第5話

 源之進と遠野は連れ立って、幾つか道場を廻ってみた。

 だが手掛かりは何一つとして見つからなかった。

 そもそも、相手がどんな輩かさえわからぬのだから捜しようがない。

「とんだ無駄足だな。もうよそう」

 源之進はそう云ったが「もう少しだけ」と言う遠野に引きずられて、麹町にある松浪道場を訪れた。

 その道場は、先代の道場長が急死して若い子息が跡を継いだばかりだと聞いている。

 門構えを潜ると若い男が植木の手入れをしていた。

 男は二人が入ってきたことに気がつく様子もなく、せっせと植木に鋏を入れている。

「ちょっと、よろしいか」

 源之進が声をかけると、驚いたように男は振り向いて、近寄ってきた。

「すいません。ちっとも気がつかなくて……。何か御用ですか」

 男は人懐っこい笑顔を浮かべた。

 線の細いすらりとした容姿で、植木の手入れなんぞしているより役者にでもなった方がずっと似合うような整った顔立ちをしている。

「拙者は朝倉源之進と申す」

 源之進は遠野に言葉を継ごうとしたが、遠野は男の顔をじっと見つめたまま黙りこんでいる。

 仕方なく源之進は遠野を指差して言った。

「此れは遠野清四郎と申す者だ。道場長に取り次ぎを願いたい」

 男があどけない顔にわずかに警戒心を滲ませた。

「ご用件は」と云う男に、源之進は穏やかな顔をしてみせた。

「辻斬りの件で少し話を伺いたいだけだ。何、手間は取らせぬ」

「辻斬りでございますか。何と物騒な……。そのような輩がいったい何処にどこにいるというのです」

 源之進を見返す男の表情は、まるで幼い子のように怯えを含んでいた。

 純朴な態度に気を許した源之進は、自分の袖を捲ってみせた。

「恥ずかしい話だが、私も闇討ちに遭ってこの様だ」

 源之進の腕に巻かれた繃帯に驚いたらしく、男は青い顔をして身を震わせながら、源之進の顔と腕を交互に見つめている。

 源之進は道着を正して、繃帯を隠した。

「私も剣術を嗜む者として、このまま捨て置くわけにいかぬ。賊はかなりの遣い手、ならば剣術の心得があるやもしれぬとあちこちの道場で話を聞き廻っているのだよ」

 二人のやり取りを黙って聞いていた遠野がついと口を開いた。

「お前、名はなんと申すのだ。お前もこの道場の門下生か?」

 男はとんでもないとばかりに首を振った。

「私は橘右近と申します。まだ幼き頃、親に捨てられたのを先の道場長に拾われ、ここで奉公させていただいている小者でございます」

 遠野は右近の返答に、興味を失くしたように「そうか」と呟いた。

 話の腰を折られて、源之進はすっかり話の接ぎ穂を失ってしまった。

 右近も同じ思いだったのか、それ以上何も訊かずにただ「お待ちを」と云い残して、二人に背を向けた。

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