第2話 その名は…… その3
「はぇ~、そんなことやってたんですかいアンタ?」
カインから騎士たちの「準備不足」についての詳細を聞き終えてのウーロンの第一声はそれだった。ただ逆切れして喧嘩になったと思っていたのだが、実は協力な魔法を放つ時間を稼ぐためにわざと喧嘩をふっかけた、というカインの策略を知って素直に関心したのである。
というかそもそも魔法陣が小屋に仕掛けられていたことすら知らなかったのだ。
「はぇ~っておまえなぁ……ふぅ」
少女の傷の手当を終えて肩の力が抜けたカインにウーロンはさらに疑問を続けた。
「それならもし、もしもあのデモンって野郎が損失も辞さずに戦うことを選んでたらどうなってたと思います?勝てる見込みはありましたかい?」
結果的に戦うことはなく、今こうして生きてはいる。しかし、カインが言うようにもしも自分まで彼らにマークされてしまったのなら、少なくとも戦って勝つ見込みがあったのか、それは知っておきたかった。返答次第ではさっさとここを離れなければならない。
しかし、カインはそうした保身を見抜いたかのようにくっくと笑い、逆に訊ねた。
「それ聞いてどうすんだ?」
意地の悪い笑みを浮かべてそう聞くカインに、ウーロンは答えに窮してたじろいでしまった。それにかまわずカインは続ける。
「まぁ大方とっととトンズラしようって魂胆だろうが、多分無駄だぜ。あいつらからはもう逃れられねぇよ」
「ど、どういうことです!?」
すべて見透かされたうえに逃げられないとまで突きつけられ、焦燥感からウーロンは頭をボリボリと掻きむしりながらそう聞き返す。
しかしカインの次に発した言葉でその動きが停止した。
「神聖騎士団って知ってるか?」
「……は?」
神聖騎士団……。その名前はウーロンも耳にしたことがあった。たしか王都「クリアンド」の若き王ハールが自ら選び抜いた12人の騎士によって構成される精鋭部隊だ。
かつて魔王と勇者との最後の戦いで、ハールとともに戦い、人間に勝利をもたらした英雄として語られる英雄たちだ。
彼らのその影響力は、クリアンドのハール王を除いた5国の王をしのぐとされる。
そして、ハールの命によってのみ動くと言われており、その命はもっぱら、並の騎士では歯が立たないような強力な力を持つ魔族や、それに並ぶ危険性をもった不穏分子の排除であると聞いたことがあった。
もし本当に神聖騎士団の人間に歯向かってしまったのなら、自分も排除対象に加えられることは十分にあり得る。
「……知ってますよ、名前くらいは……。でもこんな片田舎にいるなんておかしいじゃねぇですか?大体どうしてあいつらが神聖騎士団ってわかるんです?」
震えながら問うウーロンにカインは自分の心臓のあたりをトントンと叩くことで答えた。
「……むね?」
「ああ。あのやかましい女と、あの胡散臭い野郎、あいつらの鎧の心臓の位置にな?12本の剣を象った紋章が刻印されていたんだ。ありゃまぎれもなく神聖騎士団の紋章だ」
「だからなん……!?」
なんでその紋章を知っているのか?そう問おうとしたウーロンだったが、それを語るカインの悲しみとも怒りともとれない目を見て、その問いを飲み込んだ。初めて見るカインのそのような目から少なくとも過去に神聖騎士団と絡む何かがあったのだろう、とそう察したからだ。
(しかし、そうなると本当にあの嬢ちゃん何者なんだ……?)
ウーロンは困惑したような目をベッドの上の少女に向けた。
あの少女が魔族であるということはもう先ほどのデモンの言葉からもわかっていたが、まさか普通の魔族の少女一人のために神聖騎士団クラスの存在が動いたりはしないはずだ。
同じように少女を見やり、再びカインが口を開いた。
「ま、とりあえずこのガキが目を覚まさないことにはどうしようもねぇな」
それにはウーロンも同意だった。とにかくわからないことが多すぎる。逃げることもできないのなら、せめて疑問くらいはすべて解消したい。
(なんでこんなことになっちまったかなぁ……!!ああ、あたしのバカ野郎が!!!)
ウーロンはかっこつけて協力したせいでとんでもない事に巻き込まれようとしている自分の愚かさを呪い、恨めしそうな眼を、未だベッドの上で静かに眠る少女に向けた。
そんな彼の傍ら、カインは何か思案しているような険しい眼差しを同じく少女に向け、無言のまま、ただじっと見つめていた。
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