第16話 白崎奏の過去①

「それでは今を輝くルミスタの新星にして、次のシングルでセンターを務める白崎奏さんに色々と聞いていきます」


 小さな会議室で私はインタビュアーと対面する形でテーブルを挟んで座っていた。

 仕事の一環として雑誌のインタビューを受けている。

 アイドルには、色々な仕事があるけれどインタビューを受けるのは少し苦手だったりする。何故なら、自分の事を中心とした考えや経験を話さないといけないからだ。

 私はそういう自己開示が得意じゃない。


「それじゃあ、まず初めにどうしてアイドルになったんですか?」


 最初に飛んできたのは、定番な質問だった。

 これぐらいの事なら簡単に答えられる。


「そうですね……。アイドルになったのは自分を変えたかったからです!」


 これは、半分は本当で半分は噓だ。

 私がインタビューを苦手な理由は多少の噓を言わなければいけないからかもしれない。

 ファンが望んだ私、ファンが求める行動態度。

 私だってプロだし、そういうのは大抵理解しているつもりだ。

 だからこれが雑誌のインタビューであれ、何でもかんでも自分が思っている本当のことを言えばいいと言う訳ではない。

 だからこその先ほどの答えだ。

 私がアイドルになろうと思った本当の理由、それは好きな男の子に振り向いてもらう為だ。



 ----。

 今通っている学校は中高一貫だった為、私はアイドルになる前から通っている。

 今でこそ校内でも注目を集める事が多いけれど、中学一年生の時は、教室の隅っこで眼鏡をかけて本を読んで大人しくしているモブキャラみたいな感じだった。

 引っ込み思案で友達も居なくて、教室でもポツンと浮いている毎日。

 そんな中、クラスメイトの男子がこんな事を訊いてきた。


「白崎ってそれ地毛なの?」

「え? そうだけど……」


 父親は日本人で母親がフィンランド人の為、海外と日本の両方の血を引いている。

 私の銀髪は遺伝的なモノだけれど、この学校では浮いている。

 目立つのが得意じゃないし、人にそれを説明するのも苦手なので、私にとってあまり触れられたくない事だった。


「ふーん、髪質とかも違う感じ?」


 そう言いながらクラスメイトの男子が私の髪の毛に触れてきた。


(触らないで……)

 内心でそう思ったけれど、拒絶する態度が取れない。

 こういう時、何も出来ない自分が嫌になる。そう感じた瞬間、横からこんな声が聞こえてきた。


「興味本位で触るのは良くないんじゃないかな。白崎さん、嫌がってると思うよ」


 助け舟を出してくれたのは天城君だった。


「え、そうなの? 白崎さん嫌だった?」

「う、うん……」

「マジか! 気軽に触れてごめん!」


 私が頷くと、クラスメイトの男子は手のひらを合わせて謝ってきた。

 そこまで悪意があった訳ではないと判明して、私は驚いた。

 もし、天城君が横から口を挟んでくれなかったら誤解したままだったと思う。

 それと同時に、やっぱりこの髪色、目立つのかな……とも思い始めていた。

 周りの女の子みたいに黒髪に染める事だってやろうと思えばできる。


「私の髪色、変だよね」


 思わず私は、そんなことを呟いていた。


「別に変じゃないよ。それどころか似合ってると思うよ」


 え?

 さらりとごく普通に天城君はそう言いのけてしまった。

 私が驚いている間に、天城君はクラスメイトに呼ばれてそっちの会話の輪に入っていく。

 生まれて初めて、異性に髪色を褒められて嬉しいと感じてしまった。

 それと同時に、私はこの日から天城君を視線で追うようになっていた。



 ----。

 天城君は、頭が良くて、クラスの委員長を任されていた。勉強が得意で、テストではいつもトップクラスの成績だった。クラス内で目立つわけではないけれど、一目置かれている感じだった。

 天城君はただの優等生ってわけじゃなくて、話しやすくて頼りやすい雰囲気だったから殆どのクラスメイトと分け隔てなく話していた。そのお陰もあって、天城君が委員長をしている間、クラスの雰囲気はとても良かった。学校行事の準備とかでは、クラスの意見をまとめて、引っ張っていたのは素直に凄いなぁって思っていた。


