第27話 国民的アイドルが酔って大変なことに……

「天城君って妹さんに随分と懐かれてるんだね」

「そうですかね……」

「にしてもお兄様呼びはびっくりしたけど……。天城君って意外とそういう趣味持ってるの?」


 天音がそう訊いてきた。白崎さんも驚いたように興味津々の顔でこちらを見ている。


「いや、違いますけど……。妹が勝手に呼んでるだけで……」


 何の影響を受けたのか分からないけど、いつの間にかお兄様呼びになっていた。


「そういえば、僕ってこの後泊まるんですかね……」

「うん、まだ大雨だし泊まっていきなよ。奏ちゃんも泊まるらしいし」


 やっぱりそういう流れか……。

 白崎さんの方を見ると、指でグッジョブを僕にしてきた。

 そんな訳で僕は一日だけ、天音さんの家に泊まることになった。



 ----。

「ふぅ、美味しかった~。良いお肉食べさせてもらったし、後片付けは私と天城君でやるね」


 すき焼きを堪能した後、白崎さんが天音さんにそう声を掛ける。

 だけど、天音さんの反応は鈍かった。


「天音ちゃん?」

「うん、大丈夫らよ?」

「何か天音ちゃんのしゃべり方が変だよ。天城君!」


 異変に気付いた白崎さんが僕にそう尋ねてくる。

 天音さんはその場でウトウトしながら、ほんのりと頬を赤く染めていた。


「多分だけど、お酒を飲んだからじゃないかな」


 テーブルには「ほろり酔い」と書かれた小さな缶が置いてあった。


「天音ちゃんいつの間に……。あれ、ていうか未成年飲酒なんじゃあ」

「一応、2週間前に二十歳になってたと思う」

「そ、そうだったね……。でも、そんなに強いお酒を飲んでたのかな」


 白崎さんが興味津々そうに空になった缶を眺める。


「3%って書かれてるけど……」

「僕もあんまり詳しくないけど、そんなに強いお酒じゃないと思うよ」

「そっか。まさか天音ちゃんにお酒が弱いなんて弱点があったとはね」


 完璧なアイドルと言われている天音さんにも苦手なものはあるらしい。

 僕がそう思っていると、彼女が酔った顔で僕を見上げて、甘えたように小さな声で言った。


「天城くぅん」

「は、はい……」


 天音さんは相変わらずも呂律が回っていないようだった。


「私の悩み、聞いてくれない?」

「悩み、ですか?」


 天音さんの甘えたような表情には、普段見せない脆さが垣間見える。

 一体どんな悩みを抱えているのだろうか? 

 僕が疑問に思っていると、彼女が語りだした。


「私、皆から何でも出来るって思われてるけど、コンプレックスがあるの」

「天音さんがですか?」

「うん、私今までに恋人が出来た事がないのがコンプレックスなんだ」

「え?」


 そういえば今日、映画館に行った時も同じようなことを言っていたような気がする。

 あの時は冗談だと思っていたけれど、かなり気にしているらしい。


「ここ最近は特に恋愛したいって思っててさ。天城君、結構私のタイプだし、付き合わない?」


 聞き間違えだろうか。

 天音さんがとんでもない事を口走り始めた。


「何言ってるんですか、冗談ですよね?」

「冗談じゃらいよ?」


 やっぱりお酒に酔っているだけだった。

 明らかに呂律が回っていない。

 僕がそう結論付けると、酔いの余勢を借りて天音さんが僕に抱きついてきた。

 彼女の体が僕に密着し、特に胸が当たった瞬間、僕は思わず動揺してしまった。彼女の体温と柔らかさが直接伝わってくる感触に、心臓が跳ねるのを感じる。

 幾ら何でもスキンシップが過ぎる……。


「ちょ、身体近いんですけど」

「ねぇ~え。あーまーぎーくーん。私と付き合って~」


 状況は更に悪化していた。

 僕は焦りつつも、彼女をそっと押しやろうとしたけど、酔っ払った天音は驚くほどの力でしがみついてくる。彼女の酔っ払いの力は、なぜか異常に強くて、全く動じない。

 彼女の手が僕の背中に回り、固く抱きしめられる中で、僕は近くにいた白崎さんに助けを求めた。


「天音さんが酔って大変なことになってる!」

「う、うん! 今助けるね!」


 白崎さんはそう言いながら天音さんの傍に駆け寄って、腕を掴んだ。


「天音ちゃん、天城君から離れて~!」

「やーだ、離れたくない~」


 白崎さんが天音さんの腕を引き剥がそうと奮闘する。だけれど、天音さんはぬいぐるみを抱きしめる子供のように言って離れない。

 一体何が起きてるんだ……。

 僕はもう困惑するしかなかった。



 ----。

 酔っ払い事件が終わって気付けば、僕は柔らかいベッドの上に横たわっていた。

 目を開けると、奥には寝ている天音さんが、そして隣には白崎さんがいた。

 部屋は静かで、真っ暗だ。

 まさか、三人で同じベッドに寝るとは思ってもみなかった。


「天城君、大丈夫? さっきは災難だったけど」


 白崎さんがそっと僕に声をかけてきた。

 彼女の声を聞くと、何となく安心した気持ちになる。


「うん、平気だよ。さっきはありがとう……」

「天音ちゃんの事なら安心して? 天城君に触れないように私がガードしているから」

「う、うん」


 ベッドの配置は上から見て左が天音さんで真ん中が白崎さん、右が僕だった。

 だからよっぽどの事がない限り、さっきみたいな状況にはならないはずだ。

 それにもう天音さんは完全に寝てしまっている。

 正直言って、そこまで警戒する必要もない気がするけど……。


「それより天城君。さっき天音ちゃんに付き合ってほしいって言われてたけど、どうするの?」


 白崎さんが先ほどの話題を掘り返してくる。

 天音さんが酔っていたとはいえ、僕と付き合いたいと言っていた。

 あれは流石に口が滑ったというか本心ではないと思う。

 僕と天音さんは付き合いもかなり浅い。


「流石に付き合ったりしないよ。天音さんも告白した記憶があるかも怪しいし」

「そっか、……じゃあ私もう疲れたから寝るね。おやすみ」


 白崎さんがそう言うので、僕も目をつむることにした。

 やがて数分が経ち、僕は寝返って心地よい眠りにつこうとした。

 その時だった。白崎さんがそっと身を寄せてきた。

 彼女の動きは静かで、彼女はまるで僕が抱き枕でもあるかのように、僕の腕を抱え込んで身を預けてきたのだ。


「白崎さん?」


 と僕は白崎さんに声をかけてみたけど、返事はない。

 耳を澄ませると、彼女の穏やかな寝息が聞こえてきた。

 どうやら、彼女はすでに眠りについているらしい。

 起こすわけにもいかないし、どうしよう……。

 僕は背中の温かさと、予期せぬ距離の近さに、心臓が悲鳴を上げる。

 今日はこんなことばかりな気がする。

 とはいえ、白崎さんがこんなにも無防備で、僕に絡んでくれるのは少しだけ嬉しい。

 僕はと白崎さんの距離が、以前よりもかなり近くなっている。

 そんなことを思いながらも、僕は何とかして眠りにつくことに決めた。


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デート&お泊まり編終了!

次回は久々に先輩が登場します~

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