夢を見た
ニニ
夢を見た
私のことを忘れてください。あの時の日常を忘れて、生きていてください。私とあなたは同じ高校に集まった一時の友人。それだけです。あなたの幸せを願っています。
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最近変な夢を見た。リズミカルな音楽にキャラクターの着ぐるみが踊っている。国民的テーマパークの中に似つかない温泉があり、時間に追われながら浸かる。修学旅行みたいだなぁ、なんて思う。自分の隣に女の子が座っていた。絶対に忘れることのない顔。声をかけたかったが、かける言葉が見つからなくて、私は喉を詰まらせた。あの子は中学生の時に片思いをしていた子だ。
「ねー華名聞いてよ。また彼氏とケンカしたぁー」
「どしたん?」
「マジ最悪なんだけど。前はもっと愛してるって言ってくれてたのに大学行ってから超冷たい」
毎朝、由衣は登校したら昨日の彼氏のここが悪かった選手権が始まる。3年目に突入した日常を彩る、飽きることのない大会だ。しかし講評を求められる中立の私は、お決まりの言葉を口にする。
「別れたら?」
「えぇーひどーい」
「だって興味ないもん」
出席番号が一個後というだけで毎日愚痴を聞かされるこっちの身にもなってほしい。ご先祖様は皆リア充とは言うけれど、それでもリア充は嫌い。女子校とは違い、共学には恋愛がそこらじゅうに落ちているので巻き込まれる確率も高くなっている。
「ねーいっつも私が話してばかりじゃん!華名もなんかないのー?」
「昨日やってたお笑い番組見た?私は見てない」
「違うの!恋バナ聞きたいよー受験に追われて恋バナ不足なんだよー」
「じゃあ私じゃない人と話すべきだと思うよ」
「でもオルナト様の話わかってくれるの華名だけじゃん」
「ゲームの話はわかるけどリアルはさっぱりだよ」
「はぁー彼氏とデートに行くかオルナト様の10万字夢小説を読みたい……」
「浮気じゃん」
「リアルでも彼氏は必要じゃん?」
3次元と2次元で彼氏持つってなんだ。オタク文化が世間に浸透した昨今において次元を超えた二股は普通なのか?最近のJKはわからん。
「そっちも懲りずに毎日恋バナできるのすごいよね」
「そりゃあだって毎晩2時間くらい通話してるんだもん」
「こっわ」
「で、好きな人とかいないの?彼氏欲しくない?」
最近の社会情勢的に彼氏という性別を特定する言葉は使わない方がいいと思う。でも由衣の隣にいるためには余計な反抗はしないが、それなりに従順さは求められるためスルーが鉄則。同性を好きになると少しでもバレたら終わり。中学の二の舞になってしまう。
「ま、今はいいかな」
「華のJKなのに!?ウエディングドレス可愛くない?」
「結婚願望も今のところ。まぁ今じゃ当た」
「由衣いるー?」
あの顔はバレー部だ。由衣を含む学年三大ギャルが全員集っている陽キャの聖地。
「集まりって今日だっけ?」
「そうだよー。ちなみに由衣の遅刻で中本先生激おこ中」
「最悪。ちょっと行ってくる。華名も一回付き合えばわかるよ!」
「あぁちょっと待って」
伸ばした手を引っ込める。夏休み中の引退試合に向けて練習を強化していると聞いている。帰宅部に入っている私に止める権利などないが、話の途中だったのでキリのいいところまで話したかった。
「部活に恋愛……青春を謳歌……恋愛……」
教室の隅に取り残され、独り言をぼやく。
ここ最近は由衣が忙しくなったからか、教室で一人になった時、寂しさを感じるようになっている。そんな時間の直前に恋バナを考えてこいなんて言われると考えざるを得ない。
ちょうど今日の夢に出てきた初恋相手を思い出す。裁縫が得意でマンガが好きで照れると暴力を振るう可愛い子だった。結局、私はこの恋を拗らせている。最後の出会いから2年以上が経とうと言うのにいまだに新しい恋に出会えていない。私だって乙女だ。恋の一つや二つしたくなる。
