倉田の後ろで右近が不安げに様子を見守っている。
不安げな右近を安心させるように目配せをすると、源之進は努めて穏やかに云った。
「そうではありません。ただ剣の遣い手であればこそ、どこかで怪しい輩に出くわしたことがあるやもしれぬと話を伺いにきただけです」
源之進の言葉に、倉田はますます顔を顰め、怒りを露わにした。
「わが一門にそのような輩と関わりある人間などおらぬ。お引き取りを」
これ以上は何も訊くことはできまいと諦めた源之進は「失礼仕った」と素直に詫びを入れた。
しかし、遠野は臆することなく一歩前にでた。
そして真っ直ぐに倉田に対峙した。
「ならば、何故それほどまでにご立腹なのですか。それにいくら指南役でも門下生の付き合いをすべて把握しているわけではありますまい。」
源之進は肝を冷やした。
また遠野の悪癖が出たらしい。
源之進は遠野の脇をこっそり突いたが、遠野は其知らぬ顔でますます云い募る。
「悪行を働く者を捕えることに尽力してこそ、武士の本懐ではないのですか」
倉田は顔を真っ赤にして、怒りを込めた眼で遠野を睨んでいる。
だが、遠野は引く気配はない。
源之進は慌てて間に入った。
「この男、正義感が人一倍強く、悪党を捕えるためとあらば、形振り構わず一心に尽力するのが性分なのです。失礼はこの私が詫びを……本当に申し訳ない」
源之進の執り成しの甲斐もなく、両者はにらみ合っている。
「さあ、遠野。もう行こう」
源之進が袖を引くと、遠野は何も云わずに踵を反した。
源之助は倉田に一礼をして、もう一度「失礼仕った」と詫びを入れたが、遠野は源之進に構う風でもなく、門構えを出るとそのまま往来を歩いて行く。
その背中に追いついた源之進は、大きなため息を吐いた。
「どうして、お前は他人の癇に障ることばかりするのだ」
遠野はそれには答えもせずに「所用ができた。お主はもう帰れ」と云い残して足早に去ってしまった。
遠野の手前勝手な所業には慣れているとはいえ、さすがの源之進も呆気にとられて言葉もないまま立ち尽くした。
遠野は振り返ることもなく立ち去り、すぐに姿は見えなくなってしまった。
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