第30話 国民的アイドルに看病をしてもらった
平日の朝。目覚ましが鳴り響く中、僕は体に違和感を覚えていた。布団の中で身を起こすものの、全身が鉛のように重く、いつもよりも汗を掻いている気がする。僕はしばらく天井を見つめた後、体温計を手に取った。
それから体温計を起動して待つこと数分、体温計がピーという音を立てて測定終了を告げる。ゆっくりと数字を確認すると、38度台を示していた。
まさかこんなに熱があるなんて……。
カーテン越しに朝のぼんやりとした光がまだ部屋を照らしている中、突然ドアがノックされる音がした。何度か小さなノックの後、部屋のドアがゆっくりと開き、妹が現れた。
「お兄様、朝ですけどまだ寝ているんですか?」
「ごめん、熱があったみたいだから今日は学校休むかも」
僕は先ほどに計測した体温計を妹に見せた。
「た、大変です! お兄様、私も看病のために学校を休みます!」
「そこまでしなくても大丈夫だよ」
「でも、お母様も今日はパートのお仕事があるから帰りは夕方になると思いますし……」
「平気だって、今日は家で安静にしてるから」
「わ、分かりました。でも何かあったら連絡くださいね。私、早退してでもお兄様の元へ駆けつけますから」
妹はそう言ってから部屋を出て行った。
最近、妹のブラコンが悪化しているような気がする……。
僕は一人になった部屋で物思いに耽る。
急に熱を出してしまった原因はなんだろうか?
恐らくだけれど、新曲作りに入れ込みすぎたせいに違いない。
ここ最近は睡眠時間を削って作業をしていたし、その影響がモロに出たっぽい。
病気で学校を休むのは久しぶり故に焦りもあるけど、身体を休める他ないと僕は諦めた。まだ朝早いけど、二度寝をすることに決め、布団を被り直した。
僕は暖かい布団の中で、ゆっくりと眠りについたのだった。
----。
「天城君……」
夕方、ぼんやりとした意識の中で僕はゆっくりと目を開こうとしていた。
誰かが名前を呼んだような気がして、手のひらに温もりを感じる。
目をこすりながら視界をクリアにしようとすると、人影があることが分かった。
一体誰だろうか?
そう思いながらハッキリと目を開けると、そこには思いもよらぬ人物の姿があった。
「し、白崎さん?」
「あっ、起きたんだ」
「何でここに……」
「お見舞いに来たんだよ。先生に天城君の家の場所訊いてさ」
「そうなんだ……本当にびっくりしたよ」
「何かドッキリみたいになってごめんね? それより天城君、ちゃんと寝てる? もしかしたら最近、忙しかったりするの?」
白崎さんがそう尋ねてきた。
まさか僕が忙しかったのが原因で体調を崩したのを言い当てられるとは思っていなかった。
「最近、曲作りがちょっと忙しいかな」
「そっか、でも無理しちゃだめだよ」
「うん、分かってる。でも僕より白崎さんの方が大変だろうし」
「私? 私は別に全然だよ?」
何ともない表情で白崎さんは答える。
とはいえ、現役のトップアイドルだ。
忙しくない訳がない。
「白崎さんは凄いよ。学校とも両立してるし」
「私の場合、結構学校休んじゃってるけどね」
「トップアイドルの人だと、学校との両立は難しいから辞める人もいるみたいだけど、白崎さんはどうして両立にこだわるの?」
僕がそう訊いてみると、白崎さんが考え込んだような素振りを見せてからこう答える。
「それは……、少しでも天城君の一緒にいたいからだよ。ほら、学校がなかったら接点がお仕事ぐらいしか無いでしょ?」
「え?」
白崎さんがとんでもないないことを言い出した。
学校を行く理由がそんな事ってあり得るだろうか?
