第24話 国民的アイドル2人と修羅場!?デート編②

 映画鑑賞後、僕たちは人通りの多い街中を歩いていた。次の目的地に向かっている最中、天音さんが突然こんな事を言い出した。


「何か暑いし、マスク外しちゃおうかな!」


 天音さんはわざとマスクをちょっと引っ張って見せる。


「ちょ、駄目ですよ。ここでマスク外したら、ものすごい騒ぎになりますから!」


 ここで天音さんがマスクを外せば、すぐに誰かに認識されてしまう可能性が高い。  彼女は芸能人としての顔が広く知れ渡っているから、一瞬で周りが騒ぎになるに違いない。

 慌てて僕が止めると、天音さんがクスクスと笑みを浮かべた。


「冗談だよ、天城君。こんなに人がいるところで本当に外すわけないじゃん」


 と楽しげに答えた。

 何だ、冗談か……。

 天音さん、意外とこういうやんちゃな事言うんだ。

 ちょっと今までは想像出来なかったけど、新たな一面が知れて嬉しくもある。


「そういえば次って何処に向かっているんでしたっけ?」

「私の行きつけのブランドショップだよ」


 僕が訊くと、天音さんがそう答えてくれた。

 どうやらこの辺りに彼女がよく通っているお店があるらしい。

 暫く歩いた先で、彼女が案内する街中のブランドショップは、活気あるショッピングストリートの一角にあった。

 店の前にはそのブランドのロゴが掲げられていて、窓ガラスにはセンスの良いアイテムがディスプレイされている。

 天音さんの後に続くように店内に入ると、そこにはドレス、ジャケット、アクセサリーなども含めて、カジュアルからフォーマルまで、様々なスタイルの服が整理されて並んでいた。

 僕が店内の雰囲気に圧倒されながら商品を眺めていると、天音さんが何かに気づいたような素振りを見せる。

 横から近づいてくる若い女性店員が、明らかに彼女の知り合いのようだった。


「天音ちゃん、久しぶり!」


 店員さんが元気よく声をかけてくる。彼女はブランドのロゴ入りのユニフォームを着ていて、名札には「マイ」と書かれていた。


「マイちゃん、本当に久しぶり! 元気だった?」


 天音さんも笑顔で応えながら自然に会話が始まった。

 僕は店員さんに声を掛けられただけでドギマギしてしまうので、仲良くしている彼女を見て素直に凄いなと思った。


「今日は新しいコレクションを見に来たの?」

「うん、そんな感じ」

「じゃあ、いくつかおすすめの新作を見せるね!」


 マイさんはそう言いながら店内の特定の場所に案内してくれた。

 僕と白崎さんもそれに付いて行くと、彼女が後ろを振り返り興奮気味にこう言った。


「もしかして、白崎奏ちゃんですか?」

「はい……、そうですけど」


 突然声を掛けられたことに驚いたのか、白崎さんの声は小さく、テンションが低いようにも聞こえた。


「いつもテレビで見ています! あの、もしよろしければ、天音ちゃんと一緒に新しいコレクションについてご案内しましょうか?」

「いえ、私は天音ちゃんの付き添いで来ただけなので……」


 その反応を聞いて、店員さんは驚いたような表情を浮かべた。

 もしかしたら普段の白崎奏というアイドルのイメージとはギャップがあったからかもしれない。

 僕が知っている白崎さんといえば、プライベートは内向的で、新しい人と話すのが苦手だ。

 どうやらそれは今も変わっていないらしい。

 僕がそんなことを考えていると、彼女達のやり取りを眺めていた天音さんが冗談めいた口調でこんな事を言い出した。


「ごめんね、実は奏ちゃんって人見知りなの。カメラが回っているときは無理して笑顔振りまいてるみたい」

「言い方に語弊があるよ。というか、そんな事ないもん。洋服とかは一人でじっくりと眺めたい主義なだけだし……」

「え~。本当に~?」


 そんな二人のやり取りを見て、僕は仲の良い姉妹だと思った。

 白崎さんは心を開いた相手には結構対応が粗雑になる傾向がある。

 いい意味で天音さんには適当な物言いをしている時が多い。

 暫く店内で洋服を見繕っていると、天音さんが僕に対して、こんな提案をしてきた。


「天城君、今からいろいろ試着するから、どれが良いか教えてほしいな」


 天音さんはこれから試着するであろう服を腕に抱えて、期待に満ちた表情で僕を見る。


「え、僕がですか?」


 僕はその頼まれた役割に、内心でかなり動揺していた。

 天音さんの服を選ぶというのは、予想外のプレッシャーだった。

 もしかしたら番組内でも着るかもしれないし……。

 とはいえ、僕が今日誘われたのは、洋服を選んでほしいという名目があったからだ。

 そんな訳で、僕は戸惑いながらもそれに応じる事にした。

 僕が頷くと、天音さんは早速試着室へと向かった。僕は彼女が試着室から出てくるのを待つ間、どういう基準で服を評価すればいいのか、必死で考えた。

 自分のファッションセンスには自信がない。

 そもそも自分が着ている服だって、いつも同じようなシンプルさが売りの無地のものばかりだ。

 そう考えている内にしばらくして、天音さんが最初の服を着て出てきた。シンプルなデザインの白いワンピースで、彼女の明るい性格とよく合っているように見えた。


「これ、どうかな?」


 天音さんがポーズをとりながら尋ねてくる。


「うん、凄く似合っていると思います」


 僕は素直に感想を述べた。天音はそれを聞いて明るく笑い、「よかった!」と次の服に着替えるために試着室に戻った。

 僕が一息ついていると、近くにいた白崎さんが突然こう言った。


「私も着替えるから、天城君選んでね」


 そう言い残して、白崎さんが試着室の方に消えていった。

 まさか、白崎さんまで僕に判断をゆだねるなんて……。

 それから暫く試着室の外で待っている間、僕は無意識に天音と奏が中で着替えている光景を想像してしまった。その瞬間、彼女たちが下着姿になっている場面が頭をよぎり、思わず顔が赤くなった。