今の机から窓は近く、バレー部らしくユニフォームが体操服で走っている様子が見える。あと5分もしたら急いで階段を登ってくることだろう。今日も朝礼のチャイムがなる。
ーーーーーーー
夢を見た。夕陽に染まる体育館のそばで顔も名前もわからない人に告白をした。……気がする。夢見が悪かった。全てが不協和音を奏でていて頭痛と闘いながら起きた。
「なんか顔色悪くない?」
「今日見た夢が最悪でね……」
「あーね。保健室行く?」
「そういうわけにもいかないんだよね」
鞄の中から一枚の封筒を取り出す。ハートマークのシールで封がされている”いかにも”なラブレターだ。
「あらあら……これは華名の惚気が聞けるのも時間の問題ですねぇ……」
「今日の夢でも告白されててさ。んで学校来たら下駄箱にあって気持ち悪いったらありゃしない」
「予知夢ってやつじゃない?相手は誰?」
「夢の方はわかんないけど、ラブレターは去年の修学旅行で一回断った人っぽいんだよね」
「ちょっと待って。去年の修学旅行で一回断った人?え。告白されてたの?」
「一応ね。2日目の夕飯で呼び出されて。気持ち悪かった」
「言ってよ!同じ!班!だったでしょー?」
「誰よりも早く他の部屋に行った人に言う必要はないかなって」
「私たち友達でしょ!?」
由衣が想定以上に食いつきが良かった上に、想像以上の迫力に押されてしまう。
「で、いつ呼び出しくらってんの」
ちょっと拗ねたような態度で質問された。
「今日の放課後だよ」
「バレー部あるじゃん!」
「私も差出人もバレー部の練習は関係ないんだよ」
「でも意外だなぁ。華名が告られるなんて」
「遠回しにブスって言ってます?」
「いや、二次元優先するタイプじゃん?」
「そうだけど」
「どうせ今回のも断るんでしょ?」
ずっと考えていた。「恋人がいる」という経験はJKのうちにしておいた方がいいのではないか。なるべく世間から浮かないように経験するには今回のチャンスがうってつけだろう。
「いや……今回は受けてみよっかな」
「え!?」
「やっぱ今年で高校生も最後だし、由衣の言う通り恋愛もしとこっかなって」
「マジかー華名もとうとう恋人デビューですかー。蛙化現象にだけは気をつけなよ!」
「流行ってるやつ?」
「あれ元彼でなったんだけど、マジで一瞬で冷める」
「そうなんだ」
流行ってることだけ知ってるから実のところ意味までは知らない。
「一限の数学、小テストあるらしいって向こうで騒いでるけど範囲知ってるー?」
「52から56のはず」
「ありがとー!」
私がページ数を教えると後ろを向いていた由衣は机に向かって公式を音読し始めた。
放課後になり、ジャージに着替えて体育館に飛び出すバレー部を横目に帰る準備をする。本来なら呼び出しを喰らっているが行きたくないので気づかなかったふりをしたかった。人のピークが過ぎ去る前に足早に下駄箱に向かう。
「広早さん!広早華名さん!」
私を呼ぶ声が聞こえた。そこそこ大きい声だったから、周囲の人たちも私たちの方を見ている。
「僕、放課後に理科室来てくださいって言いましたよね?なんで下駄箱の方に……」
「あぁー……ごめんね。去年も言ったけど私、二次元の方が大切だから。それじゃ」
「ちょっと待って!」
気持ち悪かった。周囲の目線がこっちを向いてるのは分かりきっていたから、ほぼ駆け足で吐き気を我慢しながら家に帰る。家に着いてからも何度か嘔吐いた。去年の夜中の呼び出しとは違う白昼堂々の公開告白に心が耐えきれなかった。
水を飲み、落ち着いた頃にスマホにDMが来ていた。
[結局告白どうだったの?]
[急に公開告白されてビビって帰っちゃった]
事の顛末までは書かず、最低限の事実だけ連ねて送る。
[蛙化現象起こしちゃったかー]
[久々にカラオケ行かない?]
[気分転換にってこと?今週末とかどう?]
