第2話 その名は…… その2

 足音が消え、完全に外の気配が無くなったと同時に、ウーロンと、それからカインが深い安堵の溜息を吐いた。


「「ふ~~~~」」

「ってなんだい?にいさんは余裕そうに構えてたじゃねぇか?」


 へたりこんだカインを見て怪訝な表情でそう訊くウーロンに、疲弊しきった顔でカインは答えた。


「バカ言え!あんなの相手に余裕なんざあるわけねぇだろがよ!」

「にしたって、ずいぶんどっしり構えて話してたじゃねぇですか?」


 つい先ほどカインだけが、デモンの放つ圧をものともせずに応対していたことを思い返しながらそう訊くウーロンに対し、カインは呆れたような口調で返した。

「あのな?いくらやべぇ相手だからって、そいつの圧に飲まれてペース握られたらそれこそ終わりなんだよ。だから、ああいう手合いには虚勢張ってでも弱気を見せないようにしねぇと、どんどんあっちのペースに持っていかれちまう」

「はぇ~」


 何も考えていないのだろうと思っていたウーロンだったが、カインの意外な強かさをしって感心していた。そんなウーロンをよそにカインは一人ごとのように疑問を口にした。


「しかし、あのデモンって野郎何者なんだ?なんで俺の名前を知ってるんだ?たしかに俺は「カイン」とまで名乗りはしたが「アレイスター」とまでは名乗った覚えはねぇし……。」


 それを聞いて再びウーロンは先ほどまで感じていた恐怖を思い返した。たしかに先ほどカインは喧嘩の勢いで自身の名前を口にしていたがそれだけだったはずで、あの時の誰も「アレイスター」とフルネームまでを口にしたものはいなかったはずだ。


「む、むかしの知り合いとかじゃないんですかねぇ?」


「あんな気味悪い知り合い居てたまるかってんだ!しかし、あの感じだと完全にマークされたかもなぁ俺たち……」


 床板を外して、少女を拾い上げながら何の気なしにカインが放ったその言葉に、ウーロンはぎょっとする。


「あたしもですかい!?」


「当たり前だろよ。奴さん完全に名前覚えたみてぇだし、準備が不十分だったからお目こぼししてくれただけだろうな」


「まじかよ……ってん?」


 今更ながらこの問題に首をつっこんでしまったことを後悔するウーロンだったが、すぐに別のことが気にかかりそちらに思考を持っていかれた。


(準備……?)


 自分たち二人に対して、彼らは14,5人ほどだったはず。戦力差は圧倒的に思える。ますますなんで見逃されたのかわからない。


「にいさん、準備ってのは?あたしたち相手に準備不足もくそもなかったとおもうんですが……」


「ああ、それはだな」


 カインが少女をベッドに寝かせ、彼女の手当をしながら騎士たちの「準備不足」について語りはじめたころ、外でも同じように語っているものがあった。さきほどのローブの騎士「デモン・フラーヴィオ」である。

 彼は同じようになぜ見逃したのかを副官である女性騎士セシリアに聞かれ、その疑問に答えているのだった。


「あれはあそこに逃げ込まれた時点でもうあきらめざるを得ませんでした」


 そう淡々と語るデモンをセシリアは怪訝な目で見つめる。


「どういうことです?」

「ふむ。感じていませんでしたか?あの家には特殊な魔法陣が張られていました。と言っても途中までわたしも気づけませんでしたが……。あなたと喧嘩を始めたあの時、すでにもう魔法陣の効力を有効にし始めていたようです。喧嘩をするふりをしながらも彼は、微かに手を動かして魔法を放つ準備をしていました。」

「馬鹿な!!」


 セシリアにはとても信じられなかった。ただの酔っ払いだと思っていた男が微かな手の動きだけで詠唱もなく魔法を放てるなど、考えられなかったからだ。

 本来魔法と言えば、それが強力であればあるほど、長い呪文の詠唱が必要となる。 

 大気に漂う魔力の元素を、呪文によってそれぞれの魔法に応じた性質や形態へと変化させるためだ。

 一応呪文の詠唱文そのものが本体に刻まれている特殊な武器を使って魔法力を行使する、という方法はあるが、あの男は徒手だった。


「信じられないかもしれませんが事実です。まぁ、それだけ魔法に精通している相手ということでしょう。彼がなぜあれを匿ったのかは不明ですが、少なくともあの時点で下手に手を出せば、勝つことは出来ても、こちらにも大きな被害が出てしまいました。得られる成果より損失の方が大きいのでは割に合わないでしょう?」


「しかしそれでは我々の使命が……!」


 なおも食い下がろうとセシリアが声を発した瞬間、彼女の首元に短刀の刃が突きつけられた。


「口を慎みなさい。セシリア・ハーディン……。私の考えが間違っているとでも……?」


 見開かれたその目に宿るすさまじい殺気がセシリアを恐怖で包み込む。

「……い、いいえ……」


 有無を言わせぬその殺気にセシリアは震える声でそう答えることしかできなった。瞬間セシリアの首元から刃が離れ、デモンはまた柔和な笑顔をその顔に浮かべ、元の調子で話し出した。


「うふ。まぁあなたの気持ちももちろんわかります。我々の使命はあれを始末することですからね。しかしいくら使命のためであっても損失を伴う可能性があるならばよく考えてから行動せねばなりません。それはわかっていただけましたか?」

「……はい」

「よろしい。でも安心なさい。すぐにあれを始末する機会は訪れるでしょう。あの魔法使いさんや褐色さんもね」

「それはどういう……?」

「伝令~~!!」


 問いかけるセシリアの声を遮り、伝令の兵がデモンたちに向かって息を切らしながら駆け寄ってきた。


「どうしましたか?」

「はぁはぁ……申し上げます!近隣の森にてエルフたちの隠れ里を発見!情報は事実だった模様です!!」

、「ふむ」


 無表情のまま報告を聞くデモン。

 それに対して「エルフの隠れ里」と聞いたセシリアの表情は引き締まっていた。エルフと言えば、魔法の扱いに長けた種族。気をぬけば自分たちがやられることになるかもしれない。まして先ほども対象を取り逃している以上失敗は許されない。

 しかしそんな様子を見てデモンは笑みを浮かべて言った。


「セシリアさん、先ほどの件でストレスもたまっているでしょう?ここらで思い切り発散せねばなりませんね」


ストレス発散、と聞いてセシリアはまた怪訝な表情でデモンを見つめた。


(なにを言っているのだ?任務に対してまるで遊びにでもいくような……?……!?)


 瞬間、セシリアは恐怖のあまり一瞬硬直した。


「では行きましょう」

 

 デモンはその目を大きく見開き、狂気的な笑みを浮かべて馬を走らせた。

 

  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る