第1話 かくしてろくでなしは少女と出会う その3


「なぁにいさ……」

「で、どうだ!?いくらくらいで買い取ってくれる!?」


ウーロンのそんな胸中を知らず、目の前の男はガラクタが高値で引き取られることを期待してその目を爛々と輝かせている。その様子を見てまた少し迷いが生じて溜息を吐いた。そして

 

「……なぁ、にいさん」

「ん? どしたよ」


カインの無邪気な表情に一瞬ためらうが、ウーロンは意を決したように口を開いた。


「……悪いことは言わねぇ。そろそろ廃業しねぇか?」

「あ!?」


金額を聞けると思ったらいきなり全く意識外の言葉を投げかけられ、思わずカインはけんか腰になる。しかしウーロンは制して続けた。


「まぁ黙って聞きなせぇ。これらのガラクタが本来誰も見向きもしねぇ代物だってこと、にいさんだってわかってるでしょう?」


商人はウーロンだけではないし、値をつけて買い取ってやるそのウーロンもいつも近くにいるわけではない。今日だって半年ぶりなのだ。これまでほかの商人に売ろうとしたことはあったろう。その時に値段の話はされているはず。気づいていないほうがおかしいのだ。


「う、うるせぇな!!おれは別に……その……たまに酒飲んでうまいもん食えりゃ、あとは適当に暮らしていけりゃそれでいいんだよ!!」


図星を刺され、しどろもどろに、それでもなんとか威勢を保って答えるカインにウーロンは冷たく言い放つ。


「その適当な生活ってやつもいつまで続くんです?もし あたしが来なくなったらどうするんです?あんたの言う、たまのうまい酒だって、もうめったと飲めなくなるでしょうよ」

「……!」


図星だった。ここに住むようになって数年は蓄えもあってなんとかやってこれたが、今や寝床はあっても満足に物も買えない状態だ。

ウーロンと出会ってなければおそらくもう5年は酒も飲めていないだろう。


「……」


ウーロンは言い返せなくなったカインを無言で見つめ、そうして懐から何かを取り出し、テーブルの上に置いた。


「!!」


カインの視線は思わずテーブルの上に置かれたそれに釘付けになってしまった。ウーロンが机の上に置いたもの、それはいくつかのぶ厚い札束だった。


「30万ゴールドあります。これでにいさんのそのガラクタ全部引き取りましょう」

「は?」


30万といえば相当な大金だった。

この世界ではひと月の稼ぎが5万ゴールドあれば、そこそこ裕福な暮らしを送れるといわれている。ましてこんなガラクタ全部買い取っても、300ゴールドいけば良いくらいだろう。それなのに30万で買い取ると言っている。とてつもない破格で買ってくれようとしてくれていることはそこらの子供でも理解できることだった。そんなとんでもない額を提示されて呆気にとられたカインは、ウーロンとその札束を交互に見つめることしかできない。そんなカインの様子をよそにウーロンは続ける。


「もともとこれを言うつもりで今日は来たんだ。なぁにいさん、その金を元手に新しい人生を始めようぜ?にいさんがなんでそんな暮らしをしてるのかなんてあたしにはわからねぇけどよ。あんた立派な魔法だって使えるじゃねぇか。あんだけのもんが使えるんだから絶対いい働き口だって見つけられる。なんだったら俺が知り合いにいろいろ口ききしたっていい、だから……」

「うるせぇな!!余計なお世話だってんだ!!」


ほとんど反射的にバンとテーブルを叩き、カインはその言葉を遮ってしまった。しかしすぐにはっとして自分の子供じみた行いを謝罪した。


「……悪い、いきなり怒鳴って……」

「いや……」

「……」

「……」

 

それからは重たい空気が場を支配しお互いに沈黙した。

カイン自身、ウーロンの言ってる言葉は全く正しいし、彼の申し出も本当にありがたいものであることも頭では理解できている。自分自身このままでいいとも思っていない。それこそこのままなら破滅する。……それでも、カインの中のちっぽけな自尊心がその厚意を受けることを妨げていた。

 23歳という若さで商人としての成功を収めている青年。に比べて、何も成せぬまま30を迎えた情けない自分。そしてそんな自分に本気で手を差し伸べようとしている彼との人間としての成熟具合の差、そして、それらが全部頭でわかっていてもずっと動けないでいる自分。すべてがカインをみじめな気持ちにさせていたのだった。


(……どうしたもんかねぇ……)


ウーロンは心の中で唸った。

カインがみじめに思い、意固地になってしまうという気持ちも十分に理解できるからだ。自分だって彼の立場なら同じような行動に出てしまっているかもしれない。それを考えると自分の行動はエゴで余計なお世話だったろうなとも思う。しかし、このまま見捨てて破滅しても知ったこっちゃない……ともどうしても思えない。だからこそ、ここから先どう声を掛けたらいいのか、どうしたらこの男を動かせるのか……。わからなくなってしまっていたのだった。 

そうして結局沈黙が続いた。


「……」

「……」


永遠にも続くように感じられる気まずい沈黙。だがその沈黙は唐突に、お互いのどちらからでもない、全く慮外の第三者によって打ち破られることになった。


バン!!!!!


