第7話 未来知識の利点と欠点

「さて、ここまで話せば薄々分かっていただけたと思いますが、歴史を知っているというのは大きな利点メリットです。

…もっとも室町幕府の滅亡を知っていても、メリットがあるかどうかはにわかかには判断がつきませんが。

メリットのある分かり易い歴史上の例を挙げるとすれば元寇げんこう――文永ぶんえいの役と弘安こうあんの役でしょうか。元の襲来の存在を前もって知っていれば十年単位で北九州に備えが出来る訳です。これは大きなメリットと言えるでしょう。

また、事前準備が功を奏す場合ケースとは別に奇襲きしゅうを受けて大敗なんて戦があった場合、その奇襲の存在を知っているだけで戦の結果は大幅に変わってくるはずです。

源平の合戦を例に挙げると、一ノ谷の戦いでは源義経のあの有名な『鵯越ひよどりごえの逆落とし』


源義経「鹿も馬も四本脚だ。鹿が越えられるのに馬に越えられないはずがない!」


みたいな台詞せりふとともに、わずかな手勢で背後の崖から下り降りて急襲というのが後世に伝わっていますが、背後から奇襲される事が事前に知りえていれば、狼狽する事も無く奇襲の効果を無効化出来てしまいますし、むしろ場所まで特定出来るので罠を張られて、義経が敗北?討死なんてことになって源氏が大敗していたかもしれませんね。」


うむうむと信長は頷いている。


「これを聞いただけでも、そちが他家たけに仕える事だけは何としても阻止しなければならんな。」


「ただし、また欠点デメリットもあります。

元寇は二度とも結果的に神風によって撃退した訳ですが、それも日本軍が大きな被害を出しつつも激しい抵抗をした結果、元軍は橋頭堡を作るまでには至れず、結果船で停泊したところを嵐にやられたのです。

もし、神風で勝てる事を知っていたら…全力で戦ったつもりでもどこかに油断があってそのほんの少しの差で元軍に上陸され拠点を作られていたら…嵐で元軍が船ごと押し流される事もなくなり、歴史は違ったものなっていたかもしれません。」


「結果を知るが故の弊害へいがいか、ありうる話だな。

自分が知っている歴史を教えたが故に、却って足を引っ張る。」


「はい、それ故に信長様に仕える事もまた躊躇ちゅうちょしてしまうのです。」


「そう、そこだ。わしがずっと気になっていたのは。そちは何故にこの信長を知っておる?そちの時代にこの時代の事がどのように伝わり、そちがどのように知り得たかは分からんが…少なくともこの信長に対する一定量以上の知識

――わしに未来の結果を教えることにより、わしが窮地きゅうちを脱出するような何かが脱せなくなってしまう事を恐れる事――

それを予測出来るだけの信長に関する情報が後世に伝わって無いと出てこない発想じゃぞ?」


「そう…ですね。」


それは少し考えれば分かる事だった。自分の事を未来から来た人間が知っている…それは後世に伝わる程の有名人という事でしかあり得ない。そこに触れる事はまた先程の結果を知るが故の弊害にも繋がりうる。

例えば、自分が将来ノーベル賞を貰えるという事が分かった研究者はそれを知ってどうなるだろうか。


A.ノーベル賞のために研究している訳ではない。

B.将来ノーベル賞という結果で報われるなら、今が辛くても頑張れる。

C.やっぱり俺って将来ノーベル賞取れちゃうのか…と調子に乗って研究が一部、おろそかになる。


AとBはポジティブだけど、最後のCにならないと言い切れる人は少ないのではないだろうか。

とはいえ、ノーベル賞を受賞するような研究者の話を聞いてると、みんな研究が大好きで一番最初のAの選択肢になっていそうな気がするけど。


話を戻そう…信長はどれに当てはまるだろうか。

一つ溜息を吐き出して答える。


「…もうお気付きの通り、信長様は後世に名が残っております。ですので、先程の知るが故の弊害を気にしているのです。」

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