第2話
「源之進、斬られたと聞いたが本当か」
戸を開けると開口一番、大声を上げた遠野晴四郎に源之進は渋い顔をして見せた。
「そのようなことを吹聴して回るな」
源之進は仏頂面で遠野を怒鳴りつけたが、遠野は気にする風でもなくずかずかと稽古場に上り込んで、源之進が着ている道着の腕を捲りあげた。
左腕に巻かれた白い繃帯を見ると、更に大きな声を出した。
「こりゃひどい。指南役ともあろうものがこれでは……」
云い終わらぬうちに、源之進が遠野の手を振り払い、凄みのある怒声を出した。
「わざわざ笑い者にしにきたのか」
「笑うなんてとんでもない。心配して見舞いにきたに決まっているではないか。それに吹聴というのはあちらこちらに話を広めることを言うのだ。私は吹聴などしておらん」
遠野は大真面目らしく、心外だと云わんばかりの顔をしている。
「現に今、その大きな声で云い広めているではないか」
稽古をしていた門下生から忍び笑いが漏れた。
遠野は周囲を見渡して、ようやく状況を理解したらしく含差を滲ませて頭を掻いた。
どうやらこの男の目には源之進しか入っていなかったらしい。
「これは失礼致した」
怒りを通り越して呆れ果てている源之進の横をするりと通り抜けた遠野は、道場の隅にどっかりと腰をおろして胡坐をかいた。
「拙者のことはお構いなく。どうぞ、皆さんは稽古を続けてくだされ」
続けてくだされと言われてもこのまま居座られては、気になって稽古どころではない。
それでなくとも源之進は昨晩のことが気がかりで稽古に集中することなどできずにいたのだ。
仕方なく「今日は適当に稽古をするように」と傍に居た者に云い含めると、源之進は遠野の袖を掴んで外へ引っ張り出した。
「邪魔したな。皆さん、しっかり稽古に励まれよ」
袖を引かれながらも遠野は相変わらずの大声で、皆に声をかけている。おかげで場内にはまた失笑が漏れ、源之進は顔を朱くした。
「どうしてお前はそうなのだ」
「何を怒っているんだ、源之進」
遠野は切れ者ではあるが、己が行動を他人がどう思おうが無頓着な上、相手の感情の機微を読み取ることをしない。
それどころか、他人の神経を逆なでするようなことを平気で口にする。
源之進は常々「もう少し上手く立ち廻れよ」と忠告しているのだが、遠野は源之助の云いたいことなどさっぱり理解できぬらしい。
源之進が何を云っても飄々としているばかりである。
本人に悪気がないのだから、直せと云っても直る筈もない。
そもそも遠野は他人には目もくれず、己が信念を貫くために生きているような男だ。
普段なら源之進が怪我をしたと聞いたくらいでわざわざ見舞いに来るような男ではない。
「で、用件は何だ」
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