ものすごい勢いで玄関の戸が開いたかと思うと、そのまま倒れ込むように家の中にボロボロの小さな塊が飛び込んできた。

 二人が呆気に取られて目を丸くしていると、そのボロボロの塊が起き上がり、二人の方を向いた。どうやら「人」、しかもよくよく見ると女の子のようだ。身に纏う服はボロボロで、布の合間から覗く身体は傷だらけだ。歳の頃は10か、それにも満たないくらいではなかろうか。それほど幼い少女が今、ボロボロの傷だらけの身体で飛び込んできたのである。その異常性に二人の男は先ほどとは全く別の意味で沈黙し、固唾をのんでその少女を見つめることしかできないでいた。

 すると、少女は枯れた声で、しかし必死な表情で、その燃えるような赤い瞳に映るカインたちに向かって叫んだ。


「お願いします!!どうか!どうかボクを匿ってください!少しの間だけでいいので!お願いします!!」


それだけ叫ぶと、バタリと少女はその場に倒れ、うごかなくなってしまった。


「おい!大丈夫かい嬢ちゃん!」


呆気に取られている場合ではないと、ウーロンはすぐさま少女に駆け寄る。よくよく見ると、どうやら少女は気絶してしまっているようだった。おそらくここまで気力だけで走ってきたが、それも辿りついたと同時に切れてしまったのだろう。


「……なんてひでぇ」


少女を見つめながらウーロンは唸った。

こんな年端もいかぬ少女が、ここに来るまでにどれだけ危険な目に合い、そしてどれだけの思いで助けを求めてきたのか。それはその傷だらけの小さな身体を見れば容易に想像できた。だがその一方で……。


(……まずい……かもなぁ……どう見たって魔族の子供……だろうし)


ウーロンはこの少女を助けてもいいものか……慎重にならざるを得なかった。

 少女をだき

このような目に合うほどの大事に関わっているということは。下手に匿ったりすれば、こちらにも相応の危険が伴う可能性も十分に高いということだ。

この少女にはかわいそうだが、そうしたリスクを考えたら一人の人間としてではなく、商人として、うかつに手を貸すべきではないのかもしれない。

そんな複雑な心境で思案するウーロンの横で、カインはただ呆然と少女を見つめて立ちつくしていた。


(あの目……)


あきらめたくない、という必死の目……。ボロボロの身体で、それでも生きなければならないという強い意思を宿した燃えるようなあの赤い瞳。

少女の叫びと、その力強い瞳とが、呆然とするカインの中でなんども思い起こされ、やがて彼の中に何か……ずっと忘れていたような「何か」が、己の中に呼び起されていく、そんな感覚に陥っていた。その「なにか」はだんだん彼の中で大きくなっていき、少女を見殺しにしてはいけないと、そう心の中で叫び始めたのだった。


「……け」

 

カインはそんな自分のなかの何かに小さく悪態をつくと深く息を吸い、目をつむった。そして見開く。その瞳に強い決意の色を宿して。

 次の瞬間、カインの身体は少女を助けようと動きはじめていた。


「よっこらせっと」


思案を続けるウーロンの横で、カインはためらうことなく少女の身体を抱き上げると、さきほどの木箱が収納されていた床下の穴へと放り込んだ。


「ちょ!にいさん!?」

「仕方ねぇだろうが……。こんなボロボロのガキ見捨てたら、寝覚めが悪いしよ……」

 

カイン自身、なんでこんな子供を助けようとしているのか、正直よくわからなかった。しかし、強いて言うなら、「後悔したくなかったから」だ。

彼の中に呼び起された何かが、見殺しにしてはいけない、「もう二度と後悔してはいけない」、と叫びつづけていたからだった。

 

「まったくめんどうくせぇ話だけどな……。」


ぼやきながらカインは床板をはめて少女の姿を隠すと、今度は彼女の残した血痕を懸命に拭き始めた。そんなカインを見て、半ば呆れ気味にウーロンは肩をすくめる。


(てめぇのことじゃ碌に動かねぇくせに、見ず知らずの他人に対してはどうしてそうテキパキと動けるんだか……)


カインの行動を揶揄するような目で見つめていたウーロンだったが、ふっと思い至り、自然にその口元が綻んだ。そうして


(ああ、そういうことかぁ……)

 

と一人納得していた。

 このカインという男はいい意味でも悪い意味でも子供のままなのだ。3年前に初めて知り合った時からそれはずっと変わっていないのだ。

自分の考えをおいそれと曲げられないし、くだらないプライドも捨てられない。だから自分が納得しなかったら自堕落な生活も変えらえれない。本当にろくでなしのクズだ。だが、そんな彼であるが故に一度「助けたい」と思ったら、自分と違ってリスクなどそういうことを考えず、ただ目の前の苦境にある者を助けるために迷わず行動できてしまう、そうなったらどんなリスクも「仕方ねぇ」の一言で片づけてしまえる。そんなまぶしい一面もある。


「ほんとお人よしですねぇ」

「うるせぇな、ぼーっと突っ立ってるくらいならてめぇも手伝いやがれ!」


そういうカインの目は、先ほどまでの自堕落なろくでなしの目ではすでになく、覚悟を決めた男の目になっていた。


(なかなかどうして、いきなり大人物になれるもんだ……)


 あまりの変身ぶりに苦笑してそう心の中でつぶやくと、やれやれと言った調子でウーロンは答えた。


「仕方ねぇですね」

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