[あーごめん、その日予定あるんだわ]
[また学校で話そ]
返事を見届けて私はソファに寝転んだ。そのままスマホで蛙化現象を調べる。恋人の言動で、恋人自身を気持ち悪く思ってしまう現象らしい。確かに気持ち悪さはあったけど、なんとなく蛙化現象ではない気がする。やっぱり好きでもない人と付き合うのはダメだったのかな。もし、あの子と運命の再会を果たせたら私は付き合おうと思うだろうか。落ち着いたはずの吐き気が戻ってきた。
ーーーーーーー
久々に夢を見た。夢というより思い出に近い。中学の下駄箱で下校のチャイムをバックに友人と会話をしていた。この頃の私は、女子を好きになってしまったことを誰かに伝えたい気持ちと、批判の目が怖い気持ちを抱え込んでいた。
「そういやさ、華名って好きなタイプとかあるの?」
「えぇ……唐突だなぁ……」
「別に深い意味はないよ。ただ知らないなぁって思って」
もしかしたらこれはチャンスかもしれない。ここで女性の名前を出して反応を探ればいい。
「あぁー社会の本橋先生とかー家庭科の水浦先生とか?あんな感じの雰囲気持ってる人」
「どっちも女性の先生やん」
「いいでしょ。あくまでタイプなんだから」
「それはそうだけどさー」
迂闊だった。なんとなく好きな子の特徴に当てはまりそうな先生で例えただけなのに。上手く誤魔化せただろうか。英語で「例えば」は「Like a 〇〇」というがこのlikeが好きと捉えられるとは思ってなかった。ただもう女子を好きになるとは言えない空気だった。記憶が正しければ、このまま別の話題に移ったはず。
「女子好きになるやつが女子校に来るとかさ、ロリコンが小学校襲うのと一緒みたいなものでしょ?マジやばいよねー」
夢ならではの脚色に私は下駄箱の前で思わず止まってしまった。
「……うん。そうだね」
絞り出した声は届いただろうか。棘のある言葉は私の気持ちを肯定してくれていた。中学で初めて知った自分の嗜好と、女子ばかりの空間で女子を好きになるという罪悪感は日に日に私の心を蝕んでいったが、それを声に出して被害妄想から被害にしてくれた。夢の中だから妄想を超えることはないけれど。
いつもより少し早起きをした。見た夢の相性が悪かった。よりにもよって今日はその中学の文化祭に遊びに行く日だった。中高一貫の女子校を辞めて3年。今年が同級生が関わるラストチャンスなのだ。
友達と合流して知人と出逢いながら教室を回る。変わらない校舎と雰囲気で中学時代を思い出した。女子に恋をすると気づいて以来、女子校という場所で自分どう表現するか迷っていた。一歩間違えれば居場所を失う。だからこそ逃げてきた。
食堂でレモネードを売っていたので並んで飲んだ。私と、同じく辞めた子と、まだ高等部に残っている子の3人だ。
「なぁーアンタら二人とも共学やろ?やっぱ彼氏とかできたん?」
「あぁーうちさ。アロマンティックって言って恋愛感情芽生えない人なんだよね。LGBTの一つ」
「へーそんなんあるんや」
あまりにも自然に言うからびっくりした。そうか、私は少し勘違いをしていたかもしれない。意外と受け入れてくれるのだ。ましてや今この空間にいる人は全員他校。居場所も失わない。
「でもなんか分かるかも。私も恋はするけど両思いは違うって思うもん」
よし、言えた。大丈夫。さっき受け入れてくれてたし?恋をする気持ちは一緒だし?多分いける。
「蛙化じゃん。一緒にすんなし」
何も考えずに家に帰った。
辛かった。心のどこかにある蛙化を見下す気持ち、私は蛙化じゃないと言うプライド、きっと蛙化ではない事実をたった一言で貶された。片思いができてしまう私に中途半端に同意されたのが癪に触っただけだと思うけど、その裏にある「恋をした人間は両思いを望む」という価値観で、私が蛙化現象を起こした可哀想を自称する人間と決めつけて攻撃されたのが許せなかった。どこか決定的に分かり合えない溝があって、ひたすら孤立しているのを感じる。相手に幻滅してるのではない、自分に憎悪が向いている。これを蛙化現象の一言で収めないでほしかった。
