第4話 彼女に別れを告げてみた

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 千春の浮気を知ってからの行動は早かった。

 僕も休日に色々と考えて、結論が付いたのだ。

 僕は千春と別れる。

 そう決意をした放課後。僕と白崎さんは学校の裏門に向かって歩いていた。

 今日は、千春と赤木先輩が一緒に帰るところを尾行するためだ。


「私が言うのも何だけど、本当にこれでいいの?」


 白崎さんが心配そうに僕に問いかけた。


「うん、これ以上隠しておくことはできない。だから千春にもちゃんと話をしないといけないから」


 僕は決意を込めて答えた。

 それから裏門に近づくと、ちょうど千春と赤木先輩が一緒に歩いているのが見えた。

 二人は親しげに話しながら笑っている。その光景に胸が締め付けられるような思いがしたが、僕は気持ちを奮い立たせて彼らを尾行した。

 やがて、千春と赤木先輩が裏門を抜けるところで、僕たちは距離を縮めて彼らに声をかけた。


「千春!」


 僕が強い声で呼び止めると、二人は驚いて振り返り、僕たちを見て一瞬戸惑った表情を浮かべた。千春の顔には動揺の色が見え、赤木先輩は意外にも冷静な表情で僕たちを見つめ返していた。


「宗太……どうしてここに……?」


 千春の声は驚きと共に震えていた。


「訊きたいのはコッチの方だよ。どうして赤木先輩といるの?」

「そ、それは……、たまたま帰り道が一緒だったから」


 焦ったように言い訳を並べる千春を見て僕は悲しかった。

 彼女はまだ噓を付き続けるのだ。

 そんな中、隣に居た白崎さんが口を挟んだ。


「裏門から下校してるのに偶然は無理があるんじゃない? 少なくとも青山さんは帰り道が違う方向でしょ。以前は天城君と帰ってたって聞いたけど」


 僕と千春の仲が良かったころは一緒に下校していた。

 当然、裏門ではなく正門からの帰宅ルートだったので、やはり先程の彼女の言論には矛盾が生じてしまう。


「……っ、宗太はともかく白崎さんは関係ないでしょ! アンタ一体何なの!?」


 怒りの矛先が明確に白崎さんになった瞬間だった。

 だけど彼女は一切、動揺する素振りを見せなかった。


「確かに、言いたい気持ちは分かるよ。でも、こういう場って客観的な立場の人が居た方が良いでしょ? 証人としてもね」


 白崎さんがそう言い切った後、肘で僕の脇腹を軽く突いてきた。

 それは彼女からの明確なサインだった。

 僕は一瞬、彼女と目を合わせて話をする決意を固めた。


「この前、千春が赤木先輩と浮気をしている所を見たんだ」

「しょ、証拠はあるの?」


 慌てた様子の千春からそう問われたので、僕はスマホを取り出して、画面を彼女に見せた。画面には写真が写っていて、それこそ目の前の二人がラブホに入った瞬間の写真だ。

 まさか、反射的に撮影したものが役に立つとは思いもしなかった。


「これは二人が一緒にいるところの写真。そして……このホテルに入る直前の奴だ」


 スマホの画面には、二人が親しげにラブホテルに入る瞬間が映し出されていた。

 それを見た千春は顔色を失い、赤木先輩は一瞬だけ眉をひそめた。


「宗太、これは……」


 千春が言葉を詰まらせながら、僕の顔を見つめた。

 言い逃れの出来ない証拠を突きつけられて、苦しんでいるようだった。


「もう千春とは付き合えないから別れて欲しい」


 僕がそう言うと、白崎さんが横からこう言ってきた。


「天城君、それだけじゃあ足りないよ。ちゃんと浮気したのを認めて謝ってもらわないと。だって青山さんは天城君が居るのに裏切ってたんだから」


 その言葉に千春は一瞬戸惑った表情を浮かべた後、僕に向き直った。


「宗太、本当にごめんなさい。私……赤木先輩が好きなのかもしれない」


 続けて赤木先輩も深いため息をつきながら言った。


「俺も悪かったな。まさか恋人が居たなんて知らなかったぜ。でも、千春とは本気なんだ」


 その言葉に僕は胸が張り裂けるような思いがしたが、二人が真剣交際をしているという事実を知って、少しだけ安心した。僕は深呼吸をして、静かに答えた。


「わかった。正直に話してくれて、ありがとう。でも、今日で僕たちの恋人関係は解消しよう」


「うん、そうだね……本当にごめん」


 これが僕と千春の最後の会話だった。

 その後、千春と赤木先輩は互いに視線を交わし、そのままゆっくりと去っていった。二人の後ろ姿が遠ざかるのを見送りながら、僕は深い溜め息をついた。胸の中にぽっかりと穴が開いたような虚しさを感じた。


