第34話 宗太VS元カノ

 休日の朝、僕はベッドに寝っ転がりながら家でゆったりとした時間を過ごしていた。

 昨日に僕は千春から会えないかと連絡があった。

 僕は悩んだ末に、少しの時間だけなら大丈夫と答えた。

 ここで断っても学校では同じクラスな訳だし、露骨に避けても問題を先送りにするだけだと思ったからだ。

 とはいえ、その後の連絡は無くいつ会うのか、何処で会うのかも決まっていない。

 一体どうするつもりなのか?

僕がそんな事を考えていた時、スマホが振動し、千春からのメッセージが表示された。


『千春:連絡遅れてごめん、今から会えない?』


 そう連絡がきたので、僕は大丈夫と答えた。


『千春:今って家に誰もいない?』


 そんな千春からのメッセージに、僕は少し驚きつつも、今日は妹も母さんも出かけていて、僕一人だと返信した。


『千春:じゃあ今から宗太の家に行くね』


 どうやら千春は僕の家に来るらしい。てっきり駅前のカフェとかで話をするものだと思っていたから少し想定外だった。とはいえ、自分の家に招くなら準備も楽という事で僕は何も考えずに了承した。

 それから僕が散らかった部屋を片付けつつも数十分が立った頃に家のインターホンが鳴った。


 ピンポーン。


 自室を出て玄関のドアを開けると、千春が立っていた。


「宗太、急に来てごめんね?」

「う、うん……。でも、どうして僕の家に?」

「私が誘ったのに、宗太を出向かせるのも悪いと思ったから」

「そ、そうなんだ……。じゃあ家に入る?」

「うん、お邪魔するね。そっちの方が話しやすいし」


 そんな訳で、僕は千春を家の中に招く事となった。



 ----。

 千春を部屋に招いたのはいいものの妙に気まずかった。

 僕たちは並ぶようにして、ベッドの上に座ったけど何をしゃべれば良いの分からない。

 それに今日の千春の服装は色が際立つような服を着ていて、特に谷間がちらりと見えていた。僕はなるべく見ないようにと目を逸らしていた。

 とはいえ、このままでは埒が明かないと思い、僕は話を切り出すことにした。


「それで、用事って何かな? 今日は僕に話があるから来たんだよね」


 千春は少し目を伏せ、その後、ゆっくりと顔を上げて僕の目を見た。


「うん、話の前に一つ謝らせて。ごめんね、宗太。私が浮気したせいで色々と傷つけちゃったよね?」


 千春の表情は複雑で、さっきまで言葉にするのに苦労している様子はあったけれど、いきなり少し前の浮気について謝られるとは思っていなかったので、僕は驚いた。

 あの件に関して、ちゃんと謝られたのは今回が初めてかもしれない。

 実際に許すのか許さないのか。

 僕はもうどちらでもよかった。

 何故なら、あの時から既にそれなりの時間が経過していたからだ。


「いいよ、もう。僕は気にしてないから。でも一つだけ聞いて良いかな?」


 僕には一つ、引っ掛かっている点があった。


「何?」

「どうして千春は浮気したのかなって」


 単純な疑問だった。

 恐らく、それを聞いたところで僕にメリットはない。

 でも、もしかしたら僕に非があったという可能性は捨てきれない。

 だからこうして訊いてみたのだ。

 僕の問いに対して、千春は少し間を置いてからこう答えた。


「それは刺激が欲しかったからかな……。宗太も覚えてるでしょ? 私たちが付き合い始めて三ヶ月が経ったぐらいの時、この部屋で初めてシた時のこと」

「う、うん……」


 まさか今になってその話題を掘り返されるとは思いもしなかった。

 千春の言う通り、僕たちは付き合いたての頃そういう事をした。


「お互い初めてだった事もあって、あんまり上手くいかなかったよね? その後も何回かしたけど、段々と頻度は減っていった。私はね、それが不満だったんだ。でもまぁ、これはただの言い訳。結局、私の身勝手な行動のせい。多分、私が悪いんだ」