好きの種類が違うのだ。それはLIKEかLOVEみたいな問題じゃない、完全な別物なLOVE。ずっと思っていた。同性愛者は異性を好きになるように同性を好きになるだけで何も変わらないのだ。ならば私は?異性を好きになるように同性を好きになれなかった。
ーーーーーーー
最近変な夢を見た。リズミカルな音楽にキャラクターの着ぐるみが踊っている。国民的テーマパークの中に似つかない温泉があり、時間に追われながら浸かる。修学旅行みたいだなぁ、なんて思う。自分の隣に女の子が座っていた。絶対に忘れることのない顔。この景色、内容は知っている。
「闖ッ蜷はさぁ結局意気地なしだったよね」
喋りかけられるとは思ってなかった。ただ違和感がある。
「闖ッ蜷は告白して来なかったじゃない。私ずっと待ってたのに」
「なんで告白しなきゃいけないの?」
「そんなこともわかんないの?」
違う。あの子はそんなこと言わない。あの子はもっと優しくて私のことなんてクラスメイトとしか思っていないはず。
「今なら闖ッ蜷の言いたいこと聞いてあげるからさ。ずっと何が言いたかったのか教えてよ」
「違う!!」
声を荒げてしまった。銭湯に声が響き渡るが他のお客さんは誰も自分を見ていなかった。私に何も言いたいことなんてなかった。だから私は喉を詰まらせた。そのはずだった。ずっとあの子に囚われている。
朝起きて、朝食を食べて、部屋に戻って、二度寝防止のアラームを止めて、服に着替える。由衣に影響されたスクールメイクをこなして、髪を一つに結んで家を出る。いつもより15分遅かった。
教室に着くと私の席を誰かが奪っていた。
「由衣はさー、なんで華名と話すの?うちのクラス来なよー」
「でもスタクロの話できるの華名だけなんだよ。席も近いし」
「どこー?」
「アンタが今座ってるところ」
「マジかよ」
三大ギャルが集まって会話をしている。由衣は自分の席に座り、私の席に一年生で一緒だった千佳、もう一人は多分会田さんだったはず。千佳はアルコールで私の席を消毒していた。
「こないだの公開告白された件話題になってたよ」
「あーそれ自分も聞いた。結局逃げたんやろ?告白くらい真っ当に受けれない奴が由衣の隣にいるとかありえないんやけど」
「隣じゃなくて後ろね」
三大ギャルに嫌われたら学校で居場所はないという噂は、この学校にいるなら誰もが知っている。その一人に席を奪われ、話の中心人物が私である。教室に入る勇気が出なかった。
「で、当の本人は来んの?接点なくて顔知らんのんよね」
「いつもなら来てる時間なんだけどねー」
「華名はねー変わってるやつだよね。一年の時に「なんで両思いになりたいの?」って言われたんだよ?そりゃ恋したら付き合いたいと思うでしょ普通」
「何それ?好きな人と付き合うって発想がないってこと?」
「じゃあ告白逃げてもしゃーないな」
「でもさ、付き合いたくないとかありえなくね?欠陥じゃん。付き合ったこともないくせに言うなよ」
「スタクロの話してくれるし、良い人だと思うんだけどなぁ」
「変なやつだよ」
「変わってるが吉と出るか凶と出るか。発酵と腐敗みたいなものだねぇ。ま、由衣が面白いっていうならそうなんやろ」
「あっそ。うち一限小テストあるから帰るわ」
千佳が席を外れた。すれ違いさまに舌打ちをされたが、いつものことなので気にせず、私は入れ替わりで入る。
「おはよー」
「今日は遅かったねー」
「寝坊したんだよね」
「こっちはバレー部の遥。さっきまで千佳もいたんだけど帰っちゃった」
「会田遥でーす」