「何を考えてるんだ、僕は……」


 と自分自身を𠮟りつつ、すぐにその考えを振り払った。彼女たちは清純なアイドル で、こんな場面を想像するなんて間違っている。

 僕は深呼吸をして、心を落ち着かせようとした。

 しばらく待っていると、試着室のカーテンがサッと開いて、天音さんが新しい服を着て現れた。


「どうかな?」


 天音さんが次に選んだのは、肩が大胆に露出されたオフショルダートップと、それに合わせた淡い水色のジーンズだった。

 肩のラインがくっきり見えて、ジーンズもフィットしている。


「凄く似合っています」


 僕がそう答えると、今度は隣の試着室のカーテンが軽く揺れて、白崎さんが新しい服を着て出てきた。

 僕はその服装を見て、一瞬言葉を失った。

 何故なら彼女が選んだのは、鮮やかなピンク色のフリルが豊富に付いているトップと、その対照的な黒のミニスカートを組み合わせた俗に言う地雷系ファッションだったからだ。

 まさか白崎さんがこんな変化球を投げてくるなんて……。

 真っ白で清楚なイメージだったけど、ヤンデレ的な要素も持ち合わせているのだとしたら、アリなのかもしれない。

 どちらにせよ、こういうガーリーな服装も白崎さんなら似合っていると言わざるを得ない。


「どう……かな?」


 少しばかり緊張した小さな声で白崎さんが訊いてくる。


「凄く、可愛いと思う」


 僕がそう答えると、隣の試着室に居た天音さんが笑みを浮かべながらこんな質問をしてくる。


「じゃあ天城君は私の服装と奏ちゃんの服装、どっちが好み?」

「え、どっちがですか?」


 僕は答えに困った。

 僕は言葉を濁しながら答えを探す。

 どちらか一方を選ぶとは、一方を選ばないということだ。

 ある意味では修羅場かもしれない……。

 もしかしたら一方を傷つけてしまうかもしれないという思いが頭をよぎる。


「単純にデートに行くならどっちが好みかって訊いてるだけだよ」

「それは……」


 答えを考えながら、僕がチラリと白崎さんの方を見ると目が合った。

 彼女がじとーと僕を見つめ返してきて、変なプレッシャーを感じる。

 これは意外と、重要な選択肢な気がしてきた。

 そう思いながらも僕は忖度なしで答えを選んだ。


「えっと、僕の好みで言うなら白崎さんかな」


 僕が白崎さんの服装を選んだ瞬間、彼女の顔が瞬時に明るくなった。

その変化は周囲にも明らかで、彼女がどれだけ嬉しく感じているかが手に取るようにわかった。

 喜びオーラが凄い……。

 天音さんもその様子に気づいたのかがクスッと笑う。


「奏ちゃん、凄く嬉しそう。良かったね」

「別に嬉しくないもん……。安心しただけ」


 白崎さんは視線を逸らしながら急いで否定した。

 だけど、その後の彼女の行動が、内心を如実に表していた。

 直後に店員のマイさんに「この服、買います」と声を掛けていたのだ。

 そんな様子を見て、天音さんが耳打ちしてくる。


「君って奏ちゃんに相当気に入られてるみたいだね」

「ど、どうなんですかね……」


 僕ははぐらかすように答えた。

 実際に僕も少なからず好意は感じている。

 とはいえ、それを本当に真に受けていいのか分からなかった。

 もしかしたら以前の恋愛が尾を引いている可能性があるのかもしれない。

 ふと、そんなことを思った。



 ————。


「ごめんね天城君、買い物しすぎて荷物持ちさせちゃって」

「いえ、僕も楽しかったですし」


 ブランドショップを後にした僕達はその後も色々な店を回り、買い物をした。特に天音さんの購入した量は凄くて両手に袋が一杯になっていた。


「あれ、雨が降ってるかも」


 何かに気づいたように白崎さんがそう呟いた。

 どうやらそれは気のせいではなかったらしく、数分も経たない内に空が急速に暗くなり、突然の大雨が降り始めた。僕たちは慌てて最寄りの建物の軒下に駆け込んだけど、雨は止む気配を全く見せず、むしろ強くなる一方だった。


「まいったな~。今日こんな天気悪かったんだ」

「こんなに降ってたら、しばらく止みそうにないね……」


 白崎さんは肩を落としながら言った。僕も空を見上げながらどうしようかと考えていると、天音さんがぱっと顔を明るくしてこんな提案をした。


「じゃあ私の家来る? 実は家がこの近くなんだよね」


 どうやら天音さんの家が近いらしい。

 とはいえ、当然僕が行くわけにもいかない。


「白崎さん行って来たら。僕は帰るから」


 僕がそう言うと、予想外の返答が返ってきた。


「ヤダ。天城君が来ないなら行かない」

「え?」

「そうだよ天城君、私が誘ったのは奏ちゃんだけじゃなくて君もなんだけど。それに荷物も沢山あるし、ここで帰られるのは困るなぁ」


 え、えええぇ……。

 僕が天音さんの家に誘われた。

 これ、本当に夢じゃないよね……。

 僕がどうしようかと考えている内に、天音さんはタクシーを呼んでいて、気付けば僕も車内に乗せられていた。

 どうやら暫くは自分の家に帰れない事を覚悟した僕だった。

 

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