第3話 白崎さんに慰めて貰った
間違いなく僕の目の前に居たのは白崎さんだった。彼女は紛れもなく国民的アイドルグループに所属する人気メンバーであり、僕のクラスメイトだ。彼女がこんなところで男の人に絡まれているなんて、思いもしなかった。
「白崎さん……どうしてこんなところに……?」
「仕事が終わったから、ちょっと散歩してたんだ~。後、あれに乗りたくて!」
彼女は公園にあるブランコを指さした。
「実は、仕事終わりによくここに来るんだ。ブランコに乗ると、気持ちがリセットされる気がして」
白崎さんはそう言いながら、ブランコに腰を下ろした。
彼女の言葉を聞いて、僕は彼女がどれだけ忙しい日々を過ごしているのかを改めて実感した。アイドルとしての過密なスケジュールの中で、こうして一人の時間を過ごす場所がこの公園のブランコだったのだ。
白崎さんは足を軽く蹴って、ブランコを揺らし始めた。
「ブランコに乗ると、子供の頃を思い出さない? あの頃は何も考えて無くて、ただ楽しかったな」
白崎さんはまるで子供のように無邪気にはしゃぎながら、ブランコを大きく揺らしていた。
その瞬間、彼女のスカートがふわりと舞い上がり、僕は慌てて視線を逸らした。
み、見なかった事にしよう……。
心の中で焦りながらも、彼女に気づかれないように努めた。
「天城君! そこに居たら危ないかも!」
「え?」
僕がそう反応した瞬間、白崎さんがブランコの動きを止めることなく、軽やかにジャンプをした。その瞬間、彼女の体が宙に舞い上がり、まるで一瞬の間、重力から解放されたかのようだった。夕闇に包まれた公園の中で、その姿はまるで天性のアイドルのようで、僕の心を強く惹きつけた。
彼女が地面に着地すると、軽やかにバランスを取り、笑顔で僕の方を振り返った。
「どうだった? 今のジャンプ」
その瞬間、僕は言葉を失った。白崎さんの姿があまりにも美しくて、まるで舞台の上で輝くアイドルそのものだった。
「すごいね、白崎さん。流石は天才アイドル」
僕は自然と口から出た言葉で、白崎さんを褒めた。
「そ、そこまでかな? ……ちょっと照れるんだけど」
白崎さんは照れくさそうに髪を弄りながら、視線を一瞬逸らした。
自分から聞いておいて、褒められ耐性が無いのはちょっと面白い。
「あ、マネージャーさん」
唐突に白崎さんが何かに気付いたかのように呟いた。
公園の外から女性がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
彼女はスラリとした長身で、整った顔立ちと優雅な動作が一際目を引く。長い黒髪が風に揺れ、その上品な雰囲気はまさにお姉さん系という言葉がぴったりだった。
「急に居なくなるからちょっと探したわ。仕事終わりにここでリラックスしていたのね。それと彼も居るのね。これは偶然かしら?」
僕は訳あって、白崎さんのマネージャーさんに認知されている。
「ぐ、偶然ですね……」
「マネージャーさん、お腹が空いたのでご飯連れて行ってくれませんか? 天城君も来るって」
白崎さんが急にそんなことを言う。
そして、何故か僕もメンバーに含まれていた。
「そうですね。車はあるし、行きましょうか」
マネージャーさんはあっさりと承諾したので、僕は流れに逆らわず行くことになった。
----。
僕たちは公園を後にして、近くのレストランへと向かった。そこは、静かな通りに面したおしゃれなイタリアンレストランで、外観からも落ち着いた雰囲気が漂っていた。
テーブルにはキャンドルが灯され、落ち着いた音楽が静かに流れている。窓際のテーブルに腰を下ろしてから料理を注文すると、程なくてイタリアン料理がテーブルに並んだ。
「ん~おいし~!!」
白崎さんがマルゲリータピザを一切れ取り、熱々のチーズがとろける様子を楽しみながら一口かじって感想を言った。
「白崎さんって美味しそうに食べるよね」
「まぁ、仕事で食レポとかあるから慣れてるんだ」
「じゃあ今のは----」
「本心だよ。プライベートで言う必要ないしね」
それもそうか。
にしても白崎さんとこうして一緒に食事をしているのは変な感じだ。
「そういえば、天城君こんな時間まで公園で何してたの?」
ふとした疑問を問いかけてくる。それもそうか。あの時間帯に一人で公園に居るなんて普通は有り得ない。適当な理由を言おうと思ったけれど、隠す必要が無い上に噓も思いつかなかったので正直に話す事にした。
「実は、彼女が浮気して先輩とラブホテルに行くところを見ちゃって落ち込んでたんだ」
それを聞いた白崎さんはあからさまに驚いたかのように目を真ん丸にしながらこう言った。
「え、天城君、彼女さんに浮気されたの……。そっか、天城君、彼女さんと上手くいってないんだ……」
気のせいだろうか。白崎さんの反応に違和感がある。
まさか僕が彼女と上手くいってなくて喜んでいる?
いや、僕が彼女を寝取られて、白崎さんにメリットはないから有り得ない。
「天城君、災難だったね。お姉さんが慰めてあげる」
隣の席に座っていたマネージャーが僕の頭を撫でてくれた。
「あ、ありがとうございます」
僕が素直にお礼を言うと、白崎さんにじとーと見つめられる。
何だろう、このプレッシャー……。
「話し戻すけどさ。天城君、これから彼女さんとどうするつもりなの? 話聞いた感じ、関係修復不可能だし、もう別れた方が良いと思うな」
「そ、そうだね……」
「わたし、浮気とか許せないし。天城君、文句とか言えないだろうからも、もしあれだったら復讐も兼ねてわたしが手伝ってあげるよ」
「ど、どうしてそこまで……」
「さっきナンパから助けてもらったし、借りは返したいって思ってるから。それに天城君ってば、落ち込む必要ないよ。悪いのは相手なんだし」
「そうなのかな、でも僕にも原因があったかもしれないし……」
「そんなわけない。だって天城君は素敵な男の子だもん。本当に天城君の事裏切るなんて、彼女さんの事許せないよ……」
どういう訳か僕より白崎さんの方が落ち込んでいるように見えた。
お世辞でも僕の事を肯定してくれたのは嬉しかった。
「……ありがとう白崎さん、今後の事は分からないけど、ちょっと考えてみるよ」
白崎さんがそう言うので、悩んだ末に僕は結局、千春とは別れる事にした。
いつまでも千春の事を引きずっていないで、前に進むべきなのかもしれない。
彼女と話して、素直にそう思えたんだ。
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