第2話 その名は…… その1

 それから5分もしないうちに、再び玄関のドアが勢いよく開き、甲冑に身を包んだ者たちがぞろぞろと入り込んできた。甲冑を見るにすこし意匠が凝らされており、おそらく騎士なのだろう。彼らは家に入り込むとただちに左右に分かれて整列し、中央に道を開けた。そこへ後から現れた指揮官らしき二人がその中央の道を通り、カインたちの前に立ち止まった。

 一方はローブのようなものを頭にかぶった長身の男で、うっすらと見えるその顔は柔和に微笑んでいる。もう一人は、金髪の女性だった。キリリと引き締まった厳しい顔をしているが、顔立ちから見るにまだかなり若いようだ。歳は女は20前後、男は40前後と言ったところだろう。

 二人は周りよりも遥かに意匠の凝らされた甲冑に身を包んでおり、そのことから、どちらも相当高位にある騎士であることが予想される。そんな彼らの様子をうかがっていると、女性の騎士がカインたちをにらみつけ、威圧するように声を発した。


「おい!ここにだれか訪ねてきただろう!!」

 

 威丈高な彼女にカインはぶっきらぼうに返した。


「知らんね。おれたちゃずぅっとここで朝から飲んでただけだぜ?なぁ」

「へぇ、その通りで」

「おう、どうだ騎士さんたちも一緒に一杯」


 カインがその手にもったジョッキを差し出す。しかし


「貴様らのまずい酒などいらん!!」


 そう言って女騎士は手で思い切りはねのけてしまった。勢いよく壁にぶつかり、無残にも大破したジョッキがその中身を床に垂れ流している。まだ抜けきっていない酒のせいかそれをうけてカインは完全に頭に血が上ってしまったようだ。まずいとウーロンは思うが時すでに遅し、カインは顔を真っ赤にしていきなり女につかみかかった。


「てめぇ何しやがんでぇ!!」


しかし女も全くひかない。カインを突き飛ばし、倒れた彼を見下ろしながら叫ぶ。


「何をするかだと!!貴様ら舐めているのか!!我々の神聖なる職務中に酒を飲みながら答えるなど無礼にもほどがあるだろうが!!」

 

 しかしカインも立ち上がり、負けじと怒鳴り返した。

「礼がなってねぇのはどっちだ!?挨拶もなしにいきなり上がり込んで、「だれか訪ねてきただろう」なんざ、てめぇらの方が舐め腐ってるじゃねぇか!!ちったぁ考えてもの言いやがれ!!」

 

 この言葉で一番ぎょっとしたのはウーロンだった。


(おいおいおい!!なにやってんだにいさん!!?)


 匿っているのがバレないうちに帰ってもらうのが目的なのに、喧嘩など始めたらそれこそ匿うどころの話ではなくなってしまう。それなのに煽ってどうする!?

案の定、周囲の騎士たちも殺気立ち始め、女騎士は怒りでより顔を真っ赤にしている。


(ああ……やっぱり……)


 青い顔になるウーロンだったが、もうどうしようもない。


「なんだと!?平民の分際で貴様何様のつもりだ!!」

 

 先程よりも、はるかに大きな声で女が怒鳴った。しかし、カインもそれよりも一段大きな声で怒鳴り返す。


「何様だぁ!?カイン様だよ馬鹿野郎!!てめぇこそ何様だ!人にもの尋ねるならせめて名前くらい名乗りやがれってんだ!!」

(あ~!あ~!あ~!あ~!!)


 心の中でウーロンは嘆く。止めようにも二人は言葉の応酬でヒートアップし、喧嘩はますます激化するばかり。次第に、カインは女をにらみつけたままフラフラと千鳥足のままファイティングポーズをとり始め、女騎士に至っては剣の柄に手をかけ始めていた。


「まぁまぁまぁまぁ!!」


 手が出たら本当に取返しが付かなくなるので、ウーロンは是が非でも止めねばと意を決して二人の仲裁に入ろうとした……が無駄だった。


「「うるさい!!!」」


 二人に同時に怒鳴られ、全く取り付く島もない。


(前言撤回!これだから精神年齢がガキのまんまのやつはだめなんだ!!)


