第13話 妹VS元カノ
千春side
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放課後、学校の門を出て一人帰宅していた私は、ポケットからスマホを取り出した。今日一日、心のどこかで期待していたメッセージの返信を確認したかったからだ。
だけど、画面を開くと、赤木先輩からの返信はやっぱり来ていない。
それどころか送ったメッセージには一週間近く既読すらついていない。
「何なの、本当にもう……」
宗太に別れ話を切り出された時、赤木先輩は私との関係を本気だと言っていた。
だけど、実際に宗太と別れた直後から先輩との連絡が殆ど付かなくなっていた。
あの時の言葉は噓だったの?
息が苦しくなるような感覚に襲われながら、私は画面をじっと見つめた。
一週間も既読がつかないなんて、先輩は私のメッセージを意図的に無視している可能性すらある。そんな考えが頭をよぎり、胸が締め付けられるような痛みを感じた。
それと同時に今日、紗季から言われた言葉を思い出した。
どうして私は、今朝宗太に対して、怒りを感じたのだろう。
私は元カノで彼とは終わった関係なのだ。
というか、実質的に私が終わらせたといっても過言ではない。
それなのにそういう感情になるという事は……。
私の中で一つの可能性が生まれた瞬間だった。
冷静に考えて、今朝は言い過ぎたかもしれない。
早いうちに宗太と話がしたい。
そうと決まれば、自然と私は宗太の家に方向に歩いていた。
宗太とは家の近い幼馴染で、行った事もあるので当然場所は知っている。
静かな住宅街を歩いた先で、宗太の家の前に近付くと、丁度門扉に手を掛ける人が見えた。
それは宗太の妹の奈々ちゃんだった。
黒髪ロングストレートで中学二年生なのに大人びた雰囲気を持っているお淑やかな女の子だ。
私はそんな彼女に近づいて声を掛ける。
「久しぶり、奈々ちゃん」
「千春さん……、どうしたんですか?」
できるだけ明るく声を掛けたつもりだったけれど、警戒心が感じられるのは気のせいかな。
顔見知りとはいえ、いきなり話しかけたのが悪かったのかもしれない。
「実はいますぐ宗太と話がしたくて」
私が用件を言うと、奈々ちゃんがあからさまに顔をしかめた。
まるで私のことを明確な敵とみなしているかのようだ。
こんな表情を今まで彼女から向けられた記憶はない。
「お兄様に話って、具体的に何を話されるんですか?」
「えっと、色々かな……」
反射的にそう答えていた。私も何を話すのかハッキリとしているわけではない。取り敢えずは今朝の事はもう一度話そうと思ってはいるけれど……。
というか、どうして話す内容を奈々ちゃんに言わなきゃいけないんだろう。
幾ら妹といえども、関係なくない?
私が内心でそんな事を考えていると、奈々ちゃんがキリッとした表情でこう言ってきた。
「浮気した人が元カレに何の話があるんですか?」
「え?」
反射的にそんな声が漏れていた。
冷徹な声にはハッキリとした嫌悪感のようなものが含まれていて、胃をキュッと掴まれたような感覚が走る。
声を掛けた時から以前よりも距離感があるとは思っていたけれど、まさか妹の奈々ちゃんがあの事を知っているとは思ってもみなかった。これは完全に私の誤算だ。
「何でその事を知っているの?」
「少し前にお兄様の様子がおかしかったので聞いたんです。そしたら千春さんが浮気したって……。貴女はお兄様を裏切ったんですよね?」
「ち、違うの……あれは……」
そんな目で見ない欲しい。
少し前まで普通に仲良く話せる間柄だったのに。
私が、宗太だけじゃなくて他の人の気持ちも踏みにじってしまったのだろうか。
「何が違うんですか?」
厳しい追及を受けて、私は察した。
奈々ちゃんは宗太の事を凄く慕っていて、だから怒っているんだ。
自分の好きな兄を私が傷つけたから敵意を向けている。
確かに、当然の感情かもしれないけれど、こちらにだって事情がある。
「違くない、あの件は私が悪い。でも宗太だって悪いよ。私に内緒でアイドルの曲を作ってたなんて、そんなの知らなかったもん」
私は宗太に秘密で赤木先輩と浮気をしていた。