 そんな天城君に少し憧れに近い感情を抱いていた私が、ふと放課後に音楽室の前を通った時にピアノの音が聞こえてきた。

ドアの小さな窓から中を覗くと、天城君がピアノを弾いている姿が見えた。天城君はいつも通り穏やかな表情で、美しいメロディを紡いでいた。

 少し立ち止まって、外からその音楽に耳を傾けた。天城君の演奏するピアノの音は優しくて、聞いているだけで何だかホッとする気持ちになる。

 曲が一区切りついたところで、私はノックして教室に入った。


「天城君、ピアノ弾けたんだ。凄いね」


 私が言うと、天城君は少し驚いた表情でこちらに顔を向けた。


「白崎さん、いつから聞いてたの?」

「ちょっと前からだよ。それより何の曲を弾いてたの? 良い曲だなって思ったけど、私知らなくて……」

「アイドルの曲だよ。ルミナススターズって言うんだけど……。最近人気が出てきたばかりだから知らないのも無理はないかな」

「アイドルかぁ……」


 天城君がアイドルに興味があるのは意外だった。

 ピアノの曲を弾くぐらいだし、もしかして好きなのかな?


「もしかして、白崎さん興味ある?」

「う、うん。少しだけ」


 本当はちょっぴり噓だ。

 アイドルの曲に興味があると言うよりは、天城君の好きなモノに興味があると言った方が正しい。


「じゃあコレ、聴いてみてよ」


 いつのまにやら天城君がCDジャケットを私に差し出して来た。

 何処から取り出したんだろう……。

 私はそう思いながらジャケットの表紙に目をやった。

 そこには七人のアイドルというべき美少女が並んでいた。

 私とそこまで変わらない年齢の女の子が輝きを放っている。

 正直言って居る世界が違い過ぎて、想像が付かない。

 だからこそだったのか、全く知らないアイドルの世界を知るキッカケになった私はそのグループに魅了された。



 ----。

 あの音楽室のやり取りから私は天城君と時々話すようになった。

 天城君は周りの男子にもルミナススターズを勧めていたけれど、興味を持ってくれる人が居なかったらしく、私がハマってくれて嬉しかったみたいだ。


「そういえば、天城君ってグループだと誰が好きなんだっけ?」


 私がふと訊いてみると、天城君が悩んだ様子を浮かべた。


「桜羽天音かな。圧倒的な存在感でオーラが凄いし」


 グループの中で今一番勢いのある人気メンバーだった。

 最近の新曲では遂に初のセンターに抜擢されていたはずだ。


「それって、付き合いたいぐらい好きなの?」

「付き合うなんて考えた事もないよ。恋人になるなんて恐れ多いし」

「じゃあ想像してみて。もし桜羽天音ちゃんに告白された場合の事」


 ちょっと変なことを言っちゃったかな。

 なんて思いながら天城君の様子を窺っていると、上を向きながらうーんと唸っていた。

 どうやら思ったよりも本気で想像を膨らませているらしい。

 やがて、脳内で告白シチュエーションを思い描けたのか天城君がこう答えた。


「凄く、嬉しいかな……」


 そっか。そうなんだ。

 照れくさそうに笑いながら言う天城君を見て、私の心にちょっとしたざわめきが生まれた。私はただ冗談のつもりで訊いたのに……。

 答え何て分かり切っていたのにどうしてだろう。


 相手は人気急上昇中のアイドルグループのセンターで、私は普通の女の子だ。

 勝てるわけがない。

 そもそも勝負って何?

 何で私、こんなに張り合っているのだろう。

 そんなことを考えてようやく理解した。

 そっか私、天城君のことが好きなんだ。

 だからさっき嫉妬して、モヤってしたんだ。

 会話してる雰囲気で分かるけれど、天城君は私の事好きじゃないと思う。

 じゃあどうやったら好きになって貰えるかな。

 そう考えた時の結論はこうだった。

 もし私がルミナススターズのセンターになれば、天城君はきっと私のことをもっと見てくれるはずだと。私がアイドルとしての地位を確立し、天城君にとって魅力的な存在になれば良いんだ。

 あの時の私は勢いだけでそんな結論に至ったのだ。

 天城君に好きになって貰うには、今の自分を変える必要がある。

 丁度、その頃ルミナススターズが二期生を募集していたので、私はそれに応募した。それが私の人生を変えるなんて、この時は考えても居なかった。

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