第9話 宗太の裏の顔とライバル登場

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 放課後、僕は都会にあるオフィスビルの建物に来ていた。このビルは大手のレコード会社が所有するものだ。僕が今から向かう先はレーベルが抱えている自社スタジオである。

 ビルの入り口には、セキュリティが厳重に配置されていたので、自身のIDを提示してから内部に入った。


 その後エレベーターに乗り、目的の階で停止してから、扉が開くと、僕は静かで落ち着いた廊下を歩き始めた。壁には誰もが知るような有名アーティストの写真やレコードのポスターが飾られていた。これらは、ビル内で制作されたヒット曲の証しである。

 その中には国民的アイドルグループであるルミナススターズのモノもあった。

 僕が一瞬それに目を向けると、目の前から人が現れた。

 その人物は小柄で紫の髪が腰まで流れており、その見た目はロリっぽいものだった。人によっては子供と勘違いする容姿だが、彼女は立派な大人である。

 彼女はルミナススターズのプロデューサーであるミカさんだ。


「おっひさ~、天っち」


 気軽に声を掛けてきたので、僕は彼女には挨拶をした。


「ミカさん、お久しぶりです」


「制服って事は学校帰り~? 相変わらず若いね~。お姉さん嫉妬しちゃうな~」

 ミカさんはそういうが見た目だけで言えば彼女もそう変わりないと思う。

 ただ実年齢がどれ程なのかは分からない。

 一度それとなく聞いたことがあるけど、目が笑ってない笑顔で何歳だと思う? と質問返しされたので、それ以来聞いていない。


「そういえば、新曲も良い感じだったよ。こりゃあ次のシングルも大バズリ間違いなしだね。天っちがルミナススターズの作詞作曲を担当してから人気も鰻登りだし」

「そうですかね……。ちょっとでも人気に貢献出来てたら良いんですけど……」

「天っちは謙虚だな~。まぁ、そこが良いところでもあるんだけど。取り敢えず、この後の収録も宜しくね」


 ミカさんはそう言い残して、レコーディングブースに入っていった。

 僕は名義『AMAGI』で音楽の曲を作っている。初めて作った曲が曲のPVが数千万再生を突破して以来、継続して仕事をしている。これが僕の裏の顔だ。

 僕がミカさんの後に続いて部屋に入ろうとすると、背後から声を掛けられた。


「また会ったね、天城君」


 声に反応して振り向くと、そこにはヘッドフォンを首にかけた白崎奏の姿があった。


「し、白崎さん」


 放課後に別棟で共に時間を過ごした白崎さんとの再会。

 こうなるのは互いにわかってはいたが、少し変な感じだ。


「良い歌にするから、見守っててね」


 白崎さんはすでに完全に仕事モードに入っており、その表情はいつもの明るい笑顔から一転して、非常に集中している様子を見せていた。


 その姿に、思わず心の中でかっこいい……と感じた。彼女は普段のアイドルとしての可愛らしさと別に、この真剣な表情はまた違ったギャップも魅力的だ。

 白崎さんをはじめとして、他のメンバーも揃ったのでいよいよ新曲の収録が始まった。

 今日はルミナススターズ10人のメンバーのうち、5人がスタジオで個別に歌の収録を行っている。大人数のアイドルグループでは、通常、このようにメンバーを分けて収録を行うことが多い。

 この方法が採られる主な理由は、個々のボーカルのクオリティを最大限に引き出し、それぞれの声質や特徴をきちんと録音するためだ。

 収録スタジオに足を踏み入れると、すでに音響エンジニアと音楽ディレクターがセッションの準備を整えていた。彼らは各メンバーの声に合わせてマイクの設定やミキシングコンソールを調整している。僕は作詞作曲を担当した者として、それぞれのメンバーがブースに入る様子を見守りながら、彼女たちの表現がどのように形になっていくかを確認しなければならない。


 一人ずつブースに入り、ヘッドフォンを装着してマイクの前に立つ。この個別の収録方法により、メンバーは自分のパフォーマンスに集中できる仕組みになっている。

今日の収録のトップバッターはルミナススターズの絶対的エースの桜羽天音さんらしい。

 彼女は茶髪のロングヘアをたなびかせて、その落ち着いた風貌は相変わらずもスター性を感じさせる。

 白崎さんが若手のエースだとすると、彼女は真エースという立ち位置だ。

 彼女は15歳でデビューし、今では19歳。

 わずか4年で、彼女は音楽業界内外でその名を馳せる存在になった。ここ最近はファッション雑誌の表紙を飾ったり、テレビのCMで見かける事も特に多い。

 インスタフォロワーも100万人いる事から、最近は白崎さんの勢いが凄いとはいえ、グループ内での人気はずば抜けている。


 見た目がとんでもない美少女であるのは言わずもがな。歌もダンスもこの上なく上手くて、実は僕も彼女の隠れファンだったりするのだ。

 そんな彼女がブースに入ると、彼女はすぐにヘッドフォンを装着し、彼女は静かに目を閉じ、集中力を高め始める。音響エンジニアが声をかけると、天音さんは小さく頷き、準備ができたことを示した。


 収録が始まると、彼女の顔つきが変わった。まるで別人のように歌い始める彼女の声はクリアで、歌詞の一つ一つが感情豊かにスタジオ内へ響き渡る。その声は力強くもありながら、繊細な感情を表現していて、彼女の歌声には自然と引き込まれる。

 やっぱり、天音さんは凄い。

 僕がコントロールルームからその様子を見守っていると天音さんが歌い終わった。

スタジオ内は一瞬静まり返り、すぐに音楽ディレクターからオッケーの声が上がった。当然僕もそれに同意だったので、収録はあっさり一発で終わってしまった。

収録がオッケーだったと知ると、天音さんは安堵の表情を浮かべた。彼女がヘッドフォンを取り外し、ブースのドアを開けて外に出ようとした瞬間だった。

 僕がコントロールルームの窓越しにその様子を見ていると、何故か彼女と目が合った。

 更に直後、天音さんがウインクをした。

 ……あれ、誰に向かってしたのだろうか?

 周りの音楽ディレクターとプロデューサーは天音さんの歌を絶賛している様子で、  一連の動作に気付いていないようだった。

 いや、まさか僕にした訳ないよね……。

 そもそもウインクしたのだって、見間違いかもしれない。

 考えれば考えるほど、沼にハマりそうだったので、僕は無かったことにした。


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