第18話 間男、負け犬になる

 赤木side----。


 スタジアムの芝生でユニフォームに袖を通し、スタジアムのピッチに足を踏み入れた瞬間、リハビリ期間を経て戻ってきた感覚が体中を駆け巡ってきた。

この俺様が怪我から復帰して、今日が初めての本格的な試合。アメリカ代表との試合に向けて、緊張と興奮が混ざり合う。

 やはり、神はこの俺様を見捨ててはいなかった。

 ウォーミングアップをしていると、チームメイトの佐々木が近づいてきた。


「赤木、調子はどうだ?」

「調子は絶好調だ。今日の試合、この俺に任せておけ」


 この日の俺は気合いが入っていた。

 最近、女とも遊んでいないお陰で、ある意味体力は有り余っている。

 その分、この試合では存分に暴れさせてもらうぜ……。

 そう決意し、間もなく試合が始まった。


 ----。

 試合の序盤、俺は自分の位置を確認しつつも、マークされているディフェンダーの動きを伺いながらも試合の流れに集中していた。アメリカ代表の前線からのプレッシャーは予想以上に激しく、チームメイトはそのプレスをかいくぐるのに手一杯といったところだった。まだ試合が始まったばかりで、味方は慎重にボールを動かしている。

 そんな中、俺は最前線でボールを受けるチャンスをうかがっていた。

 味方がボールを持ち、視野を確保しようと前を向いた瞬間、俺はディフェンダーの裏のスペースに走り出した。

その直後、チームメイトからのロングパスが俺の走ったスペースに正確に転がってきた。

 やはりユースにいた下手くそ共とは違う。

 同じ日本代表に選ばれるだけあってレベルが高いぜ。

 緊張感が走る中、俺はボールをしっかりとコントロールしようする。

 だがその瞬間、予期せぬことが起こった。

 相手ディフェンダーが驚異的なスピードで迫ってきて、俺がボールをキープしよう とトラップした瞬間に、素早く足を伸ばされる。


「何?」


 相手の動きはあまりにも速く、俺が上手く反応する前にボールを奪われてしまった。


「くそっ!」と心の中で叫びながら、奪われたボールを取り戻そうとするが、相手は  ボールを奪った後、すぐに素早くパスをつないでいた。

 ちっ、やるじゃねーか……。

 自分のミスに苛立ちを覚えたが、すぐに切り替えた。

 試合はまだ始まったばかりだ……。


 試合が進んでいく中、プレッシャーの掛かる場面で、再び俺はボールを受けた。頭の中で先ほどの失敗がぐるぐると回っていたが問題はない。自分を奮い立たせ、俺は敵陣深くでボールを受け、一瞬で前を向いた。

 あまり俺を舐めるな!

 またもや相手のディフェンダーがすぐにプレッシャーをかけてきた。相手の圧力に負けずに、俺はドリブルでかわそうとした。

 その瞬間、不意に足が滑り、俺はバランスを崩した。

 足を伸ばして、近くの味方にパスを出そうとしたが、遅かった。

 そのまま相手にボールを奪われてしまった。


 奪われたボールはすぐに相手の速いロングカウンターにつながり、前線で相手は数的優位を築いていた。俺が失ったボールは、一瞬のうちにフィールドを駆け抜け、味方陣地のゴール前へと迫る。

 嫌な予感がしやがる……。

 気が付けば、相手のストライカーが俺たちの最後のディフェンダーを簡単に抜き去り、ゴールキーパーと一対一になっていた。敵は冷静なシュートがネットを揺らし、観客席からは大きな歓声が上がった。俺のミスが直接的な失点につながってしまった瞬間だった。

 集中力と共に息が切れ俺はその場で膝に手を置いた。チームメイトや観客の視線が重く感じられる。


 この俺様のプレーが通用しないだと?

 ふざけやがって……。


 失点後、俺が自分のポジションに戻ろうとした途中、チームのキャプテンが俺のもとへ歩み寄ってきた。


「赤木、何やってんだ! もっと周りを見ろ」


 キャプテンの声はいつもよりもかなり荒く、俺に対する失望が露わになっていた。

 ごちゃごちゃうるせぇな……。


「この俺に指図するんじゃねぇ」

「何だと? もういい、勝手にしやがれ」


 キャプテンはそう吐き捨てて自陣へ戻っていった。

 ボールを失ったのは俺のせいかもしれねぇ。だが、失点はてめぇらの責任だろ。

 勝手に責任転嫁してんじゃねーぞ……。

 俺が舌打ちをしながら自陣に戻ろうとした時だった、相手の選手が俺の横を通り過ぎるとき、わざと聞こえるようにこう言い放った。


「You're Loser」


 あ? 今なんつった? この俺様が負け犬だと?

 その一言が俺の怒りの火に油を注いだ。

 我慢の限界を超え、彼のユニフォームの胸倉を掴んだ。


「もういっぺん言ってみろ、カス野郎」


 周りもすぐに異変に気づいたのか、止めようと介入してくる。

 真っ先にレフェリーが駆け寄ってきて、俺と相手選手を引き離した。レフェリーは俺をじっと見てから、ポケットから黄色いカードを取り出し、俺に向かって振りかざした。

 は? 俺様が悪いのかよ……。

 俺はレフェリーに文句を言おうとしたが、チームメイトに止められた。

 結局、怒りは収まらぬまま一点のビハインドで前半戦は終わった。


 ----。

 ロッカールームは重い空気感が漂っていた。

 俺はベンチに座り、先ほどのプレーを思い返すたびに、腹が立って仕方がなかった。

 相手に挑発され、理不尽にもイエローカードを受けてしまった。

 こうなったら後半戦、あの挑発してきた野郎を審判が見ていない所で復讐するのも検討しないといけない。

 他の選手たちが前半戦について修正点などコミュニケーションを取っている間、俺が一人でそんなことを考えていると監督が歩み寄ってきた。

 表情はどこか落ち着きを欠いているようだった。


「赤木、少し話がある」


 監督の声は低く、重い。

 この俺様に何の用だ?


「なんすか?」


 俺がそう訊くと、監督がこう言った。


「今日の前半戦、お前のパフォーマンスは正直期待していたものとはかけ離れている。加えてプレーのみならず感情のコントロールもできていない。だから、残念だが後半はお前をベンチに下げる事にした」


 なん……だと……!?

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