会田さんは両手でピースを作って笑った。ギャルはギャルでも素朴なギャルだ。由衣たちに比べるとメイクも薄めだが、明るめの茶髪を外巻きで下ろし、スカートは一番短い。何より、くしゃっと笑う笑顔が可愛かった。方言が混じった軽い喋り方がクセになって、話したい意欲を掻き立てる。
「んでさ、カラオケいつ行くー?」
「え、カラオケ行くん?」
「告白されて蛙化起こした記念のカラオケ」
「何それ面白そう」
「終業式の放課後とかどう?午前だけだし、由衣誕生日近いでしょ?一緒に祝おうよ」
「遥も来る?」
「いいのー?やったー誕プレ持ってくねー」
棒読みに近い言い方で感情を並べるのにギャルを感じる。由衣もそうだが、性格のいいギャルは好きだ。
「いつものとこでいい?」
「いいんじゃねー」
「んじゃ予約しとくー」
私から誘っておいて由衣が仕切っている。しかも主役が。代わってやりたい気持ちでいっぱいだが、すでにスマホを取り出した由衣をどうやって止めるべきだろうか。
「あーいいよ。自分がやっとくよー」
「マジ?」
「由衣誕生日近いんやろ?これくらいやるやる」
「ありがとうー!」
由衣が会田さんに抱きつく。由衣はバレー部の試合で点を取ったら抱きつくからか、会田さんは対応に慣れていた。右足を半歩後ろに下げて体重を預けた後、由衣の腰に手を添えて下ろす。そして肩を叩く。その対応の仕方でわかった。背番号三番の子だ。
「ね、あんた予約やる?」
ぐるっと首を曲げて話しかけてきた。やりたかったのは本当だから嬉しかった。
「あ、うんやる」
「さっき申し訳なさそうな顔してたからしたいのかなーって」
「ありがとう……会田さん」
「遥でいいよ」
そんなに顔に出るタイプだとは思ってないのだが、出ていたというならそうなのだろう。会田さんの気遣いに感謝したい。
「んじゃ終業式の後、14時集合ね!」
「りょーかい」
3日後の約束をして会田さんは帰っていった。噂でしか聞いたことなかったけど良い人そうだ。千佳に嫌われている自覚がある分、他の二人には嫌われたくなかった。
「ごめんねー急に一人増えちゃって」
「別にいいよ。会田さんって背番号三番の人……だよね?」
「そうそう!よく知ってるね」
「まぁ由衣の試合見に行ってるからね」
「見にきてくれてるのマジ嬉しい」
正直な話、試合を見ただけで誰がどんな人なのかは覚えられない。ただ彼女は覚えている。去年の県大会で由衣の上げたトスを敵コートに返したのが三番の人で、彼女の打つボールはいつも綺麗にコートに入る。ただその時の髪色は黒だったはず。
「髪染めてたからわかんなかったや」
「3年になったら染めるって言ってたけど、あそこまで派手だとは思わなかった」
「校則ギリギリじゃない?」
派手すぎない色なら染めてもいいという校則の下、焦茶や茶髪は普通だが陽が当たると朱色になるほどの色はいない。
「でもまだ教師に捕まってないらしいよ」
すごいな。そこまでして染める理由がわからないが、本人が楽しそうだからいいか。
「カラオケ誘ってくれてありがとねー。私の誕生日のためみたいになったけど、本当は華名の蛙化記念だから」
「あぁ……うん」
そういえばそうだった。告白に気持ち悪さを感じたから忘れたくてカラオケに誘ったんだった。修学旅行の時もそうだったが、告白というのを前にすると気持ち悪さが増してくる。なんで人はその気持ち悪さを超えてまで誰かと付き合いたいと思うのか。
「欠陥じゃん」
千佳の言葉が頭の中で反響する。片思いには両思いがセットで、両思いには交際がセット。それがきっと世間の常識なのだろう。確かに、今まで好きだと思った人と付き合いたいと思ったことは一度だってない。告白すら考えたことがなかった。もしかしたら、普通は好きだと思ったら告白を考えるのだろうか。その価値観を持ち合わせていない私は、欠陥人間と言われも仕方ないのかもしれない。
