第20話 白崎さんと大好きだよゲームしてみた

 放課後、僕はかつて茶道部の部室として使われていた場所に向かっていた。

 何故かというと、白崎さんからお呼び出しがあったからだ。

 ここ最近は、たまにその場所で二人きりでくつろいだりしている。


「あっ、天城君来た」


 扉を開けると、そこには白崎さんの姿があった。

 彼女は窓越しにゆったりと外の景色を眺めていたようだ。

 部屋に入ると、畳の香りがふわりと漂ってきて、どこか懐かしい感じがする。


「ここ、なんだか落ち着くよね」


 僕がそう言いながら畳に腰を下ろすと、白崎さんが横に寄ってきた。


「天城君がそう思ってくれてるなら良かったー」


 本校舎とは離れたこの別棟の三階の隅っこにある部室は人通りもほぼ無くて、静かだからまるで外の世界とは隔絶された空間だ。


「ねぇ、天城君」


 白崎さんは無邪気に畳に寝転がって、天井を見上げながらおもむろに僕の名前を呼んだ。


「どうしたの?」

「もうすぐ、学校の試験があるよね」

「うん、それがどうかしたの?」

「……正直、かなりヤバいんだよね」


 白崎さんはとても深刻な顔だった。

 ただのテストでここまで思い詰めている人は初めて見た。


「そっか。でも白崎さんは仕事で忙しいから仕方ないんじゃないかな。先生もその辺は理解してくれてると思うし」


 アイドルと学業の両立というのは実際かなり難しいだろう。

 僕がそう擁護すると、白崎さんが起き上がって僕の両肩を手でつかんできた。


「うん。でもね、天城君。もし私が赤点まみれだったら、クラスの誰かがネットにそれを投稿して、ファンや世間に馬鹿にされるかもしれないんだよ!?」


 どうやら白崎さんは自分におバカキャラが付くのを恐れているようだった。


「でも、何でも出来るより、少しぐらい隙があった方が皆から愛されるんじゃないかな……」

「天城君がそうなら良いんだけどさ……、じゃあアイドルやりながら難関私大に合格した天音ちゃんと学校のテストで躓いてる私、どっちが魅力的と思うわけ?」


 何故かここでルミスタの人気メンバーである天音さんの名前が出てきた。

 白崎さんが言うように、彼女はアイドルなどの芸能活動をしながらも受験にも合格した優等生だ。歌もダンスも一級品でまさに何でもこなすオールラウンダーの天才だ。


「ごめん、白崎さん。僕的には天音さんの方が魅力的かもしれない」

「うん、だよね。正直に答えてくれてありがとう天城君。私、今過去一で勉強のやる気が出てきた。天城君、ちゃんと今の発言の責任取ってくれるんだよね?」

「どういう事?」


 白崎さんの笑顔が怖い。

 目の奥が笑っていないような気がする。

 もしかしたら地雷を踏んだのかもしれない。

 さっきのはあくまでも僕の意見を言っただけなのに何故だろう。

 知性的な女の子が好きか、平凡な女の子が好きかどうかは好みの問題だと思うのに……。


「今から勉強会を開催します。因みにだけど天城君の事、私が納得するまで部屋に軟禁するから。絶対に部屋から出さないから!」

「言ってること滅茶苦茶だよ、白崎さん」

「よーし、勉強頑張るぞー」


 僕の言葉を聞いちゃいなかった。

 白崎さんはテーブルの上にテキストや問題集を広げて準備万端のようだ。

 この後僕は、白崎さんに火を付けてしまった責任として家庭教師役をやることになった。


 ----。

 あれから結構長い間、勉強をした僕たちはやっとのことで問題集を閉じた。

 最初は口先だけだと思っていたのに、まさか本当に真剣に勉強するとは思わなかった。

 白崎さんは疲れた様子でため息をつきながらも、にこっと笑いながらこう言う。


「ねぇ、天城君。勉強頑張ったご褒美が欲しいな」

「え、何を?」