僕がそんな疑問を浮かべていると、彼女が微笑する。
「なーんて冗談だよ。普通にお母さんがアイドルをやるなら高校ぐらい出とけ~。って言うからさ。アイドル続けるために、学校に行ってる感じだよ」
「そ、そうなんだ……」
流石に作り話だった。
いつもの僕ならすぐに気付くはずだけど、熱のせいか思考力が落ちているのかもしれない。
でも白崎さんの言う通り、学校を辞めていたら僕と話したりする時間もかなり減っていたに違いない。今日だって、僕が熱を出したのを知ることもなかっただろうし、こうしてお見舞いに来てくれることもなかったはずだ。
そんな事を考えていると、白崎さんがこんな事を訊いてきた。
「ねぇ天城君、お腹すいてない?」
「うん、少しだけ……」
実はずっと寝ていたので朝、昼と何も食べていない。
熱があったせいで食欲は抑えられているけど、流石にちょっと空腹を感じる。
「良かった。実は妹の奈々ちゃんと一緒にお粥を作ったんだ。せっかくだし、私が食べさせてあげるよ」
「い、いいの?」
現役トップアイドルにご飯を食べさせてもらえるなんて……。
こんな機会は二度とないかもしれない。
幾ら病人だからといって、役得過ぎる気がする。
「うん、これぐらいさせてよ。はい、あ~ん」
白崎さんがお粥を蓮華でお粥をすくって、僕の口元へと近づけてきた。
最初は少し戸惑ったが、彼女の明るい表情を見て、恥ずかしさを感じながらも口を開けた。蓮華が口に入ると、白崎さんが丁寧に蓮華を傾けてお粥を口の中に落とした。
「お、美味しい……」
僕がそう答えると、白崎さんは嬉しそうに微笑んだ。
それからというものの流石に食べさせてもらうのは僕の心臓が持たなかったので、途中からは自分で食べた。白崎さんは不満ありげだったけれど、これは仕方ないことだ……。
無事に完食をして、僕は改めてお礼を言う。
「ありがとう白崎さん。いつかこの恩は返すね」
「……じゃあ、私が熱を出したら今度は天城君が私を看病してくれる?」
「う、うん……。確約はできないけど」
「そっか。じゃあ楽しみにしとくね」
熱を出すのが楽しみなんて、何か変な感じだな……。
そんなどうでもいいことを考えつつも、僕を看病してくれた後、白崎さんが部屋の電気を暗くしてくれる。僕は彼女の気遣いに感謝しながら、再びベッドに横たわった。
「じゃあ天城君、ゆっくり休んでね」
そう小さな声で白崎さんは言い、部屋を静かに出ていく音がした。
一人残された部屋の中で、僕は目を閉じる。心地よいぬくもりが全身を包み込み、少しずつ眠気が襲ってきた。
----。
夜になって、僕は身体が少し楽になった感じがして、ゆっくりとベッドから起き上がった。
スッキリした……。もう、治ったかも。
そう思いながら、体温計を使うとやっぱり熱は平熱に戻っていた。
僕は自室を出て、リビングに向かうと、そこには母と妹がそこにいた。
最初に妹が僕の存在に気付いて、心配そうに声を掛けてくる。
「お兄様、もう熱は大丈夫なのですか?」
「うん、一日寝てたら治ったみたい」
僕がそう答えると、今度は母親がキッチンから顔を出して、こう尋ねてくる。
「食欲は戻った? もしそうなら、夜ご飯を用意するけど」
「食べられるかな。ありがとう、お母さん」
僕が返事をすると、母はにっこりと笑って再びキッチンへ戻っていった。
「そういえば、白崎さんとお粥作ったって本当なの?」
僕は妹に訊いてみる。
記憶が正しければ、白崎さんがそんな事を言っていた気がする。
そもそも勝手にキッチンで料理したりしないだろうし、認識はあっているはず。
「はい、まさか奏ちゃんがお家に来るなんて夢のようでした!」
キラキラと目を輝かせながら妹が言う。
まぁ、そりゃあ驚くよね普通は。
「一緒にお粥を作りながら色々とお喋りして仲良くなりました。今度一緒にお出掛けするかもです」
「そ、そうなんだ。距離を縮めるのが早いね」
「はい。奏ちゃん、とってもいい人でした! それはそうとお兄様に私から一つ、提案をしても良いですか?」
「う、うん……」
僕が頷くと、妹が満を持してこう言った。
「お兄様、新しい彼女には奏ちゃんを推薦します!」
「何で!?」
「そんなの決まっています。奏お姉ちゃんと呼びたいからです!」
「それ、前にも同じようなことを聞いた気がするよ!」
妹ってばミーハー過ぎる……。
とはいえ、以前のこともあって女の見る目が厳しくなっている妹の審査を潜り抜けたのは流石、白崎さんである。
まぁ、恋愛は当の本人がその気にならなければ意味がない。
その点、実際僕はどうなのだろうか?
少なからず白崎さんの好意は感じている。
僕がそれとなく躱している理由はやっぱり、千春の事が影響しているに違いない。
それと、白崎さんとは今の距離感が心地良いというのもある。
友達以上、恋人未満。仮の恋人……。
この関係はいつまで続くのだろうか?
そもそも続けていいものだろうか?
その答えを、そろそろ出さないといけない気がする。
僕はそんな事を考えていた。
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