第32話 白崎奏の過去④

「天城君、ちょっと話があるんだけどいいかな」


 私は勇気を振り絞って、名前を呼んだ。

 すると、天城君は少し驚いた表情をしたけれど、すぐに笑顔に変わった。

 同時に隣にいた女の子と目が合う。

 少し気まずい……。


「千春、ちょっと校門の前で待っててくれないかな」

「うん、分かった」


 天城君と女の子の間でそんなやり取りがされる。

 その時、私は嫌な予感がした……。

 千春と名前呼びをしたということは、そういう関係なのかもしれない。

 彼女がその場から離れていったのを見てから天城君が私にこう訊いてくる。


「えっと、話って何かな? 白崎さん」


 そう言われた途端、頭の中がフリーズした。

 そういえば私、まださん付けで呼ばれてたんだ。

 そんな事実を思い知って、突然むなしくなってきた。

 でも、話しかけたのは私だし取り敢えず、会話を続けないと……。

 私はルミスタのセンターになれたのだ。

 だからそれを天城君に直接報告しようとしていた。

 だけど、その前に確認しないといけないことがある。

 それは先ほど隣にいた千春という女の子についてである。


「さっきの女の子って、天城君とどういう関係なの?」

「千春は僕の幼馴染だよ」


 幼馴染……。

 全然知らなかった。


「そうなんだ、随分親しげだったけど仲が良いんだね」

「うん。あまり大きな声では言えないんだけど、実は先月から付き合い始めたんだ」


 え?

 その言葉を聞いた瞬間、何とも言えない感情が押し寄せてきた。

 本当はそんな気はしていた。

 二人の雰囲気から察しは付いていたからだ。

 だけど、いざその事実が確定してしまうとやっぱり辛い。

 こんな事なら聞かなければ良かった。

 天城君の目を見ると、そこには純粋な幸せがあふれていて、私の感情が更に複雑に絡み合う。一瞬、言葉を失い、何を言えばいいのか分からなくなったけど、天城君の幸せそうな顔を見て、私は自分の気持ちを抑えることにした。


「そうなんだ、天城君恋人出来たんだ。おめでとう!」


 私は自然な笑顔でそう言った。

 良かった、普通に噓をつけている。

 私はアイドルだから、どんな時も笑顔を絶やさない。

 まさか、こんな場面で私がアイドルだったことが役に立つなんて、あまりにも皮肉すぎるけど、多分これでいいのだと思う。

 既に答えは出てしまったから。

 本当は心の中では悲鳴を上げたくなるほどのショックを受けていたけれど、天城君の幸せそうな表情を見てしまったら、私にはこれぐいらいしか出来ることがない。

 だから……。


「天城君、彼女さんを待たせたらいけないし、行ってあげなよ。呼び止めて、ごめんね?」

「う、うん……。じゃあ待たね。白崎さん」

「バイバイ、天城君」


 私はもっと話したいことがあったけれど、早々に話を打ち切る事にした。

 すると、天城君はそのまま彼女さんの方へ行ってしまった。 

 一人残された昇降口で、私はぼんやりと天城君が彼女と歩いて行くのを見つめた。


 ……本当は行ってほしくなかった。


 私は視界がぼやけるのを感じながら泣いている事に気が付いた。

 同時に私はホッとしていた。

 あと少し別れるのが遅れていたら今の姿を見られてしまったかもしれない。

 そしたらきっと、私の気持ちはバレていただろう。

 だから、これで良かったのだ。


 さよなら、天城君。


 私はそう呟いて、天城君が居なくなるのを見送った。




 ----。

 最近は忙しい日々が続いていた。

 失恋をした日から数日が経過したけど、未だに私は引きずっていた。

 その中でも一番気持ちを楽にさせてくれるのがアイドルの仕事だった。

 良くも悪くも仕事に没頭しているときは他のことを考えなくて済むからだ。

 だけど、ふとした瞬間に天城君の事を考えてしまうも事実だった。


 ……天城君、今何してるんだろう。


 もう手とか繋いだり、キスとかその先のことまでしてるのかな……。

 鏡に映る自分を見つめると、化粧で仕上げられた顔がどこか虚しく見えてしまう。その瞬間、胸が締め付けられるような感覚に襲われた。

 もう一生、前みたいに気軽に話したり出来ないのかな。

 そう考えると涙があふれてきて、止まらなくなった。化粧が崩れるのも気にせず、大粒の涙が頬を伝う。

 楽屋で一人涙に暮れていると、ふいにドアがそっと開く音がした。


「奏ちゃん、……あれ泣いてる?」


 振り返ると、そこには天音ちゃんが立っていた。彼女はすぐに異変に気付いたのか心配そうに私を見つめ、静かに部屋に入ってきた。

 私は誤魔化すように涙をぬぐう。


「な、何でもないよ」


 天音ちゃんは躊躇することなく私の隣に座り、そっと肩を抱き寄せた。


「本当に? 別に泣いてもいいんだよ、全部出しちゃえば?」


 天音ちゃんの優しい言葉に、私は抑えていた感情が一気に溢れ出し、彼女の肩に顔を埋めて泣きじゃくった。

 すると、天音ちゃんはただ黙って私の背中を撫で続けた。その温かい手が徐々に私の心を落ち着かせてくれた。


「少しは落ち着いた? それで何があったの?」


 私は天音ちゃんからの質問に答えに困った。

 何故ならアイドルなのに失恋して泣いていた何て言えるわけもない。

 だから私は遠回しにこう言った。


「自分が欲しかったものが、もう一生手に入らないのかと思ったら悲しくなっちゃって」


 私の言葉に対して、天音ちゃんは何か考えたような素振りを見える。


「何か抽象的な話だね。よく分からないけど、諦めなきゃいいじゃん。私が知ってる白崎奏は欲しいものは全て手に入れてしまう、そんなスーパーなアイドルだと思ってたんだけど」