 僕が白崎さんの提案に少し戸惑いながら尋ねると、彼女が考えた素振りを見せる。


「じゃあ、頭を撫でて~」


 白崎さんのその甘えた声と上目遣いの組み合わせに、僕は思わず言葉を失った。


「え、えっと、頭を撫でるって……」


 僕は顔が熱くなるのを感じながらも、白崎さんの頼みを断る言葉が見つからず、ただ動揺している自分に気づいた。

 ただ頭を撫でるのはやろうと思えば出来るが、想像しただけで少し恥ずかしい。

白崎さんはそんな僕の反応を見て、少しばかり微笑んだ。


「天城君、照れてるの? でも減るもんじゃないし、これぐらいシテ欲しいな~」

とさらに追い打ちをかけるように言う。


「いや、その、じゃあ失礼します……」


 と、もう何が何だかわからなくなりつつある僕は、やむを得ずゆっくりと手を伸ばし、白崎さんの頭を撫でた。彼女の髪は柔らかく、サラッとした感触が心地よかった。

 僕が頭を撫で始めると、白崎さんの表情が一瞬でほころんだ。彼女は目を閉じ、幸せそうに微笑みながら、体を左右に揺らし始めた。その様子はあまりにも愛らしく、僕自身がその光景に和んでしまった。

 まるで猫みたいだ……。

 そんなことを考えながら僕が彼女の頭を撫でていると、突然彼女が、こんな事を言った。


「天城君、大好き」

「え?」


 僕は驚きと戸惑いで言葉を失い、心臓が跳ねるのを感じた。どうしてこんなことを 言ったのか、訳が分からない。

 すると白崎さんが小悪魔めいた笑みを浮かべながらこう言った。


「びっくりした? 天城君『大好きだよゲーム』知らない? 相手に突然「大好き」と言って照れさせられた方が勝ちのゲーム」


 どうやら白崎さんはとあるゲームの一環で先程の告白をしたらしい。


「そんなゲームがあるんだね。でも、急にそんなこと言われたら、心臓に悪いよ」


 タイミング的にはそんな雰囲気じゃなかったけど、驚いたのは事実だ。


「まぁ、さっきのは不意打ちだったしノーカンにしてあげる。じゃあ仕切り直しで……大好きだよ天城君」


 さっきより甘いトーンで白崎さんが言う。

 でもこれはあくまでもゲームなのだ。

 結果、僕は大きなリアクションをせずにやり過ごすことに成功した。


「む、さっきより反応が薄い。こうなったら……」


 白崎さん突然僕との距離を詰めてきた。

 近いんだけど……。

 僕の視界が白崎さんの身体で埋まっていく。

 その瞬間、僕の心拍数が上がり始めるのが自分でも分かった。

 白崎さんはゆっくりと顔を近づけ、その柔らかい唇が僕の耳元で止まった。

 彼女の息が耳にかかる感触に、僕は思わず身体を硬直させた。


「私ね、天城君が大好き」


 白崎さんの声がほとんど息となって僕の耳元で囁かれる。

その声にはさっきのような明るさはなく、代わりに何か誘うような響きが含まれていた。

 その囁きに、僕は顔が熱くなるのを抑えきれず、どう反応していいか一瞬わからなくなった。


「えっと、その、ありがとう…?」


 僕は照れ隠しにどうにか言葉を絞り出した。

 だけど、声は上ずっていて、自分でも少し情けなく感じた。

 白崎さんはそれを見て、勝ち誇ったようにニッコリと笑い、楽しそうにこう言った。

「ふふっ、今のは私の勝ちかな~」


 白崎さんに負けっぱなしなのは釈然としないので、僕もお返しをしようとしたけど、幾らゲームとは言えども異性に大好きというのは恥ずかしい。

 白崎さんってば良く何回も言えるなぁ……。

 僕がそう感心していると、とあることに気が付いた。

 それは彼女の耳が赤くなっている事だ。

 もしかしたら、意外と白崎さんも恥ずかしがっていたのかもしれないとふと思った。


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