第26話 国民的アイドルの家に泊まることになった件

 風呂から上がり、リラックスした後に僕たちは、天音さんが提案したすき焼きを食べることになった。風呂上がりの僕は一時的に天音さんが普段着ているTシャツを借りることになり、少し落ち着かなかった。

 ダイニングテーブルには大きな鍋が置かれ、その傍らには高級そうなお肉が並んでおり、食べる準備が整っている。


「今日はお姉さんのおごりだよ。沢山食べたまえ」


 天音さんがそうに言いながら、豪華な肉を鍋に投入した。

上質な牛肉が鍋の中でじっと煮え始めると、部屋中に甘い香りが広がった。


「ありがとうございます。頂きます」


 僕はお礼を言いながらその一口食べると、その味にただただ感動した。

 美味しすぎる……。

 肉はとろけるようで、口の中で完璧に調和していた。


「何コレ、美味し~!!」


 一方で白崎さんは目を輝かせながら美味しそうにすき焼きを食べていた。

 彼女は肉を箸でつまみ、さっと生卵にくぐらせてから口に運ぶその一連の動作が、なんとも慣れている。

 というか、単純に食べるスピードが速い……。


「そういえば天音ちゃんって普段料理とかするの?」


 白崎さんが純粋な質問を投げかける。


「時間がある時はするかな~。本当は今日も作りたかったんだけど、二人を待たせるのもあれかなって思って」


 料理もこなすとは流石は天音さんだ……。

 アイドルのキャラとしても何でも出来る感じだけれど、それに偽りはないようだ。


「天音さんの手料理食べてみたかったです」


 未来の旦那さんは毎日食べられるわけだし、幸せ者だなとふと思った。


「その感じ、天城君は家庭的な女の子がタイプなの?」

「あんまり考えたこと無いですけど、そうかもしれないです」

「ふーん。じゃあ奏ちゃんももっと頑張らないとね」


 天音さんが白崎さんに向かってからかうように言った。

 その言葉に彼女は少し動揺しながら反応する。


「言ってる意味が分からないんだけど……」

「だってほら、ルミスタの番組でたまに料理するけど、奏ちゃんは料理下手キャラで通ってるじゃん」


 ルミナススターズは毎週メンバーが出演する看板番組がある。

 その番組内の企画の一つに、料理対決があったはずだ。


「あ、あれは番組が盛り上がると思ってあえてそういうキャラを演じてるだけだし……。本気出せば料理ぐらい余裕だよ?」

「本当に~? 素で出来ないと思ってたんだけど」


 図星を突かれて、言葉に詰まる白崎さんだったけど、直後にこう開き直った。


「仮にそうだとしても私,、まだ若いしポテンシャルはあるから!」

「わ、若っ……。うわ~ん。天城君、奏ちゃんが逆年齢マウント取ってくる~!」

「ちょっ……」


 現役女子高生に若いアピールされたのがショックだったのか、天音さんがふざけ半分に僕に泣きついてきた。

 僕も咄嗟の事だったので、反応出来なかった。

 そこで一つ、問題が生じた。

 むにっ……。

 突然、柔らかい感触が僕の腕に伝わった。彼女の体からのふとした接触で、思わず心臓が跳ねそうだった。

 これもしかして、ブラ付いてない?

