第21話 元カノの独白とデートの予感

 千春side----。


 放課後の学校は、いつもと変わらない賑やかさで、生徒たちが教室を出て行く音が廊下に響いている。だけど、それに反するように私の周りには誰も居ない。以前までは友達と一緒に下校していたけれど、私は誰とも目を合わせられず、ただ早くここから離れたかった。

 私はクラスの友達を失っていた。

 一体どうしてこんな事になってしまったのか。

 以前に宗太に対して取った態度が、友達たちにどう映ったのか。

 あの日から友達の反応は明らかに変わってしまった。

 昼休みも、いつも一緒に食べていた友達から「ちょっと用事があるから」と言ってどこかへ行ってしまいので、私はひとりで食べることになった。

 私、一体何を間違えちゃったんだろう……。

 自問自答しながら、重たい足を引きずるようにして校門に向かう。

 宗太へのあの言動は、確かに感情的すぎたかもしれない。

 でも、私だって宗太に対して感じた痛みや悲しみを発散したかっただけなのに。

 思えば、宗太と別れてから全てを失った。

 蓮司からの連絡は付かないし、宗太の妹にも冷たくあしらわれた。

 そして、クラスの友達からも省かれている。

 誰のせいなのか。

 私は悪くない……、絶対に、悪くない。

 じゃあ悪いのは誰?

 ……そういえば、私が宗太から別れ話を切り出された時、白崎奏があの場に居たのは何故。

 私はふと、そんなことを思い出した。

 部外者なのに、中立の立場として見守る為とか言っていたけれど、冷静に考えて意味が分からない。

 私が宗太と別れてから、たまに宗太と親しげに話しているのを見かける。

 しかも蓮司が白崎にDMを送って、デートに誘おうとしていた。

 きっと、私の知らない所で蓮司に色目を使っていたに違いない。

 その後、蓮司とのやり取りをあたかも自分が被害者とでも言いたげに、世間に晒していた。

 あれが無ければ、蓮司が皆から叩かれることも無かった。

 きっと蓮司は女性不信になって、だから私との距離を置いてるんだ。

 女の勘だけど、白崎奏は宗太に好意を抱いている。

 それならば、私が再び宗太と付き合う事になればきっとショックを受けるだろう……。

 私がやるべき事は宗太とヨリを戻す事なのかもしれない。

 蓮司だって裏で浮気しようとしてたんだ。

 これぐらい問題ないよね。

 私の今後の方針が決まった瞬間だった。



 ----。

 週末。今日は僕が手掛けたルミナススターズの新曲のPV撮影がある日で、僕もその場に同行していた。撮影場所は都市の端に位置する、かなり広大なスタジオで、場所に入った瞬間、そのスケールの大きさと緻密に作られたセットに圧倒された。

 セットの中央には巨大な円形のステージが設置されていて、その周りを多数のカメラが囲んでいた。ステージの表面は鏡のように光を反射する特殊な材質で覆われており、キラキラと輝いて見える。

 スタジオの隅には、暗めの照明の下で、カメラマンや監督、技術スタッフが忙しく動いており、これから始まる撮影に対する緊張感が伝わってきた。

 一方で、近くにいた十人のルミナススターズのメンバーたちはそれぞれキラキラと輝く衣装を身にまとい、最後の仕上げとしてヘアメイクを施されていた。彼女たちの表情は緊張と期待が見え、新曲のPV撮影への意気込みが感じられる。

 そんな中、プロデューサーであるミカさんが全員に声を掛ける。


「皆、ちょっと集まって~」


 僕は少し離れた場所からその様子を見守っていた。

 ミカさんの表情は決意に満ちており、何か大きな発表があるのだとメンバーのみんなも直感している様だった。


「皆集まってるね~。実は皆を集めたのは大事な話があるからです」

「だ、大事な話?」


 グループのリーダーである遥さんがそう訊き返す。


「単刀直入に言うとね、裏でルミスタの公式ライバルとして新しいアイドルグループを発足させるプロジェクトが動いてるの」

「ライバル? そんなの聞いてない」


 ミカさんの言葉を聞いて、一部のメンバーは動揺している様だった。

 そういえば、前のミーティングの時に同じ話を僕にしてくれたけど、まだメンバーには言ってなかったんだ。


「だって皆には隠してたからね~。でも、私は良い機会だと思うな~。ルミスタは今や国民的アイドルグループって言われるぐらいになったけど、最近それにあぐらをかいてるんじゃないかな~って思ってたから」