「それは……」


 僕は何も言えなくなっていた。

 千春が浮気の原因が自分のせいだと言ってしまえば、何も言えなくなってしまう。

 僕がそんな事を考えていると、彼女がこんな事を言い始めた。


「でもね、私先輩とはもう別れたよ?」

「え?」


 意外な一言だった。

 千春と赤木先輩は既に別れていたらしい。

 二人の間で何があったのかは分からないけれど、別れるのが早過ぎると思った。


「気付いたんだよ私。本当は宗太が好きだったって事に……。だからもう一度やり直してくれないかな?」


 千春が僕の反応を伺うようにそっと言った。

 僕は内心でかなり驚きながらも、心の中で複雑な感情が渦巻いていた。

 彼女の裏切りから時間が経ったものの、傷はまだ完全には癒えていない。

 そんな中での復縁の話を持ち掛けてくるとは思っていなかった。


「千春、それ本気で言ってる?」

「本気だよ。宗太が驚くのも無理ないよね。でも私、宗太ともう一度やり直せるなら何でも出来るよ? ほら、こんな事も」


 千春は少し間を置いてから、突然立ち上がった。すると彼女はゆっくりと上着を脱ぎ始めたのだ。

 彼女の行動に僕は驚きと戸惑いを隠せなかった。


「ちょっと千春、何をして……」


 僕は言葉をつまらせながら、千春を止めようとしたが、彼女は聞く耳を持たなかった。

 そうこうしている内に、千春はためらうことなく、あっという間に下着姿になってしまった。艶めかしい肢体に桃色の下着姿が僕の目に映る。

 僕はあまりにも刺激が強い光景を見て、横に目を背けてしまった。


「私の言葉が本気って事、これで少しは分かってくれたかな?」


 本気ってどういう事……。まさか、僕とああいう事をする気なのだろうか?


「ちょっと待って、冗談でもそういうの良くないって」

「私、冗談でここまでしないよ?」


 そうだよね……。冗談で下着姿になるわけがないよね、痴女じゃあるまいし。

 いや、冗談じゃないならそれはそれで困るんだけど!

 服を脱いでそれらを床に放った千春が、ベッドの上に座っていた僕の方に近づいてくる。そして、それに対して僕が後ずさりながら逃げようとするが、すぐに彼女に捕まってしまった。


「えいっ」


 とうとう千春が僕の両肩を押して、僕をベッドに押し倒した。

 僕はそれに抗う術もなく枕に頭を打ち付けた。

 四つん這いになっている彼女の下で倒れこんだ俺は逃げる隙も無かった。


「取り敢えず、今後の事はシた後に判断するって事でいいから。初めて経験した時みたいに戻ろうよ」


 千春が甘い声で誘惑してくる。

 今でも鮮明に思い出せる。千春が僕の家に来て、勉強会をした後に自然とそういう雰囲気になってキスをした直後であった。彼女がしてもいいよ? と言ったので僕たちはあの日に初体験をした。