 当の本人は何の問題もない素振りを見せる中、白崎さんと目が合った。

 白崎さんはぎこちなく笑ったが、その笑顔には明らかに何かがこびりついている。

 一見平静を装いながらも、瞳には複雑な感情が渦巻いているのが僕には分かる。

 これは不味い……。

 そう思いながらそれとなく天音さんを振りほどくと、僕のポケットにあったスマホが鳴った。


「あっ……」


 画面を見ると、表示されているのは妹の名前だった。急に胸がドキッとして、焦りがこみ上げてきた。


「どうしたの天城君、浮気バレした男の人みたいな顔して……」

「ち、違いますよ!」


 僕は取り敢えず、電話に応答することにした。


「はい、もしもし……」

「お兄様! ようやく繋がりました! メッセージ送っていたのに返事がないからとても心配していました」


 第一声、妹からそんな声が聞こえてくる。

 どうやらメッセージを送っていたみたいだけれど、僕も予定が急に変わったのもあって連絡するという所まで頭が回っていなかった。


「ごめん、しばらくスマホ見てなかった」

「そうなのですね……。所で、今は一体何処にいるんですか?」


 そう妹から訊かれた直後に、近くにいた天音さんがこう僕に尋ねてくる。


「天城君、誰からの電話なの?」

「い、妹です」


 僕がそう返事をすると、電話越しに先ほどよりも大きな声で妹が言う。


「今の声、女の人……。お兄様、新しい彼女が出来たんですね。私も祝福したいところですが、妹としてその人の審議をしたいので電話を替わってもらっても良いですか?」


 いつの間にか、話が飛躍していた。

 当然だけど、僕と天音さんはそういう関係じゃない。

 でも、妹からすれば休日の夜に異性といるのだから勘違いするのも無理はないのかもしれない。


「別に付き合ってるとか、そういうわけじゃないよ」


 僕は取り敢えず、誤解を解くことにした。


「そうなのですか? いずれにせよお兄様の周りにいる女性について見極める必要があるので、電話を替わってください」


 もしかしたら千春の件があったから僕の周りにる女性に対して、警戒しているのだろうか? どっちにせよ、ここで応じなかったら後で問い詰められそうだし、天音さんには悪いけど替わってもらうしかなさそうだ。


「あの天音さん、妹が話したいそうなんですけど……」

「私? まぁ、別にいいけど……」


 ちょっと困惑している様子だったけど、天音さんは了承してくれた。


「もしもし、天城君の妹さん? 電話替わりました。天音です」

「お兄様がいつもお世話になってます。妹の奈々です。あの、お兄様とはどういう関係なんですか?」


 会話の内容が気になる……。僕は天音さんのほうを見ながら心配だった。

 妹が変なことを言わないか。逆もしかりである。

 一方で白崎さんは相変わらず、美味しそうにすき焼きを食べていた。


「天城君とは、お仕事で関わったりするかな」

「仕事……。あれ、もしかしてですけど天音さんってあのルミスタの桜羽天音さんですか」

「うん、そうだよ」

「そうだったのですね! 失礼致しました。お兄様がどこぞの知らない女性にたぶらかされているのかと……、天音さんなら安心です!」

「奈々ちゃん、心配かけてごめんね。ちょっと大雨で濡れたから私の家に来てもらってるだけなんだ。明日の朝から私もお仕事あるからそれぐらいにはお家に帰れると思う」


「とんでもないです。……所で、お兄様と二人きりなんですか?」

「うんうん違うよ。まさか二人でいたらそれこそ大スキャンダルだよ。今は奏ちゃんも居るから」

「白崎奏ちゃんも居るんですか? お兄様が羨ましいです……」

「今度、奈々ちゃんも家に来てよ。天城君と一緒に」

「良いんですか? 是非遊びに行きたいです!」


 どうやら天音さんと妹は会話に盛り上がっているようだった。

 取り敢えず、誤解は解けていそうだったので僕は天音さんに声を掛けた。


「あの、天音さん大丈夫ですか?」

「うん、じゃあ奈々ちゃん。お兄様に電話替わるね」


 僕は天音さんからスマホを受け取った。


「もしも……」


 僕がそう言っている途中で、妹が声を被せてきた。


「お兄様! 新しい彼女さんは天音ちゃんが良いと思います! 私、天音お姉ちゃんって呼びたいです!」

「な、何の話……?」


 よく分からないけど、妹からして天音さんが彼女になるのは大歓迎らしい。

 まぁ、僕とは釣り合わないし好きになってもらうなんて絶対に無いだろうけれど……。


「ごめんなさい。取り乱してしまいました。お兄様、今日は泊まられるようなので、朝は気を付けて帰ってくださいね」

「う、うん……」


 僕がそう答えると、電話は切れた。

 同時に何だか変な違和感に襲われた。

 あれ、何かがおかしい……。

 あれ、僕ってこの後、天音さんの家に泊まるの?

 訊いてないんだけど……。


————————————

次の回でお泊まり編は最終回です。

そして、この後は間男のターンが回ってきます!

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