◆幸せの味

 クラス内は純菜と、おまけで俺の話題で持ち切り。

 担任の青村が止めても収まる気配はまったくない。みんなワイワイとお祭り気分だった。

 こんな賑やかな教室は初めてかもしれない。

 俺の名前が出ることも初。

 ようやく『ゴースト月島』の汚名を返上できそうだな。


 さすがにこの状況下では授業にならず、青村もコミュニケーションの時間として自由時間を与えてくれた。

 純菜の周りには人だかりが出来ていた。

 全員が殺到していた。

 すごい人気だな。


「純菜ちゃん、可愛い!」「東京から来たんだって~?」「都会っ子だね!」「髪長くて綺麗」「今日から友達ね!」「結婚してくださあぁあい!」「好きな食べ物は!?」「アニメとかゲームとか好きかな」「月島と兄妹ってマジ?」「いや、脅されているんだろ」「なあ、ちゃんと言った方がいいぞ! 警察呼ぼうか?」



 誰だ、結婚とか言ったヤツ。殴る。


 ――って、おい!


 俺は無実だ!!


 まだなにもしていない。

 清く正しく純菜と兄妹やってます!!



 しかし、凄い人気だな。

 やはり、転校生が珍しいんだろうなあ……。

 などと傍観者を決め込んでいると男たちが複数俺のところへ来やがった。……来なくていいのに。



「おい、月島!」「これはどういうことだ!!」「俺たち、友達だよな!?」「純菜ちゃんに告白していいか!」「俺は結婚するね!」



 好き勝手言いやがって。

 今まで散々俺をいなかったことにしていたのに、こんな状況になって話しかけてくるとか……信じられん。


 こんな奴らは俺から見て“映る価値なし”だ……!


 脳内消しゴムで目の前の男共を『削除!』そして『削除!』と最後に恨みを込めて『削除おおおおおおおおお!!』してやった。

 要は無視したわけだが、男共はしつこかった。

 仕方ない、ここは穏便にいくか。


「……俺のことは放っておいてくれ」


 これしかないと思った。

 きっとこれで男共は勝手に離れていくと思った。


 だけど。


 前の席の男子が俺の肩に腕を回してきた。


「なにクールぶってんだ月島。こうなったら俺たちは一蓮托生だ……」

「――は? てか、誰だっけ」


「おいおい。前の席の木崎きざきだよ。木崎きざき 錬太郎れんたろう。よろしくな」


「よろしくと言われてもなぁ」

「気にすんなって。ここに群がっている雑魚共は俺が追い払ってやる。――というわけだ、席に戻れイナゴ! これ以上近づけば、お前らをひとりひとり垂直落下式ブレーンバスターでぶっ飛ばす!」



 木崎くんの威嚇のおかげで、他の男共は席へ戻った。

 へえ、強いんだな。

 そういえば悪そうな顔しているし、近寄りがたい雰囲気をしていた。俺も苦手ではあったけど、今の状況を見て認識が変わった。


「ありがとう、木崎くん」

「気にすんな。俺たち友達だろ」

「それは分からないけどね」

「困ったときは助け合おうぜ!」


 なんだか変なのに気に入られたなぁ。



 そんな騒々しい時間が続き――とうとう昼休みを迎えたのである。



 俺は即、純菜を掴まえて廊下へ。

 こうでもしないと、またクラスメイトが殺到するからな。



「すまん、純菜。初日から大変だよな」

「ううん。みんなと仲良くなれたから良かったよ」

「順応早いな。羨ましいよ」

「お兄ちゃんは……なんか男子から憎まれていたね」


「ああ、どいつもこいつも嫉妬していたよ。あんな可愛い女子がお前の妹なわけがない! 犯罪だ! なんて言われたよ」


「酷いね……」


「けど、前の席の木崎ってヤツのおかげで、雑音を追っ払ってもらえた」

「あ~、あの人ね」


 当然、純菜の席とも近いので顔は覚えたようだ。

 あれから木崎くんとは少し仲良くなり、会話をするようになった。

 ……奇跡だ。

 さかのぼることカンブリア紀。前世がハルキゲニアだった俺は、約五億年前からぼっちだったわけだ。それが今ようやく終わった。

 新たな時代に突入したのだ。

 人類でいうところの二足歩行にようやく達した。

 火を扱えるようになるのは、もっと先だけど。

 つまり、友達だとかそういう領域。

 多分、ないな……。

 今は純菜のことで手いっぱいなのである。


 歩いて体育館の方へ。

 あそこは人も多くはなく、遮蔽物も多いので隠れやすい。

 ちょうど案内もできる。


「体育館?」

「そうだよ、純菜。ここで飯を食う」

「お兄ちゃんって、いつもここで食べてるの?」

「…………う」


 そうなんだよな。今までの俺はずっとこの場所を利用していた。

 お昼になれば直ぐに教室を飛び出し、体育館へ直行。ここが俺にとっての聖地となっていた。

 けど今日からは違う。

 違うけど――説明がし辛いな!


「あ……そっか、ごめん」

「いいんだよ。今は状況が変わったからな」


 体育館の隅に座り、俺はパンを取り出した。


「ありがとう。牛乳パンって珍しいね」


 パンの間に牛乳のクリームが挟まっている。

 俺はこれにハマっていて、ずっと食っているのだ。

 安くて美味しい。コスパ最強のパンだ。


「一緒に食べよう」

「じゃあ、先にわたしがお兄ちゃんに……“あ~ん”してあげるね」

「ナンダッテ」


 固まっていると牛乳パンをちぎり、それを俺の口に運んでくれる純菜。ありがたく、いただいた。


 ……うめぇ。


 美味すぎて脳がバグりそうだ。

 いつもに増して甘くて美味しい。

 なんだこれ。

 なんでこんな味が違うんだ!?



 し、幸せえええええええええ――――!!

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