第35話 告白

 放課後、僕は白崎さんを旧茶道部の部屋に呼び出していた。

 僕は少し緊張していた。何故ならこの後白崎さんに大事な話をするつもりだったからだ。

 先に到着して、暫く待っていると、ドアが開いた音がして彼女が現れた。


「天城君から呼び出すなんて珍しいね」


 白崎さんはスクールバックを床に置きながらそう言った。

 一方で僕は少し緊張しながらも、彼女の目を見て話し始めた。


「うん、実な話があって……」

「大事な話?」

 

 キョトンとした顔で白崎さんがそう訊き返す。


「この前、千春と会ったんだ」


 僕がそう言うと、白崎さんの表情が少し硬くなるのを感じた。

 この前に千春からのメッセージを見られていたとはいえ、こうして打ち明けるのは良くないとは感じていた。でもこの後の話をするには伝えないといけないことだ。

 それに白崎さんに隠し事をしたくないという思いがある。


「そっか。もしかして復縁しちゃった?」


 その質問にはどこか不安と心配が混ざっていた気がしたので、僕はすぐに首を振った。


「してないよ。その話も持ち掛けられたけど……。襲われたりして」

「お、襲われたって……、もしかして天城君、シたの?」

「シてないよ! ちゃんと断ったから!」


 僕が全力で否定すると、白崎さんは一瞬黙り込んだ後、ほっとしたように安堵の息を吐き出した。


「そ、そうなんだ……」

「うん。ちゃんと話してようやく僕は千春のことを吹っ切れたと思う。これはきっと、白崎さんのお陰だよ。だからありがとう、白崎さん」


 僕がそう言うと、白崎さんは少し驚いたような顔をした後、優しい笑顔を見せた。

 取り敢えず、千春のことを話す事が出来た。だけど僕はもう一つ彼女に伝えないといけない事がある。そんな事を内心で考えていると、白崎さんが部室内の窓辺で外の景色を見やりながら静かに言葉を紡ぎ始めた。


「実は、お礼を言うのは私のほうだよ。だって、私の人生を変えたのは天城君だから」

「え?」


 僕は思わずそんな声を上げていた。

 人生を変えた? 身に覚えが全くないんだけど……。

 心当たりがあるとすれば、白崎さんがセンターになった曲を僕が作って、それが大ヒットしたとかそれぐらいしかない。

 でもそれは、あくまでもアイドルの仕事の話で人生を変えたという意味だと少し違う気がする。僕が白崎さんの言葉の意味を探っていると、彼女が振り返ってこう言った。


「私ね、天城君の為にアイドルになったんだよ。知らなかったでしょ?」


 満々の笑みで告白をする白崎さんに僕は言葉を失った。

 僕のためにアイドルになった?

 白崎さんはずっとルミスタが好きで、自分もなりたいと思ってアイドルになったのだとばかり思っていた。だけど、どうやらそれは違うらしい。


「昔の天城君が当時ルミスタのセンターだった天音ちゃんが好きだって言ってたから、私もアイドルになったセンターになろうと思ったんだ」


 答え合わせをするかのように、白崎さんがそう打ち明ける。


「ぜ、全然知らなかった……でもどうしてそこまで」


 僕は反射的にそう尋ねてしまっていた。

 最早、聞くまでもない事だったかもしれない。

 でも、僕はどうしても白崎さんの気持ちが知りたかった。


「それは……、天城君の事が好きだったから。今もその気持ちは変わらないよ」


 白崎さんが僅かに頬を染めながら、視線を逸らして言った。

 彼女のこの一途な想いが伝わってきて、僕の中で嬉しいという気持ちが溢れてきた。

 同時に少しだけ申し訳なさが出てきた。それは彼女の気持ちを先に言わせてしまった事だ。以前から白崎さんの態度に心当たりがあったのだ。

 こんなにもまっすぐに想いを伝えてくれる彼女に、僕は何と応えればいいのか分からなくなっていた。


「な、何か言ってよ」


 暫く続いた沈黙に耐え切れなくなった白崎さんが呟いた。


「ごめん、白崎さん!」


 僕は頭を下げながら答えた。

 そして、もう一度顔を上げて、僕は自分の思いを伝えようと決心をした。


「実は白崎さんの気持ちには気付いてた。白崎さんがここ最近、ずっと好意を示してくれてたから。でも気付かないフリをしてた。千春のことがあって女性不信になりかけてたから……。でもその事を振り切った今なら言える」


