◆お兄ちゃんに好きになってもらえるよう、がんばるね - I'll do my best so that you’ll like me, big brother

 いろんなゲームに没頭していると結構時間が経ってしまった。

 もう夕方か。

 遊びすぎたな。

 そろそろ腹も減った。

 作る気力も時間もないので、スマホで飯の注文を済ませた。


「あ~、疲れた。お兄ちゃんの家、ゲームセンターみたいで最高だね!」


 あれから各ゲーやパズルゲーム。

 メダルゲームでも遊んだ。

 これまたおじさんの趣味で、メダルゲームのプッシャーがあった。メダル落としゲームのヤツだな。

 バベルなんとかと言って結構デカい台なのだが、メダルがタワーになっていて倒すのが楽しいんだよな。


「なぜか娯楽だけは充実しているよ。まだ隠されている部屋がいくつもある」

「す、すご……」

「またそのうち紹介するよ。それより、飯を注文した」

「ありがと~。ずっと食べていなくてお腹ぺこぺこ」


 それを聞いて俺はギョッとした。


「いつから食べていないんだ?」

「朝からずっと」

「えっ……」


「それも二日前。だって、ここへ来るお金が必要だったしさ……。資金、あんまりなかったから」


 なんとか手に入れた十万円ほどの所持金で、熊本まで来たようだった。なんて無茶な。というか、下手すりゃ無謀だぞ。

 だけど、そこまでして頼りたかったってことだよな。

 なんだか可哀想に思えてきた。

 俺よりヒドイ状況だったのかも……。


 しばらくして出前のウーハーイーツから飯が届いた。

 袋を受け取り居間へ戻った。


「飯を受け取ったぞ」

「おー。デリバリー利用するんだね」

「料金が高いからあんまり使いたくはないんだけど、便利だからね」

「分かるー!」


 納得する純菜。

 料金こそ高いが配達してくれるから楽なのだ。

 俺は袋からチーズバーガーとポテト、それとコーラを取り出す。


「ジャンクフードで悪いが」

「ううん、嬉しいよ。マクナルだよね」

「んぉ。その略し方する人を初めて見たよ」

「え? そうなの?」

「普通、マックとマクドじゃ……」

「お兄ちゃんはどれなの?」

「俺はマッキーだ」


 そう打ち明けると純菜はコーラを吹いた。


「ぶはっ! お、お兄ちゃん。それほとんど原型ないじゃん!」

「変かな」

「うん、すっごく変。訂正すべき」


 知らなかった。

 俺はぼっち生活が長かったからな。いや、だけど純菜も変だと思うけどなー。マクナルなんて言う人、ネットだけかと思った。


 食事を進め――まったりとした時間が流れていく。


 ひとりではない空間がそこにはあった。

 女の子がいるってだけで、こんなに華があるのだな。

 それと同時に、とても楽しいと心の底から思えた。

 純菜の笑顔はまぶしいほどに天使すぎた。

 しかも、時間の経過もとてつもなく早い。

 これがアインシュタインの言っていた相対性理論ってヤツかな。



「――さて、飯も食った。部屋を案内する」

「わたしの部屋ってこと?」

「そうだ。純菜の部屋だ」



 立ち上がり、寝室へ向かう。

 空き部屋は三つある。

 どこを使ってもらおうか。

 俺の部屋からは少し遠めにした方がいいよな。女の子だし。うん、そうしよう。


 一階の奥にした。

 あそこは、おじさんの謎リフォームで洋室。カギも掛かるし、なぜか地下室もある。安全だ。



「ここ~?」

「純菜の部屋だ」

「へえ、武家屋敷なのに洋室があるんだ。変なのー」

「正確に言えば武家屋敷風だな。近代改修されているから」


 でなければ電気もそうだが、電話やネット回線、洋式トイレだとかアンテナだとか取り付けられない。風呂も現代的なものに置き換わっていた。

 ここへ来た当初、かまどやら五右衛門風呂を見た時はビビったが。

 おじさんの強い要望で囲炉裏いろりだけは残したけどな。



「お~、なにもない綺麗な部屋だね」

「落ち着きがあっていいだろ。今時だ」

「うん。普通の部屋と遜色ないと思う!」


 気に入ったのか純菜は、きゃっきゃとはしゃいでいた。

 まだベッドもなにもないので予備の布団を運んだ。あと、おまけで座布団。


「最低限だが、今はこれで許してくれ」

「十分だよ。ありがと」

「明日には整える」

「今日は嬉しかった」

「これからさ」

不束者ふつつかものですが、よろしくお願いします。お兄ちゃんに好きになってもらえるよう、がんばるね」


 純菜は、まるで旅館の女将のような綺麗な座礼をした。

 あまりに自然で驚いた。

 そこまで馬鹿丁寧に挨拶されるとは思わなかった。

 この子は幸せにならなきゃダメだ。

 俺が守らないと――。



 ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇



 とうの土曜が終わり、日曜の朝を迎えた。

 午前七時。

 俺にしては早起きだ。


 今日は休みでよかった。

 純菜の必要なものを買いにいけるからだ。


 自分の部屋で起床し、外の和風庭園を眺めながらそう考えた。

 ……そうだ。昨日は義妹を迎えたのだった。

 まだ実感はないけれど、今この屋敷にはアイドル級の美少女が住んでいる。

 それだけで十分すぎる朗報だ。

 朝から気分爽快だ。

 空気が美味い。


 スマホを見てメッセージと天気を確認。


 むろん、メッセージアプリに一件もないわけで。

 友達からふざけたメッセージもない。

 そもそも、友達なんて0人。

 こんな家族すら登録されていない寂しい友達リストは他に存在しないだろう。

 ……まあ、俺の両親は火事で帰らぬ人となったのだが。


 寂しいと思うことは毎日だった。


 しかし、昨日から人生が一変した。

 退屈だったこの世が急激に価値のあるものに変わった。


 今は一歩ずつ進むことしかできない。

 陽キャのように突っ走るなんて性に合わない。

 俺には“牛歩”がお似合いだ。

 それが俺という性能スペックの限界だからだ。

 馬鹿なりに、不器用なりにがんばってみますか――。


 義妹との生活を。

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