宗太は私に秘密でアイドルの曲を作っていた。
内容は違えど、隠し事をしていたという事実は同じだ。
「お兄様が曲を作っていようと作ってなかろうと関係ないと思います。お兄様を好きだったという気持ちに何か影響するんですか?」
奈々ちゃんの言う通りだ。
私はどうして、宗太がアイドルの曲を作っていたという事にイラついているのだろう。
その答えを奈々ちゃんは知っていたかのようにこう言った。
「もしかして今更、ヨリを戻そうとしているんですか? だとしたらサイテーです。千春さんは付き合っている人のスペックしか見てないんです。前はそんな事無かったのに、いつからそうなっちゃったんですか?」
「そ、それは……」
いつからだろうか? こうなってしまったのは。
奈々ちゃんに言われてようやくわかった。
宗太がアイドルの曲を作っていたのに腹が立った理由。
厳密に言えば、私はアイドルの曲を作っていたという事実はどうでも良かったんだ。
私は宗太がアイドルの曲を作って、それが売れていて、今や有名な作詞作曲家として話題になっていたからだ。
私は宗太が裏で成功しているのが腹立たしかった。
宗太を裏切って、赤木先輩と付き合う事になったけど、今や私は相手にされていない。
なのに、宗太は私と別れてからまるで私への当てつけみたいに成功し始めている。
これじゃあ彼氏を乗り換えた私が馬鹿みたいだ。
宗太に曲を作る才能があると知っていたら浮気をしなかったかもしれないし、別れる事もなかったかもしれない。
要するに私は、宗太と別れて後悔しているんだ。
「もういいから、宗太に会わせてよ」
私がそう言うと、奈々ちゃんは首を横に振った。
「駄目です。お兄様は優しいから貴女に何か言われたら言いくるめられてしまいます。だから私が守ってあげないといけないのです。千春さんはお兄様に相応しくないです。だからもうお兄様に関わらないで下さい!」
「---っ」
そ、そんな……。
私は言葉を失い、その場に立ち尽くした。奈々ちゃんからそう言われるなんて、想像もしていなかった。
宗太の周りに人からのフォローがあれば関係修復も容易だと思っていたけれど、むしろそれは難しい。私が考えている以上に、奈々ちゃんを失望させていて、既に嫌われているといっても過言ではない状態だ。
「私だけじゃなく、お母さんもガッカリしていました。これからずっと長い付き合いになると思っていたのにって」
「お、お母さんも?」
まさか私と宗太の別れた原因について宗太のお母さんにも話が言っているなんて……。
家族ぐるみの付き合いがあって、今まで良好な関係を築いていたのに。
私は何てことをしてしまったのだろう。
自分がした事の重大さをようやく自覚し始めた。
私は、宗太だけじゃなくて他の人の気持ちまで踏みにじってしまったんだ。
今までの信頼関係も全部無駄にしてしまった。
「もうこの話はおしまいです。さよなら千春さん」
奈々ちゃんはそう言って、踵を返してから家の門扉を抜けていく。
「あっ、待って。待ってよ」
私は手を伸ばしながらそう呟いたけれど、声が小さかったのか、奈々ちゃんには届かなかった。そして、奈々ちゃんは静かに玄関のドアを開け、家の中に入ってしまった。ドアが閉まる音が、私の心にも重く響いた。
奈々ちゃんの姿が完全に視界から消えてしまい、私はただ立ち尽くすしかない。
体が重く感じ、思考がぐるぐると回って止まらない。
奈々の言葉が耳に残り、胸が締め付けられる。
どうして、こんな事になってしまったのか。
私が浮気したからに決まっている。
そして、奈々ちゃんと話して分かったことがある。
私が今朝、宗太に対して、腹が立った理由。
それは宗太から赤木先輩に乗り換えたという選択が過ちだったと認めたくない感情から来るものだったという事だ。
あーあ、こんな事なら……。
しばらくそこにぼんやりと立っていると、ふと冷たい感触が頬を伝った。
自分でも気づかないうちに、涙が止めどなく流れていたらしい。
私は、震える声で襲ってきた後悔を口にした。
「こんな事なら、宗太と別れなきゃよかった」
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