 ウーロンが先ほどカインを見直したことをすでに後悔しはじめ、恨めしそうな眼差しを向けた、その時だった。


「はいはいそこまで~」

 

 男の間の抜けた低い声が響き、瞬間小屋の中が静寂に包まれた。見ると、先ほどまでやかましく言い争っていた二人の間に、もう一人の指揮官であろうあのローブの男が立っている。喧嘩が止まったことにほっと胸をなでおろしたウーロンだったが、それも束の間、その表情を見て思わず戦慄した。


(なんだあの怖え笑顔は……)


 たしかに顔は笑っているのだが、なぜかとてつもない寒気を感じる。開いているのか閉じているのかわからないような細い目に、貼り付けただけのような無機質な笑顔――そんな不気味な表情だった。

 その表所のままま男は口を開いた。


「セシリアさん?彼の怒りはもっともです。協力を仰ぐ以上、我々は下手に出るべきですよ?」


 ねっとりとした口調で話すその男に、セシリア、と呼ばれたその女騎士は震えながら答えた。

「はい……。その通りです……。申し訳ありません……」

 

 この様子から見て、この一団のトップはこの男であろうと理解したウーロン、は注意深くその動向を注視した。

 というより、男の発するすさまじい威圧感に圧倒されて、その一挙手一投足から目が離せなくなっていたのだった。

 周りの騎士たちもおそらく同じなのだろう。男が話し始めてから明らかに様子が違う。なんだかひどく怯えているような、そんな様子だった。


「さて、カインさん、でしたか?セシリアさんが大変失礼いたしました。まだ任について半年もたたぬ若輩者ゆえ、どうか先ほどの非礼はお許しください」

「ん?おう、まぁわかりゃあいいんだよ」


 一方、カインはそんな威圧感などものともせず、というかそもそも感じていないのか。全くそのふてぶてしい態度を変えぬままにそう答えた。そんな彼の様子にかまわず、男は続ける。


「申し遅れました。わたくしの名はデモン。デモン・フラーヴィオと申します。この地方一帯の安全をあずかるバーニア騎士団の長をやらせていただいております。そしてこちらの少々血の気の多い女性が副官のセシリア・ハーディンさん。以後お見知りおきを」

「へぇ~そりゃご丁寧にどうも」


 相も変わらずぶっきらぼうに返すカインに男は一瞬眉間にしわを寄せるが、すぐにまたあの貼り付けたような笑顔に戻り、先を続けた。


「さて、さきほどもセシリアさんが尋ねておりましたが、我々は人探しをしておりましてね。ご協力いただけると大変ありがたいのですが」


 その目にとてつもない殺気が宿る、うかつなことをすれば、即命を奪われてもおかしくはない。そんなすさまじい殺気が部屋中を満たしている。


「実はこの山の中に魔族の少女が逃げ込んでしまいまして……。魔族の危険性は十分にご承知のことと思いますが、もし見かけていましたら情報を提供していただきたいのです。」


 男はゆったりと、丁寧に、しかし漏れ出る殺気を隠さずにカインに訊ねた。しかしそれを向けられている当の本人だけはものともしていない。


「はぇ~そいつは物騒だなぁ」


 と間の抜けた調子で答えた。


「ええ、でしょう?で、さきほどこの小屋に逃げ込んだと思われるのですが……。どうでしょうか?誰か……訪ねてきておりませんか……?」


 男のうっすらと開かれたその目に、まるで獲物を見つめる猛獣のような鋭い眼光が宿っていた。


(やべぇ……やっぱ感づかれてたか……)


 ウーロンはデモンと名乗るその男が、すでに自分たちが少女を匿っていることに気づいていることを悟り、腰に下げた護身用の青龍刀の柄にそっと手をかけた。こうなっては戦うほかない。


