第3話

 遠野は思い出したように、また大声を出した。

「そなたに用向きがあってきたのだよ」

「わかっているよ。だから、用件を訊いているのだ」

 苛立たしい気持ちを源之助はぐっと堪えた。

 遠野相手に余計な事を言えば話がややこしくなるだけだ。

 脱線ばかりで埒が明かぬ。

「辻斬りだよ、辻斬り。此の頃、あちこちで何人もの人が膾にされているのだ。片田舎の番屋だというのに、連日、骸で大賑わいだぞ」

「お前、また番屋に出入りしてたのか」

 町廻りの同心でもないくせに、遠野は事が起きれば真っ先に駆け付け、手前勝手に下手人探しを始める。

 これこそ遠野の一番の悪癖なのだが、源之進が意見したところで「悪行を見逃すなどできぬ」と騒ぎ立てる。

 仕舞いには「お前は賊の肩を持つのか」と言い篝をつけ始めるのだから始末に悪い。

 最初は人一倍正義感が強いのだと思っていったのだが、どうもそうでもないらしい。

 要するに遠野は事件となると血が騒ぐらしく、己が手で事を解決することにこの上ない喜びを感じる性質なのだと、源之進は密かに思っている。

「で、調べはついているのか」

「進展なしといったところだな。どの仏さんも揃って財布を懐にしまったままで、懐を探ったような乱れはない。物盗りではなかろう」

「では、怨恨であろう」

「可能性がないとは言い切れないが、一人や二人ならともかく何人も斬られてるのだぞ。それも町娘に夜鷹、材木問屋の主人に呉服屋の隠居。隠居に至っては、供の者まで残らず斬られているのだ」

「そりゃ確かに見境もないな」

「それだけじゃあない。駕籠担ぎに大工、事もあろうに侍までも見る影もない有様ときている」

 源之進はごくりと唾を飲み込んだ。

「しかも歳もばらばら、斬られた場所はもちろん、職業もばらばらだ。とてもつながりがあるとは思えない。それに加えてお前だ」

「では、私を襲ったのもその辻斬りだと言うのか」

「お前がどこかで恨みを買っているのなら斬られても仕方なかろうが、覚えがなければ或るいは、と思ってな」

 賊の正体に心当たりはない。

 一体誰が何の恨みがあって斬りかかってきたのかと、源之助とて気に病んでいたのだが、斬り殺されるほどの恨みを買った覚えはない。

「思い当たる節など無い。怨恨でなければ、賊の目的は何なのだ」

「さあな。それがわからぬから話を聞きに来たのだよ。なんせ首が繋がっているのはお前だけなのだからな」

 先程までは斬られた己を恥じてるばかりの源之進であったが、事由なき相手にも躊躇なく刃を向ける賊を相手に、掠り傷で済んだのは不幸中の幸いだったのかもしれぬ。

 そう思うと改めて背筋がぞっとした。

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