 そう言い終えてから、僕は少し息を吸ってから言った。


「僕も白崎さんの事が好きだ」

 

 心臓がずっとバクバクと鳴り響いているのを感じる。

 自分の思いを言葉にするのは難しいと思った。

 でも、一番大事な事は最後に言う事が出来た。

 僕は白崎さんの事が好き。

 それさえ伝わっていればそれでいい。

 そんな事を考えながら白崎さんの返答を待っていたけれど、予想外の反応が返ってきた。


「天城君……、まぎわらしいよ!!!」


 白崎さんが目からポロリと涙を落としながら、混乱する様子で声を上げた。


「え?」


「最初に頭を下げながら『ごめん』って言うから振られたかと思ったよ! 本当、心臓に悪い……」


 白崎さんは涙目になりながらそう訴えてきた。


「えっと、ごめんって言ったのは白崎さんの気持ちに気付いておきながら、何もしなかったことに対してで……。僕が白崎さんを振るなんてそんな……」


 僕は慌てながらそう弁明をする。


「うん、それはさっき聞いたから分かってる。私も今、急に天城君から告白されたから頭がこんがらがってるの。これって天城君のせいだし、ちゃんと責任取ってくれるんだよね?」

「せ、責任というのは……」

「私達、両想いって判明した訳だし、恋人になって沢山甘やかして欲しいかな」


 正式な恋人になる。両想いになった僕たちの関係としては自然なことだ。

 僕は白崎さんとの恋人になる未来を想像して、絶対に幸せになるという確信があった。とはいえ、一つだけ問題があるのも事実だ。


「良いのかな。白崎さんはアイドルなのに僕が独り占めして」


 アイドルと一般人の恋。周りの目があるという意味で、そう簡単に進むわけがない。もし僕たちの関係がばれたら白崎さんのアイドル活動に支障をきたすのは間違いなかった。


「私、アイドルも続けたいし天城君の恋人にもなりたいって思ってる。自分でも欲張りだなって思うけど、天城君は私と共犯者になるのは嫌?」


 白崎さんからの最後の問いだった。もしかしたら白崎さんが僕と付き合うためにアイドルを辞めるなんて言い出すと思っていたけれど、そうではなくて安心した。僕はこれからもずっと白崎さんにはアイドルとして、輝き続けて欲しいと思うからだ。

 それと同時に、僕はそんな彼女と恋人になりたいと思ってしまっている。

 白崎さんは自分の事を欲張りだと言ったけれど、それを言うなら僕だって変わらないだろう。

 そういう意味で、彼女が言った共犯者という言葉は適切なのかもしれない。


「嫌じゃないよ。白崎さんと恋人になれるならそれぐらいのリスクは負いたいと思ってる」


 僕がそう答えると、白崎さんは少し笑って、安心したように頷いた。


「天城君ならそう言ってくれると思ってた。じゃあこれからは恋人として宜しくね」


 白崎さんが笑顔でそう言った。

 こうして、僕たちは恋人になったのだ。

 とはいえ、現実感が未だに無い感じがした。


「私達、本当に恋人になったんだよね」

「うん、実感が湧かないけど」


 白崎さんも僕と同じことを思っていたらしく、彼女が僕の手を引いてぐっと近づいてきた。その動きに、僕の心臓はまるで跳ねるように速く打った。彼女の顔が僕の目の前にある。彼女の目は潤んでいながらも、その表情はとても優しくて、小さくこう呟いた。



「……取り敢えず、恋人っぽいことする?」

「た、例えば?」

「ハグとかしたいかも」


 白崎さんの要望に対して、僕が頷くと、彼女が更に僕に近づいて抱き着きながらそのまま僕の肩に顔を埋めた。同時に、彼女の温もりが直接伝わってくる。


「天城君、好き」


 白崎さんが小さな声で囁いたので、僕は多幸感に包まれた。

 僕も白崎さんは抱きしめ返して、彼女を幸せにすると誓ったのだった。


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