第39話 放課後にイチャイチャ膝枕


 放課後、僕は校内の静かな旧茶道部の部室で奏と一緒に勉強をしていた。僕が数学の問題集に集中しようとしていると、奏が隣に座って、何故かいつもよりもずっと近くに寄ってくる。彼女の肩が、僕の肩に触れるほどだ。


「何か距離近くない?」

「そんなことないよ。それよりコレどうやって解くの?」


 奏が数学の問題を指さして聞いてきた。自然と距離が縮まる中、僕はどう反応していいのか少し戸惑いながらも、目の前の問題に目を向けた。

 彼女の香りや、時折耳に届く呼吸の音に心が散らかりそうになりつつも、何とか彼女の質問に答えようと集中を試みる。だけど、こんなに近くで彼女と勉強する、どうしても心臓の鼓動が早くなってしまう。


「……どうしたのそーくん?」

「やっぱり色々と気になって」


 主に腕に当たっている胸が。


「恋人なんだし、これぐらい普通じゃない? それに、イチャつける場所も限られているわけだし」

「確かに……、外出デートすらままならないもんね」


 奏は売れっ子のアイドルなわけで、途轍もないオーラを放つ彼女が外に出たらすぐにバレてしまう可能性が高い。天音さんと三人で出掛けた事はあったけど、あの時はちゃんと変装していたというのもある。


「私は別にデートしてもいいよ。何ならしたいまであるし」

「バレたら大変な事になりそうだけど。熱愛スクープに炎上! みたいな感じで」


 二人きりでデートというのは紛れもなく、言い訳が通用しないだろう。


「そーくんが責任取ってくれるなら別にいいけどなぁ」

「せ、責任とは?」

「それはご想像にお任せします」


 やっぱり切腹とかした方が良いのだろうか。いや、それじゃあ責任を取った事にはならないか。ってなるとやっぱり結婚とかになるのかな?

 奏との結婚生活……ごくり。

 何故かは分からないけど、奏との結婚生活が意外と想像できてしまう。

 毎日朝起きて一緒に朝食を食べ、通勤前にはいってらっしゃいとキスを交す……。  家に帰れば、奏が笑顔でおかえりと出迎えてくれる。週末には二人でどこかに出かけたり、たまには旅行なんかに行ったりするのかな。


「そーくん、どうしたの?」

 

 ……って、僕は一体何を考えているんだ。

 奏の声に現実に引き戻され、僕は慌てて頭を振った。


「いや、何でもないよ」


 僕が適当にそう誤魔化した瞬間だった。


「えい!」


 奏が突然、僕に抱きついてきた。彼女の体重が一気に僕にかかり、少しバランスを崩しそうになる。驚いて床に手を置くと、奏は顔を僕の胸にうずめてくる。


「どうしたの?」

「勉強疲れたから充電中~」


 奏の身体は僕より一回り小さいけど、力強く僕を抱きしめていた。僕は思わず手が彼女の背中に回り、彼女の温もりを感じながら、どう反応していいか少し戸惑った。

 いい香りがすると同時に、柔らかな感触がするせいでどうしても意識してしまう。

 奏は僕が唐突に襲ったりする可能性とか考えないのだろうか?

 幾ら学校といえども、人目のつかない密室だし……。

 それとも僕がヘタレだと思われているのだろうか?

 まぁ実際にヘタレと言われたら反論はできない。

 ポジティブに言えば、理性があるともいえる。

 そんなどうでもいいことを考えていると、奏は満足したのか、僕の胸から顔をうずめるのを一旦やめた。


「ふぅ、そーくんありがと~。お礼に何でもいう事聞いてあげる」

「な、何でも?」


 やっぱり奏は僕をからかって遊んでいるようにしか思えない。

 それとも僕がヘタレを克服するのを待っているのだろうか?

 何でもいう事聞いてあげるなんて、軽々しく言っていい言葉じゃないと思う。

 まぁ、僕も馬鹿じゃないのでそれを言葉通りに受け取ったりはしない。

 無茶なお願いをすれば、ドン引きされるだろうし、ここでの肝は相手に引かれない程度に最大限にリターンを得られるようなお願いをするという事。

 そこから僕が導き出した結論はこうだった。


「じゃあ、膝枕してくれない?」

「うん、いいよ」


 奏はそう言って、部屋の床に正座をして、自然と僕を誘うように膝をポンポンと叩いた。ちょっと照れくさいけど、約束は約束、僕は少し戸惑いながらも彼女の膝に頭をゆっくりと下ろした。


「……どう?」

「良い感じ……、かな」 


 奏の膝枕は、思ったよりもずっと心地よかった。彼女の太ももは柔らかく、その感触がリラックスさせてくれる。彼女の手が僕の髪をそっと撫でる。その触り心地がとても心地良くて、思わず僕は目を閉じた。それから少し経って、そっと目を開けて彼女の顔を見ようとすると、その視界の大部分を奏の胸が占めていて、彼女の顔がほとんど見えない事に気が付いた。僕は思わず顔を少し動かして、彼女の表情を捉えようとした。


「そういえば奏に聞きたいことがあるんだけど」

「なぁーに?」

「同じグループの星川さんとは仲良いの?」


 奏と星川さんは同い年にして、同じタイミングでルミスタのメンバーとして加入した二期生だ。二人のアイドルとしての立場は似ているけれど、どんな交流があるのか純粋に気になっていたのだ。


「普通に仲良いけど……何でそんな事訊くの?」

「純粋に気になってさ。アイドルって競争とかする場面もあるからさ」

「そういう意味なら胡桃ちゃんにライバル視されているのは感じるかな。多分、胡桃ちゃんはセンターになるのを目標にしてるから」

「センターに……。それって何か理由があるのかな?」

「うーん分からない。でも目立ちたいとか承認欲求を満たしたいとかそんな理由じゃない気がするんだよね。私の勝手な予想だけど」

「そっか……」


 もし普通じゃない理由があるなら少し聞いてみたい気もする。

 今度さりげなく聞いてみようかな。

 まぁ、聞いても教えてくれない理由が高い気がするけど。

 僕は星川さんとはそこまで親しい間柄でもないから。

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