 その時と同じ行為をしようと彼女は言っているのである。


 僕の眼前の前には彼女の身体が広がっている。なまめかしい肌は白くて、それを見ただけで僕も心臓が激しく打ち鳴っているのがわかった。

 無意識にも重力で下にぶら下がっている胸に視線が釘付けになってしまう。

 ハッキリ言って、こんなことをされて拒む奴はいないのかもしれない。

 僕の中の本能という名の悪魔が彼女を受け入れてしまえばいいと囁いている。一方で理性がここで彼女を受け入れたら、何か大事なものを失うと警報を鳴らしている。

 ただ僕にはその大事なものというものが分からなかった。

 ならばもう、彼女とそういう関係になってしまえばいんじゃないかという思考に陥った。彼女がそれを望んでいる訳だし、合意ならば何も問題はない。


 それにだった。僕は赤木先輩に彼女を寝取られて、辛い思いをした。

 立ち直るのに時間が掛かったし、正直言ってトラウマものでまだ引きずっている。

 あんな事をされたら憎悪と憎しみに駆られて、復讐を企てる人もいるだろう。

 ここで言うならば、僕がこのまま彼女とそういう行為に励んでもう一度付き合うことにして、好きなタイミングで彼女と別れれば、ある意味では復讐になるだろう。

 ただ僕は、彼女に復讐をしたいという気持ちは湧かなかった。彼女を寝取られたからって短絡的な考えで復讐するのは何か違うと感じていたからだ。

 それに、仮にも好きだった女の子に復讐をしたいだなんて、カッコ悪いと僕は思う。

 まぁこれは彼女を寝取られた弱者側の理論なのかもしれないけれど……。

 僕がそう思考していると、千春が更に誘惑をしてくる。


「ほら、本当は触りたいんじゃないの?」


 千春がブラを外そうとしながらそう言った。

 それを訊いて、僕はもう駄目かもしれないと思った。

 そもそも僕は一体、何と戦っているのだろうか。

 彼女から誘惑しているわけだし、あっさりとそれを受け入れれば楽になれるのに。

 僕がそう思った途端、脳内でこんな声が聞こえてきた。


『天城君』


 ……どうして、このタイミングで?

 どういう訳か、突然心の中に白崎さんの顔が浮かんだ。彼女の明るい笑顔、一緒に過ごした日々、それらが一瞬にして僕の意識を覆ったのだ。

 白崎さんは純粋で真っ直ぐな女の子だ。

 僕はそんな彼女にいつの間にか惹かれていた。


 そんな彼女がもし、僕が千春をここで受け入れてしまったと知ったらがっかりするだろうし、もしかしたら嫌われてしまうかもしれない。

 それだけはどうしても避けたかった。


 ……。わずか数秒の事であった。一瞬で思考を整理してこの結論に到達した僕は、

長く続いた沈黙を破るようにこう口にした。


「ごめん……僕は千春とそういう関係にはなれない」

「え?」


 予想外の返事であったのか、千春は信じられないと言った表情を浮かべていた。

 有り体にいえば、僕は彼女を完全に拒んだのである。もし、彼女が浮気をしていなかったら違う結末になっていた。もし、俺達がまだ恋人同士であったら違う返事をしていたのかもしれない。どれもこれもあべこべだ。僕達はもう別れた元恋人同士なのだから。


「私……、ここまでしてるのにそれを拒むの?」 


 僕は千春の言葉に対して返す言葉が無かった。僕のくだらない考えとかプライドが邪魔をして彼女からの据え膳を食わぬと言ったのである。

 これをどう説明したらいいかなんて分からない。

 多分、僕と彼女の価値観は根本的にずれているのだろう。

 だけれど今の僕に、それにこの状況で冷静にそれを話せる自信も無かった。


「うん、本当にごめん」


 僕は声を落として言う。千春は目を伏せ、泣きそうな表情になっていた。

結果的に千春を傷付ける形になってしまった。だけれど、白崎さんのことを思うと、僕には他に選べる道はなかった。

 だからこれは仕方のない事なんだ。


 ……。

 しばらくの間、僕たちは無言だったけれど、やがて千春は脱いだ服を着て、重い足取りで部屋を出て行こうとした。最後に一言だけ残して。


「やっぱり、宗太は宗太だね。……さよなら」


 千春の小さな声が、ドアが閉まる音にかき消された。

 一人残された僕は、彼女の去った後の静かな部屋でベッドに身を預けた。

 し、死ぬかと思った……。

 千春の行動にはとても驚いた。まさかあんな誘惑をしてくるなんて……。

 それと同時に誘惑を断ち切った自分にもびっくりだった。

 僕はため息をつきながら、自分のした選択を振り返った。

 これで本当の意味で僕と彼女の関係は終わってしまっただろう。

 少し寂しい気もするが、これで良かったのだ。

 僕はもう、元カノの事を引きずっていない。

 これでようやく、僕は前に進める気がする。

 これも全部、白崎さんのお陰だった。

 あの時に、白崎さんの顔が浮かんだ理由。

 それはきっと……。

 彼女に対して、そういう気持ちを抱いている。今日の出来事がそれをはっきりと示していた。

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もしかしたらお気付きの方もいるかもしれませんが、宗太と千春の交際時の設定を少し変更しております。元々行為はなかった⇒何回か経験済み


残り2話となります!最後までお付き合い頂けますと幸いです!

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