◆可愛い義妹のために - For My Cute Little Sister-in-Law

 突然はじまった義妹との新生活。

 なにもかもが不足している。

 女の子の知識、生活物資、家具など……。

 俺はスマホを使い、ネットで情報収集をした。


 ――うん、分からん。


 考えることを放棄し、俺は居間にいる純菜の元へ向かった。

 今は着替えて可愛らしい私服姿だった。

 こ、これは……いわゆる地雷系ってヤツかな。


「あ、お兄ちゃん。待ってたよ」

「すまんね。ところで欲しいモノはあるかい?」

「欲しいモノかー。うーん」

「これから一緒に生活するんだ。なにかあれば言ってくれ」

「今のところは大丈夫」


 なんだか遠慮しているような。

 いや……それもそうか。

 まだ会って一時間も経っていない。

 俺もどうしたらいいのか戸惑っているからな。

 おじさんに電話をしても留守番。頼れない。


「分かった。必要な時は言ってくれ」

「うん。ありがと」


 会話が続かない。

 なにを話せばいいのだろう。

 まともな会話も久しぶりだから、どうすればいいのやら。


「…………」

「ところでお兄ちゃん」

「うん?」

「この家すごく広いね」

「あ、ああ……おじさんのおかげさ」


 俺の家はこの辺りではかなり広い武家屋敷。

 縁側から望む庭も広々としてキャッチボールくらいなら出来る広さ。

 古い屋敷だが、内装は思ったよりも近代的。テレビやパソコン、電子レンジや冷蔵庫など当たり前なものは一通りそろっている。

 おじさんの趣味でゲームセンターの筐体やパチンコやパチスロの台があったりする。他にも娯楽はあるので、ひきこもりには最高の環境だ。


囲炉裏いろりとか初めて見たよ」

「現代っ子には馴染ないよな。俺もだけど」

「こんな広いところに一人で住んでいたんだね」

「まあな」



 早くも両親を失くした俺。

 親の遺産と保険によって莫大な金が入った。

 りゅういちろうおじさんが適正に管理してくれてたおかげで、この家も無事だった。

 もともと婆ちゃんの家だった。

 しかし、老朽化で売り払うだとか取り壊すだとか物騒な話が出ていた。そこで俺はこの家を維持することにしたのだ。



「良い家だね。素敵」

「そう言ってくれると嬉しいよ」


 まだ静かな時間が流れる。

 いや、ホント……早く慣れないとな。

 自然な会話ができるようにならないと、毎度気まずい空気が流れて困る。



「そ、そうだ。純菜、学校は?」

「ここへ来る前に辞めちゃった」

「や、辞めちゃったの……」

「うん。東京に住んでいたんだけどね。ほら、ここって熊本だし」


 東京に住んでいたんだな。

 都会からわざわざこんなところまで。

 俺を頼るほどの事情があったわけだ。

 まだ詳しくは聞いていないけれど、あの時の瞳はあまりに悲しそうで聞きづらかった。多分俺と同じだ。



「理解した。じゃあ、俺と同じ高校に入るか」

「うん、そのつもり。もう転校手続きは進めたよ」

「すでにやっていたか」


 きっと、おじさんの計らいだろうな。

 納得して俺は更に純菜のことを聞くことにした。

 そうだ。聞けばいいんだ。

 その方が手っ取り早いし、理解も深まる。


 そして色々分かってきた。


 純菜はもともと高校生。

 先々週には学校を辞め、熊本こっちに来たようだ。

 ある事故(詳しくは話してくれなかった)により、東京にいられなくなり、資金繰りも厳しい状況にあったようだ。

 パパ活をしたり、風俗店で働くことも考えたようだが、そこまでの勇気はなかったという。そもそも、そんな精神状態ではなかったらしい。


 ……今はこの情報で十分だ。


 またその内に聞くことにして、俺は家の案内を進めた。

 純菜は俺の後ろをトコトコとついてきた。なんか可愛いな。


「ここは?」

「娯楽室さ。おじさんの趣味でね」


 扉を開けると、中はゲームセンターの筐体やらで埋め尽くされていた。


「わ、すごっ!」

「ガンシューティングやパズルゲームの“ぶよぶよ”とかお馴染みの格闘ゲームもある」

「メタスラもあるー!」

「知ってんのかよ!」

「だって、これアプリあるし」

「そうなのか?」


 アプリ検索したら本当にあった。

 純菜はゲーム結構好きらしいな。

 一緒に遊んでみるのも手か……!?

 そうだな、ゲームで距離を縮めるのもアリだ。


「ねえねえ、お兄ちゃん。これ遊べるの?」

「もちろんだ。おじさんが定期的にメンテナンスするからな」


 興味津々の純菜は、ガンシューティングの筐体の前へ。

 それをやりたいのか。


「やってみる?」

「うん!」


 電源をつけ、管理者権限でクレジットを入れる。

 タダで遊べる優越感。

 いや、俺はもう遊びつくしているけどな。


 銃を手に取り、画面に向けて操作していく。


「こう手で握って」

「敵を倒せばいいの?」

「ああ、そうだ。ちゃんと引き金を……そうじゃない」


 俺は純菜の背後に立ち、レクチャーしていく。


 ん……アレ。


 自然と純菜の手に触れていた。

 さらに重大なことに気づいた。

 目の前にサラサラの長い髪。

 良い匂いがする。

 純菜の小さな背中が俺と触れ合う。

 人生で感じたことのない感覚に俺はビビった。


 こ、こ、これは……!


「どうしたの、お兄ちゃん?」

「す、すまん! セクハラで訴えるのはカンベンな!」

「へ? あ~、あはは。大丈夫だよ。そんなことしないし」

「それならいいが」

「早く操作方法教えて。手に触れていいからさ」


 まだゲームも始まっていないのに、純菜は楽しそうだった。

 さっきまで不安そうで悲しそうだったけど、良かった。


 俺自身、ずっと暗闇の中でさまよっていた気分だったけれど、純菜のおかげで一点の光が差した。

 止まっていた針が動き出したような気分だ。


 こんな生活を俺は待っていたのかもしれない。


「よ、よし。純菜、引き金を引いてゾンビを倒す! こんな感じだ」

「おー。おかげで感覚がつかめた。ありがとね」

「いいさ。今度は二人でゲームを進めよう」


 一緒になって画面に銃を向ける。

 初日からこんなデート気分を味わえるとはな。


 おじさんのおかげで俺は、自分のしたいことが見つかった。

 可愛い義妹のために――いや、今はボスゾンビを倒す!

 ゲームをクリアしてから考えよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る