「そんな事、無いと思いますけど……」


 僕自身もルミスタのメンバーが手を抜いているとは思わない。

 当たり前だけど、皆仕事に取り組んでいるだろうし……。

 でも、ミカさんの言う通りグループとしての停滞感みたいなのはあるかもしれない。

 それはここ最近の曲を作っている僕も感じていたことだ。

 グループとしての新たな目指す場所、目標。

 軌道に乗って安定したからこそ、新しいカンフル剤が欲しい時期なのかもしれない。


「まぁ、ともかく運営が公式ライバルのグループを作るのは決定事項だから。因みにプロデュースは私が手掛けるんだ」

「え、ミカさんが? じゃあもう私たちとはお別れなんですか?」

「どっちもやるから大丈夫だよ~」

「そっか、ならまぁいっか」


 グループの黎明期から人気グループになるまでプロデューサーとして動いてきたミカさんに対するメンバーの信頼は厚い様だった。


「まぁ、こんな感じで話は終わりかな~。あっ、そうだもう一点言い忘れてた。これから私、兼任でプロデュースする事になるのもあって忙しくなるからアシスタントを付ける事にしたんだ。ほら、天っちこっち来て~」


 突然、ミカさんから僕の名前が挙がった。

 彼女が手招きをするので、僕は早足でそちらに駆け寄った。

 僕がそちらの方に行くと、メンバーの一人である白崎さんと目が合って驚かれた。

 彼女は裏でメイクをしていた為、この場所に来たのはさっきだった。それに加えて  僕もスタジオ内では隅っこに居たので存在自体に気付いていなかったのだろう。


「あれ、彼って……」


 リーダーの遥さんが僕の存在を認知して、そう零した。


「皆もレコーディングスタジオで見た事あると思うけど、彼は活動名『Amagi』として最近のルミスタの殆どのヒット曲を手掛けている天城君だよ~。ちょっと諸事情で仕事を見学して貰う事になったから、皆も彼に雑用とか何でも頼んでいいからね!」


 いつの間にか僕は雑用係にされていた。

 ミカさんが強引に現場に入れられるようにしてくれるとは言ってくれたけど、ちょっと強引な気がする。とはいえ、僕も曲作りの為に居る訳だし、メンバーと交流できるならそれぐらいはやる覚悟はある。


「えっと、ミカさんの言う通り何でもするのでパシリとかに使って下さい!」


 僕がそう言うと、白崎さんがプッっと吹き出した。

 彼女のツボにクリーンヒットしたらしい。


「そっかじゃあ遠慮無く、困った事あったらお願いしようかな~。私、年下の男の子好きだからさ。何か可愛いし」

「こらこら、天音ってば年下の子、虐めちゃ駄目だよ~」

「そんな事しないって」


 そう口にしたのは天音さんと遥さんだった。

 本音でそう言ったのかは定かじゃないけど、有り難い言葉だった。

 二人が受け入れてくれたお陰で、グループ全体にそういう流れが出来て、僕はあっさりとその中に溶け込むことが出来た。


 ----。

 新曲のPV撮影が終わると、スタジオの照明は暗くなり、賑やかだった場所が一瞬で静けさに変わった。楽屋に戻ると、メンバーの人たちは疲れを感じながらも、それぞれが満足そうにしているようだった。そんな中、天音さんが僕の傍にやってきて、こう耳打ちをしてきた。


「ねぇ、天城君。週末空いてる?」

「え、急にどうしたんですか?」

「お姉さんとデートしない?」


 あの、天音さんにデートに誘われた!?

 僕が内心で驚いていると、横から白崎さんがこう口を挟んできた。


「ちょっと天音ちゃん、何言ってるの? まるで二人きりでデートに行くみたいに……」

「ごめん、ごめん。実はさ、奏ちゃんと出掛ける予定があるんだよね? だから一緒に来ない?」

「ぼ、僕がですか?」

「うん、服とか沢山買いたいしさ。男の子の意見って結構参考になると思うし」

「わ、分かりました……」

「じゃあ決まりね。場所と日時送るから連絡先交換しよっか」


 僕は流れで天音さんと連絡先を交換した。

 だけどその瞬間、隣にいた奏が何となく俺たちの様子をじっと見ているのが目に入った。白崎さんのいつもの明るくて親しみやすいものとは違く、その視線にはどこか鋭さがあって、心なしかプレッシャーを感じる……。


 にしてもルミナススターズの人気2トップとも呼び声の高い二人と出掛ける事になるなんて。僕は明日、運を使い果たして死んでしまうのだろうか?

 素直にそう思った、僕だった。


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