「……」


 いつ斬りかかるか、一瞬の隙を見つけるためにより気を張り詰めたその時だった。

フっと息を吐いたかと思うと、カインはその場にどかっと座り込み、一触即発の緊迫した空気にそぐわない間延びした調子で、頭をボリボリと掻きながら答えた。

 

「いやぁ知らねぇなぁ?さっきも言ったけど、おれとウーロンのやつでずぅっと朝から飲んでるけどだぁれも来てねぇよ。なぁ?」

「え!?……ええ……と!その通りで!」


 急に話しかけられて一瞬遅れるが、あわててウーロンも調子を合わせた。

 しかしデモンと名乗るその男はまるで信じていないかのように、その口をへの字に曲げて閉じたままなにもしゃべらない。しかしカインはそんな様子など目に入っていないかのようにへらへらと笑いながら続けた。


「それに、恥ずかしながら俺は寒貧でな?確か魔族突き出したら結構な褒賞がもらえたよな?そんな機会があったらみすみす逃すわけねぇんだわ!なぁ?」

「へ、へぇそうなんですよ騎士様!この人ほんとに金ねぇのにろくに働きもしねぇんですよ。だからあたしなんてさっき、金やるからちゃんと働け!って言ってやったばかりで!!」

「おい!余計なこと言うんじゃねえよ!!」

「アハハハハハ!!」


 やぶれかぶれでカインに合わせるウーロンだったが内心はもうひやひやである。半ばやけ気味で大笑いし、それに合わせてカインもまた大笑いした。

 凍るような空気のなか、場違いなふたりのバカ笑いが響く。


(たのむ!なんとか!もうなんとかなってくれ!!)


 ウーロンの心中はもうそれでいっぱいだった。カインが何を考えているのかわからないし、デモンという男をこのまま騙せるとも思えない。しかし今の自分には合わせる以外に道がない!

 そうやって内心、天にも祈る気持ちで小芝居を続けて、数分程経ったときだった。

 デモンが再び柔和な笑みを浮かべてカインに向き直り口を開いた。


「そうですか。ではこちらには来ていないようですね」

((!!!!????))


 カインとデモン以外のその場の全員の頭は混乱していた。中でも一番大きく混乱したのはウーロンだ。まさかこんなことで納得してくれるとは全く思えなかった。しかしそんな周囲の反応をよそにデモンは続ける。


「いやぁ残念でしたねぇ。あれの懸賞金は相当な額だったというのに!」

「はぁ~そうだったのかぁ!カ~!こっちに来てくれてりゃあきっとしばらくは遊んで暮らせたってのになぁ!!畜生!!」

「まぁそうそう楽にお金は手に入らないという事ですねぇ」 


 カインとデモンはまるで世間話でもするかのように笑いながら楽しそうに会話していた。

 ウーロンはその様を呆然と立って見ていることしかできなかった。いや、ウーロンだけではない、セシリアとかいう女騎士はじめほかの騎士たちもそうだったろう。

 そんな彼らをよそにひとしきり笑うと、デモンは出口へと向かった。


「では朝からお騒がせしてしまい、大変申し訳ありませんでした。」

「いやいや気にしなさんな。じゃあお勤め頑張ってくんな。」

「はい、ありがとうございます。では皆さん行きますよ」


 デモンのその一言でそれまで呆気に取られていた騎士たちもハッと正気にもどり、困惑しながらもその後に続く。


(た、たすかった~……)


 去っていくデモンたちを見送りながら、一気に肩の力がぬけたウーロンは深くうなだれた。一方カインは先ほどまでの笑顔とは真逆の険しい表情になり、その鋭い眼差しをデモンの背に注いでいる。

 しかし、デモンがふと足を止め、振り返らずに静かに放った言葉はそんな対照的な二人の表情を一変させ、同時に硬直させた。


「ではごきげんよう。ウーロンさんとそれから……カイン・アレイスターさん」

 

      

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