第25話 国民的アイドルの家に誘われた件
雨に打たれながらも僕達が乗っていたタクシーは高層マンションの前に到着した。タクシーから降りて建物のロビーに入ると、厳重なセキュリティになっているのか受付の人が居た。天音さんは何事もなかったかのように振る舞っているけれど、僕は彼女の生活がかなりの厳重なセキュリティに守られていることに驚いていた。
流石は現役のトップアイドル……。
エレベーターを降りてフロアを歩いた後、天音さんにようやく足を踏み入れると、家の内部へと案内してくれた。
「うわ、すごい広い」
それが僕の率直な感想だった。
広いリビングには大きな窓があり、通常ならば市内の景色が一望できる。今日は雨でほとんど何も見えないけど、普段は絶景だろう。大きなソファはグレーの色合いで、快適そうに見えるだ。
更には大理石のキッチンの一角にはコーヒーマシンが置かれている。天音さん、コーヒーとか飲むんだ。イメージ通り大人びていると僕は思った。
「天音ちゃんって一人暮らしの大学生だよね。随分と良いところに住んでるんだね」
「一応自分で家賃は出してるからね。住む場所も生活も自由だよ」
どうやら金銭的にもかなり稼いでいるらしい。
トップアイドルになるのも夢がある……。
「少し濡れちゃったし、お風呂入ろう。奏ちゃん」
「うん、風邪引いちゃうしね」
天音さんと白崎さんがそんな会話をする。
「ごめんね天城君、後でお風呂使ってもいいから先に入るね」
家主は天音さんな訳だし、先にお風呂に入るのには異論はない。
僕が頷くと、二人はリビングからバスルームの方へ行ってしまった。
「何なら天城君も一緒に入っちゃう?」
遠くから天音さんの声が聞こえてくる。
「は、入らないですよ!」
僕は反射的にそう答えた。
冗談で言ったのだろうけど、こっちとしては心臓に悪い。
家に来ただけで緊張しているというのに……。
奏side----。
私はバスルームに天音ちゃんと二人でいた。
同性だけれど、何か変な緊張感がある。
私がそんなことを考えていると、天音ちゃんが何の躊躇もなく服を脱ぎ始めた。
彼女のその自然体で率直な態度に、私は内心驚きを隠せなかった。
天音ちゃんってそういう所あるんだよなぁ……。
私も仕方なく、平然を装いながら服を脱ぐ。すると、天音ちゃんがコッチを見ながらこんな事を言い始める。
「奏ちゃん、結構成長したよね。色々と」
何か天音ちゃんが変質者みたいなことを言い始めた。
視線のいやらしさといい、違う相手だったら多分頭をひっぱ叩いていたと思う。
「加入したときはあんなに可愛いサイズだったのに」
「天音ちゃんには言われたくないかな」
私も相当に大きいほうだけど、天音ちゃんも同じくらいはあるはずだ。
多分、EからFぐらい……。
そんなどうでもいいことを考えながら私はバスルームに入った。
内部には大きな浴槽があったので、私たちは向かい合う形でゆっくりとその温かいお湯に体を沈めていった。湯気が空気をふんわりと包み込み、心地が良い。
「ふぅ……。気持ちいい。誰かとお風呂に入るって新鮮かも。私にも妹がいたらこんな感じだったのかな」
天音ちゃんが独り言をつぶやく。
確か天音ちゃんには兄妹が居なかったはずだ。
私は妹がいるので、新鮮さという意味では薄いかもしれない。
でも他人と入るのは初めてだ。
だからさっき緊張してたのかも。
「ねぇ、奏ちゃん」
「何?」
名前を呼ばれたので訊き返すと、
「奏ちゃんって天城君の事、好きなの?」
「……ふぇ?」
予想外の質問が飛んできて素っ頓狂な声が出てしまった。
「急に何の話?」
「普通に疑問に思ったからだけだよ。今日一日見て、そうなのかな~って」
「別にそんな事ないけど。天音ちゃんの勘違いだよ」
実際に当たっているけれど、認めるわけにはいかない。
一応アイドルだし、表立って禁止されているわけではないけれど、恋愛は暗黙の了解で制限されている身だ。
「ふーん、そっか。凄く前に奏ちゃんが大泣きしてた時があったから。あれってもしかして天城君絡みの失恋とかそういうのと関係してると思ってたんだけど」
「よくそんな前の事覚えてるね……。とにかく天城君はそんなんじゃないし、仲の良い友達だから」
私が否定すると、天音ちゃんが浴槽から立ち上がった。
「そっか、じゃあ遠慮はいらないかな」
え?
意味深な言葉を言った天音ちゃんに私は驚いた。
いや、まさか天音ちゃんが天城君の事気に入っているわけじゃないよね。
そんなの絶対にありえない……。
もし、本当だったら強敵過ぎる。
私も本気で天城君を攻略しないといけなくなる。
これは吞気にしていられないと危機感を持った私だった。
----。
天音さんと白崎さんが風呂から上がった後、二人と入れ替わるように僕は一人で浴室に向かった。ドアを閉めて、脱衣所で服を脱ぎながら、どうしても良からぬ考えが頭で浮かんだ。先ほどまでこの空間には、服を脱いだ二人がいたのだ。
その事実だけで、何とも言えない奇妙な感覚がある。
早速浴室に入り、浴槽の前に立つと、彼女たちが使っていたであろうお湯がまだ温かいことに気づいた。湯気が静かに立ちのぼり、浴室全体にほんのりと温かさが広がっていた。
僕はそっと手を水面に浸し、その感触にどきりとした。
「何を考えてるんだ……僕は」
と自分に言い聞かせながら、ゆっくりと浴槽に体を沈めた。
お湯が体を包み込む感覚は心地良かったけれど、先程までここに彼女たちがいたという思いが僕を緊張させた。
「ふぅ~……」
しばらくの間、僕は目を閉じて深呼吸を繰り返した。自分の心を落ち着かせようと試みながら、この不思議な感情を整理する。
いや、僕は本当に何をしているんだ。
ミカさんのおかげでアイドルの近くに居られるようになったけれど、流石にこれは越権行為な気がする。とはいえ、このドキドキ感は僕にインスピレーションをもたらしているのも事実だった。今僕の脳内では次々と新曲のアイディアが浮かんでいた。今のうちに忘れないように脳内にメロディーを記憶しておかないと……。
ひょんなことからルミナススタ―ズのメンバーと関わるようになったけれど、曲作りという意味では効果があるようで驚きだ。
僕は二度とないであろうシチュエーションで次のルミスタの曲を脳内で作成するのだった。
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