「天城君……」


 白崎さんの優しい声が耳に届いた。振り返ると、彼女が心配そうな表情で僕を見つめていた。


「もう終わったんだよね……本当にコレで良かったのかな」


 僕はかすれた声でつぶやいた。

 白崎さんはそっと僕の肩に手を置き、その温かさが心に染みた。


「宗太くん、辛かったよね。でも、これからは前を向いて進んでいけるよ。また新しい恋人でも作ればいいじゃん」


 確かにそうかもしれない。

 あのまま関係性を保留にしておくことは出来なかったし、全部ではないけれど、モヤモヤを解消出来た。


「ありがとう白崎さん。でも、恋愛は暫くいいかな」


 気分的にすぐに次の恋人を探そうという気持ちにはなれなかった。

 というか、下手すればこの先の人生で一生そうなるかもしれない予感すらある。


「どうして?」


 僕の言葉に驚いたのか、白崎さんがそう尋ねてきた。


「今回の件で、ちょっとトラウマなのかもしれない。それに暫くは忘れられそうにないから」


 そう僕が伝えると、白崎さんは少し考え込んだような表情を浮かべた後、決意したように僕の目を見つめて言った。


「じゃあ、私が天城君の恋人になって彼女さんの事、忘れさせてあげるよ」


「え、白崎さんが?」


 僕は驚いて目を見開いた。

 白崎さんが恋人になる?

 一体彼女は何を言っているのだろうか……。

 まさか、白崎さんがこんな提案をするなんて考えもしなかった。


「天城君が元カノを忘れられるまでの間、期間限定で恋人になるって言ったの」


 白崎さんはどういう訳か、少しだけ頬を赤く染めながらも、真剣な表情で続けた。


「もしかして、嫌だったりする?」

「嫌じゃないけど。でも、白崎さんはアイドルなんだし、僕と付き合うのは……」


 戸惑いながら、僕は言葉を選んだ。

 すると、白崎さんは微笑みを浮かべたまま首を振った。


「天城君、そんなこと気にしないで。私はただの女の子でもあるし、それがアイドルだからって変わるわけじゃないよ。それに天城君には昔から色々と借りもあるし、恩返ししたいって思ってたからさ」


「白崎さんに、貸しを作った覚えはないけど……」


「細かい事はいいの。天城君が元気になれるように、私が全力で恋人としてサポートするから。これから宜しくね、天城君」


 白崎さんはふっと微笑んで一歩下がった。


「それじゃあ、この後お仕事あるから。また学校でね、天城君」


 と言い残し、白崎さんは風のようにその場を去っていった。

 僕はその場に立ち尽くし、彼女の背中を見送りながら、心の中で様々な感情が渦巻いていた。彼女の言葉に動揺し、何をどうすればいいのか全くわからなかった。

 取り敢えず、状況を整理しよう。

 僕は今日、恋人であった千春と別れた。


 その後、白崎さんが恋人? になった。

 ……。全く持って意味が分からない。


 彼女はルミナススターズのセンターを務める国民的アイドルだ。

 そんな彼女が僕の恋人になるなんて、現実感がない。

 流石にさっきのは冗談……だよね?


 ----奏視点。


 言ってしまった……。

 とうとう、言ってしまった。


 私は放課後、学校の裏門で天城君と別れた後、すぐに駅の方向に走り出した。心の中には様々な感情が渦巻いていて、気持ちの整理が付かない。


 駅近くの歩道橋の階段にたどり着くと、息を切らしながら立ち止まった。風が顔に心地よく当たるけれど、胸の鼓動は早まる一方だった。


「私ってば、何言ってるの~~!!」


 さっきの発言を思い出して、頬が熱くなり、顔を両手で覆った。勢いで宗太くんに恋人になると言ってしまった自分に、今さらながら恥ずかしさがこみ上げてきたのだ。

 実際に、恋人になりたいという気持ちがあったのは本当だ。

 片思いをし続けて数年。ようやく夢が叶ったのだ。

 相手の傷心に付け込むという挙げ句、ほとんど強引だったのは否めないけれど、私らしいとも思った。


 取り敢えず、どんな形であれ----。


「天城君の恋人になれた……」


 息を切らしながらも、自然と笑みがこぼれた。


 今までの不安や心配が一瞬で消えて、胸の中には温かい気持ちが満ちていた。

 私にとって、アイドルとは『嘘』だ。


 だから、本当は自分が恋人になりたいだけなのに、如何にも元カノを忘れさせてあげるという名目(嘘)で天城君の恋人になった。


 元々、私はどういう訳か国民的アイドルグループでそれなりに人気が出てしまった身であり、まともな恋愛というのは出来ない立場だ。

 だから、仮の恋人という関係性が丁度良いのだと思う。

 何はともあれ……。


「これからは私が天城君を支えてあげるから」


 そう決意しながら、歩道橋の上から景色を見下ろした。

 天城君との未来がどんなものになるのか、楽しみで仕方なかった。



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