第4話

 源之進は剣には自信があった。

 人並み以上に稽古を積んで、日頃から鍛錬に余念はない。だが、腕に覚えのあるとはいえ、真剣で人を斬ったことも殺めたことはない。

 源之進にとっては剣を極めることは武士としての勤めであり、同時に己の精神を鍛えることであった。

 武士である以上、必要とあらば刀を抜く覚悟はできているが、いざ人を斬るとなれば躊躇しない自信はない。

 徒に人を斬ろうと思ったこともなければ、そんなことを考える輩がいるなど思いもしなかった。

 斬られた侍とてきっと源之進と同じ心持だったのであろう。

 しかも闇夜での不意討ちである。不覚を取っても仕方あるまい。

「で、賊はどんな輩だったのだ。何か言ったか、手掛かりはないのか」

 青ざめている源之進に遠野が詰め寄った。

「そう矢継ぎ早に訊かれても何も覚えておらんのだ」

「何でもよいのだ。何も覚えてないことはなかろう」

「男だったことは間違いないが、出し抜けに襲われたから顔など見る暇はなかったし、何と言っても暗かったからな……」

 遠野は落胆したように溜息を吐いた。

「お主ほどの男が殺気を感じなかったのか」

 云われて、源之進は首を傾げた。

 殺気など微塵も感じなかった。

 確かに酔ってはいたが、泥酔していたわけではない。

 殺気どころか斬りかかられるまで人の気配さえ感じなかった。

 気配を消すことは容易ではない。

 忍びか、あるいは余程の剣の遣い手かもしれぬ。

 源之進がそう云うと、遠野は得心がいった風に頷いた。

「では、まず道場巡りと行くか」

「行くかって……まさか私に同行しろと言っておるのか。お前の酔狂な道楽に付き合う気など無い。どうしていつも私を巻き込むのだ」

「巻き込むとは人聞きの悪い。そもそも此度は辻斬りに遭ったのだから、お前は当事者であろう」

 云われてみればその通りである。

 黙り込んだ源之進に、遠野は言い募った。

「まさか武士の面目を潰されて泣き寝入りするのか。だいたい指南役を務めるお前が悪党をその場で成敗していれば、骸にならずにすんだ者もいるかもしれぬのだぞ。それをおめおめと斬られた挙句、取り逃がしてしまうとは、なんと情けない」

 すっかり悄気返っている源之進に、遠野は更に追い打ちをかけた。

「このまま捨て置いて、其奴がまた人を殺めたとなれば、取り逃がしたお前も同罪。それで知らぬ顔を決め込むつもりか。つくづく情けない男だ」

 いつの間にやら、源之進はすっかり賊と同類にされている。

 これこそ遠野の常套手段だとわかってはいるが、今回ばかりは源之進の分が悪い。

 それに武士の面目が潰れたと言われてはこのまま捨て置くわけにはいかない。

「お前の言うとおりだ。このまま放っておくわけにはいかぬな」

「わかればよいのだ。いざ、参ろう」

 こうして二人は下手人捜しのため道場巡りを始めたのである。

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