第38話 下着姿を見てしまい、修羅場化しかけた……。

 五月中旬、そろそろ初夏の気配が感じられる季節。

 世間ではゴールデンウイークが終わり、日常がまたゆっくりと動き出していた。僕は長い休暇の後で、どこか足取りは重たいものの普通の高校生と、アイドルの作曲家兼プロデューサー助手という日々を送っていた。

 ルミナススターズのメンバーも休み明けで、彼女たちの活動も本格的に始まっており、今日は番組の収録があったので僕も同行させてもらっていた。

 僕が建物内の廊下を歩いていると、通りすがりのスタッフが急に立ち止まって僕に声を掛けた。


「この辺で星川さん見なかった?」

「見てないですけど、急ぎの用ですか?」


 僕が尋ねると、彼女は頷いた。


「新しいスケジュールの確認をしたいんだけど……」

「分かりました。僕も探してみます」


 僕はそう答えて、楽屋エリアへと向かった。

 


 ————。


「えっと、ここが楽屋の控室……」


 楽屋の前に立ち、ゆっくりとノックした。返事がなかったので、何も考えずに静かにドアノブを回す。僕がわずかにドアを開けた瞬間、とんでもない光景が視界に入った。

 目の前に着替え中の少女の姿があったのだ。彼女の表情には驚きが浮かんでいて、僕はその場に凍りついた。


「す、すみません!」


 僕は声を上げつつ、慌ててドアを閉めた。

 やってしまった……。返事がないと油断してた。

 まさか着替えているとは思わなかった。

 僕は壁に背を預けて深呼吸を試みた。心臓の鼓動が少し早い。覗きだと騒ぎ立てられたらシャレにならない。

 暫くその場に佇んでいると、扉が開かれた。


「ねぇ、見たでしょ」


 と少女の声が聞こえてくる。彼女の名前は星川胡桃。ルミナススターズのメンバーの一人だ。彼女は金髪のロングヘアを持ち、ピンク色の瞳が特徴的なスレンダーでモデル体型の女子高生アイドルだ。そんな彼女はすでに着替えを終えていたようだった。


「ごめん、ノックしたんだけど……」

「あっ、あたしがイヤホンしながら着替えてたから気付かなかったみたい」

「そうだったんだ。あっ、でもさっきのは殆ど見てないから」

「本当に~?」


 星川さんが僕の真意を確かめるように顔を近づけてきた。

 その仕草に僕は一瞬ドキッとした。


「ま、さっきのは事故みたいなものだし仕方ないか」


 もっと詰められると思っていたけど、星川さんはそう言い残して去っていった。

 ふぅ、助かった……。

 僕が安堵していると、こんな耳元でこんな声が聞こえてきた。


「そーくん」


 僕はそれに対して、反射的に肩をビクッと震わせてしまった。

 振り向くと、そこには奏が立っていた。彼女の白銀色の髪はいつものように輝いており、水色の瞳に視線が吸い寄せられた。奏はぱっと見ただけで目を引く存在だ。そんな彼女もルミスタのメンバーの一員である。

 付け加えて、僕の恋人だ。

 この事実は僕と奏だけの秘密で、バレないように密かに付き合っている。

 相変わらず今日も可愛い……なんて考えていると、彼女がこんな事を言い出した。


「声掛けただけなのに驚いてどうしたの?」

「何でもないよ。さっきまで星川さんと話してて、急に声を掛けられたから驚いただけ」

「ふーん、胡桃ちゃんと話すなんて珍しいね。……まさか、浮気?」


 奏にジト目で見つめられて、僕は探りを入れられた。

 奏は僕が思っている以上に、そういう面では厳しいらしい。

 もし、生着替えを見てしまったなんてバレたら確実に殺されてしまう。あの事実は出来れば隠しておきたい……。

 僕が何て返事をしようかと迷っていると、足音と共に聞き覚えのある声が廊下内に響いた。


「さっき、彼に下着姿を見られたのよね~」

「ほ、星川さん!?」


 どういう訳か星川さんがこの場所に戻ってきていた。しかも先程の出来事をさりげなくバラされた。


「な、何で戻ってきたの?」

「忘れ物を取りに来たの。奏も気を付けなよ~。この子、草食系のフリをして、意外とムッツリスケベかもしれないし」


 何てことを言って……。

 僕が内心でそう思いながら星川さんの方を見ると、彼女はふふっ、とドヤ顔を決めていた。

 完全に確信犯だ……。

 着替えを見られたお返しに、僕を陥れようとしている!?

 星川さんは言いたいことだけ言って、楽屋内にあった忘れ物を取ってから、またもや消えて行ってしまった。

 今度はとんでもない爆弾を残して。

 奏と二人きりで取り残された僕は気まずい雰囲気の中、彼女と目を合わせた。


「……そーくん?」

「な、なんでしょうか……」

「私が言いたいこと、分かるよね?」


 奏はとんでもない笑顔で僕にそう問いかけてきた。

 アイドルの笑顔がこんな殺気立っていいわけがない。

 何か身体から黒いオーラが見える気がするんだけど……。


「さっきのは事故だったんだって」


 僕は咄嗟に言い訳を並べた。


「ふーん、そうなんだ。まぁ今回は見逃してあげるけど」


 何とか危機を逃れたらしい。


「そんなにアイドルの下着姿みたいなら、いつでも私が見せてあげるよ」


 奏が僕の耳元で甘く囁いた。

 一体何を言って……。

 小悪魔めいた笑みを浮かべて、奏はその場を去っていった。

 何はともあれ、今後は気を付けようと思う僕だった。


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今後は朝の7時半に投稿予定です! 

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