コリウス

海湖水

コリウス

 『今週末、家に来ないか?』


 スマホを見ると、かつての友人からLINEが届いていた。

 僕は少し悩んだが、つい最近は会っておらず、ちょうど今週末は予定が入っていなかったこともあって、1時から家に行くことを伝えた。

 僕の友人、雄介は大学時代に初めて出会ったのだが、高校時代にはラグビー部に入っていたらしく、身長は高く筋肉質だった。それに比べて僕は、高校生の頃は軽音部で、運動もあまりしてこなかったこともあって、かなり痩せていた。

 そんな見た目は全く違う二人だったが、大学に入ってから同じバンドのファンであったという事もあり、すぐに仲良くなった。

 しかし、大学を卒業してからは、そのバンドのライブくらいでしか会うこともなくなり、仕事が忙しくなり、ライブにすらいけなくなってきたつい最近は、ほとんど思い出すことすらなくなっていた。

 そんな矢先の彼からの連絡である。久しく会っていないこともあり、そして仕事が少しずつ落ち着いてきたこともあり、楽しみでしょうがなかった。


 そして週末の1時、僕は雄介の家に着いた。

 雄介は大学を卒業してから、某有名企業に入ったらしい。仕事も順調らしく、株で成功したとかなんとかで、自分と同い年にもかかわらず、一軒家に住んでいた。


 「よ、蓮。いつも通りヒョロヒョロだなぁ。飯食ってんのかよ」

 「雄介のガタイが良すぎるだけだろ。僕は標準だ」

 「いや、痩せすぎだね。また飯を食わせるからな。もっと太れ」


 そう言うと、雄介はニカッと笑顔を作り、家の扉を大きく開いた。僕はそれを見ると、おじゃまします、と言ってから家の中に入った。

 そこである違和感を感じた。

 靴を脱ぐためにしゃがんだ時に見えた靴箱の中。その中に女性用の靴が入っていた。

 雄介、結婚していたのか?だが、自分は何も聞いていなかった。結婚式を挙げたという話も聞いていない。


 「あ〜‼︎レンくんやっと来たの⁉︎」


 懐かしい声が聞こえた。この声を聞くのは小学生の時以来か。

 目の前には、僕の初恋の人、遥香はるかさんがそこに立っていた。


 遥香さんは、僕が小学生の頃に隣に住んでいたお姉さんだった。ちょうど僕が小学校を卒業する時に、東京に引っ越すことになったらしく、そこからは完全に関わりがなくなってしまった。

 そんな彼女が、何故か目の前に立っている。僕が固まっていると、雄介が説明をし始めた。


 「蓮には内緒にしてたんだけどな。俺の彼女の遥香さんだ」

 「な、なんで内緒に?」

 「蓮の驚く顔が見たくてな。遥香さんと相談して、蓮には黙っていることにしたんだ」


 未だ、僕の心は驚きに支配されていた。

 そのことを聞いても、大きく反応する事ができない。だが、小学生のころの感情を思い出すと共に、胸が少しずつ痛くなってきた。

 遥香さんは昔よりもさらに綺麗な人になっていた。昔と同じように優しいところも変わっていないだろう。雄介が惚れるのも無理はない。

 雄介は雄介で、人を気遣える面もあり、はじめに受ける印象とは違い、優しさが目立つようなやつだった。

 2人とも良い人だ。自分の人生で出会った中でも、指折りの人たちだ。

 幸せになってほしい。


 「なあ、蓮。俺たちの結婚式で友人代表スピーチをしてくれないか?俺たち2人とも、蓮がしてくれることに納得してる」

 「そう、レンくんは私たちの人生に大きく関わった人じゃん?レンくん以外に適任はいないと思うの」


 眩しい。思わず、目をつぶってしまいそうなほど眩しかった。

 2人とも、自分の大切な人だ。幸せになってほしい。

 でも、2人とも遠くに行ってしまうようで、寂しさを感じた。2人の幸せを祈っているけど、同時に本当に幸せになってほしいと思えるのか、自分の中に疑問が浮かんだ。


 「なあ、蓮。無理にとは言わない。でも、友人代表スピーチは、お前にして欲しいんだ」

 「……わかった」


 僕は矛盾を抱えた笑顔で雄介の手を取った。家のベランダにあるコリウスの葉が、ハラリと落ちるのが見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

コリウス 海湖水 @Kaikosui

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る