「私はそんな……」

「今は時期じゃないんじゃないかな。学生恋愛なんて続かないよ」


 天音ちゃんの言う通りかもしれない。学生の内に付き合ったカップルはその大半が破局してしまう。それは天城君だって例外ではない。

 そう考えると、少しだけ元気が出てきた。


「そ、そうだよね……あっ」


 私はそう返事をした途端、とんでもない事に気が付いた。

 それは天音ちゃんの言葉に賛同してしまったという事。それは即ち、失恋して泣いていた事を認めるのと同義だった。

 天音ちゃんの方を見ると、小悪魔めいた笑みを私に向けてきた。


「奏ちゃん、やっぱり失恋してたんだ~」


 は、嵌められた!

 一言も失恋したとは言っていないのに、カマを掛けられたのだ。


「……天音ちゃん、性格悪い」


 私がぼぞっと呟くと、天音ちゃんがショックを受けたような表情になる。


「やーん、奏ちゃん私の事嫌わないで~」

「暫く、天音ちゃんとは距離を置くね?」

「そんな冷たい事言わないでよ。私、この事誰にも言わないし~」


 そう言って、天音ちゃんが私に抱き着いてくる。

 この人、普段は清楚なお姉さんキャラなのに私の前だとたまにこうなるし、よく分からない……。


「相手のこと、見たこともないからアレだけど、奏ちゃんより素敵な女の子なんて居るはずないよ。だからさ、最悪その男の子の事、寝取っちゃえばいいじゃん」


 天音ちゃんが私の耳元でそう囁いた。

 私が考えもしなかった方法だ。

 確かに、それは盲点だったけれど、それは私の都合で天城君の為になるとは限らない。

 私にとっては天城君が幸せならそれでいい。

 だから、そこまでする気にはなれないというのが本音だった。




 ----。

 今日は新曲の収録の日だった。

 私がスタジオの建物を歩いていると、プロデューサーのミカさんに偶然出くわした。彼女はいつものように忙しそうにしてたけど、私を見つけると明るく声を掛けてくれた。


「奏ちゃん、久しぶり~」

「ミカさん、こんにちは」

「新曲、奏ちゃんがセンターだし、収録も気合い入れて頼むよ~」

「は、はい!」


 私がそう返事をすると、ミカさんはその場から去っていった。

 取り敢えず、私も収録ブースに行こうと身体を翻そうとした途端、こんな声が聞こえてきた。


「白崎さん」


 ただ名前を呼ばれただけなのに、私はとても動揺した。

 何故なら聞き覚えのある男の子の声だったからだ。

 聞き間違えるはずがない。

 だって好きな男の子の声だもん。

 私が振り返ると、そこには天城君が居た。


「天城君、どうしてここに……」

「丁度よかった、この建物広くて迷っちゃたんだけど。収録ブースって何処かな」

「えっと、あっち方だよ……じゃなくて! 何で天城君がここに居るの? この建物、部外者禁止なんだよ?」


 まさか天城君がアイドルのストーカーで関係者を装って、ここまで来てしまったのかもしれない。考えたくもないけど、可能性としてはある。

 この時の私は訳が分からなくて、そんな事を考えていた。

 天城君がここにいるという事実だけでも十分に驚きだったのに、彼の次の言葉にはさらに息を呑んだ。


「驚かせてごめん。実は次のルミスタのシングル曲を作ったのは僕なんだ」


 ……え?

 私は言葉を失い、ただ天城君を見つめ返すしかなかった。天城君が、まさかの作曲家としてこの場にいるなんて。

 そんな奇跡みたいなことってある?


「さすがに冗談だよね……?」

「冗談じゃないよ。本当は白崎さんには言おうと思ってたんだけど、前に白崎さんも僕に秘密でアイドルになったから、今度は僕が驚かせようと思って隠してたんだ。ちょっとは驚いてくれたかな?」

「う、うん。お、驚いたかな……」


 驚きを通り越して、ポカーンとしてるよ!

 天城君がルミスタの曲を手掛けているって何?

 新手のドッキリ企画?

 辺りを見渡したけれど、カメラらしきものは見つからない。

 そもそもこんなニッチなドッキリ企画を立てるはずがない。という事は天城君が言っていることは本当らしい。


「白崎さんの歌、楽しみにしてるね」


 天城君からそう言われた瞬間、また少し前までの感情が押し寄せてきた。


 やっぱり天城君が好き。


 ……にしてもこのタイミングで私の前に現れるなんて罪な男の子だ。

 そんな事を考えている内にとあることに気が付いた。

 それは私が初めてセンターを務める曲が、よりにもよって天城君によって作られたという事だ。

 私と天城君との間で運命を感じずにはいられなかった。

 やっぱり最終的には結ばれるそういう運命なのかもしれない。

 そんな脳内お花畑なことを考えていた。


 

 これは補足の話だけれど、ここ最近人気が出始めていたルミスタは、私がセンターを務めた曲を機に、大ブレイクを果たした。


—————————————————————————————————

奏ちゃんの過去編終了です!

……さてと、投稿が遅れた言い訳しますか……。

えー、お察しの通り今週は仕事が終わり散らかしてました!

それと、前半がシリアスなお話だったので、二話分の分量を一つに纏めた結果遅れました。

それと、先にお伝えするとこの物語は残り4話で一旦完結します!

というわけで最後までお付き合い頂けると嬉しいです!

何卒宜しくお願い致します~。 



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