「一回付き合ったらわかるよ」
由衣に言われた言葉が頭で再生される。付き合う。友達以上の関係。一緒に帰ったりってこと?想像が全くできない。
[付き合う 何をする]
スマホで検索をすればたくさんの記事が出てくる。頻繁に連絡をとる、デート、記念日。誕生日とかを祝うってことか。友達と何が違うんだろ。別に友達でも連絡も遊びも誕生日もできるよな。……恋愛向いてないかもしれない。きっと付き合うということは特別なのだろう。
[なぜ付き合う]
[両思い 何のため]
[友達 恋愛 違い]
検索しても私の納得する答えが出てこなかった。やっぱり恋愛向いてないかもしれない。
ただ一つわかったことは想像以上に世間とのズレがありそうだ。これは困った。
ーーーーーーー
夢を見た。体育館を廊下から眺めていた。視線の先には驕・縺輔がいた。サーブの練習をしているようで、こちらに気づいてはいなかった。引退試合で決めたアタックがかっこよかった。部活が終わってからも練習を続けているのだろうか。綺麗な弧を描くサーブに思わず見惚れてしまう。心の綺麗さがボールに伝わってるのかなぁ、なんて思いながら廊下の柱にもたれかかる。来月には同窓会以外で会うことはない仲になる。普段の緩さと鋭い動きがギャップとなってかっこよかった。制服姿のまま打ち続ける驕・縺輔が試合中の姿と重なって、あの時の感情を思い出す。陽が暖かいからか、ほんわかする。
「闖ッ蜷ちゃんじゃん。どうかした?」
「んーちょっと考え事」
ぼーっとしていたら見つかってしまった。
「何考えてたの?」
「驕・縺輔のこと」
「私のことー?」
名前が入るはずのそこには、当たり前のようにノイズがかかっていた。
「螂ス縺なんだよね。驕・縺輔のこと。縺っと蜑阪°繧」
「遘√b螂ス縺」
「譛蛾屮谿コ縺励※縺上l」
目を覚ました。ノイズの混じった不快な音で塗れた悪夢だった。
「なんで終業式で中本の話聞かなきゃいけないのよー」
「生徒指導なんだから仕方ないでしょ?ほら、今日のメンテ終わったらオルナト様のイベント始まるよ」
「オルナト様は来月誕生日なの!なんで今の時期に限定SSR出すわけ?石貯めさせる気ないでしょ」
終業式に限らず集会系の後は由衣の愚痴を聞きなだめる会が発生する。バレー部顧問の説教混じりの話と推しのバースデー直前の運営の裏切りが重なって一段と怒っていた。
「そんな陰気臭いままでカラオケ行きたくないんやけど」
「あ、会田さん」
「遥でいいって言ったじゃん」
「遥ぁー」
「スタクロの話はわかんないよ。カラオケ行くんでしょ?」
「行く!」
遥さんは人の心情を察して、厄介ごとを綺麗に交わすタイプだと思う。明るめの茶髪が陽キャ特有の威圧感を放っているけど、器用に人と関係を築いていくのが三大ギャルと呼ばれて、学年で一番モテる理由なんだろうな。でも由衣だって負けてはいない。女の私から見ても可愛い。童顔に綺麗さを足した、服やメイクが縛られないタイプの顔。学校で堂々とメイクをして前髪用のコームを常に持ち歩くが体育に妥協はないタイプのギャル。正直好みの問題だと思う。
「「ハッピーバースデー!」」
カラオケに着いて最初にやるのは由衣の誕生日を祝うこと。
「元彼は祝ってくれなかったです!今の彼氏は祝ってくれますかぁあ?」
マイクを持った由衣の独壇場である。こうなったら止められない。それは遥さんも知っているようでメロンソーダを飲んでいた。
「大変でしょ?由衣に付き合うの」
「……まぁ慣れてるので」
「一年から一緒なんだっけ?うちは2年で出会っとるから、そっちの方が先輩やな」
「でもバレー部の由衣を間近で見れるのも羨ましいですよ」
いつもと違う一面というのは友達でもドキドキしてしまうものだ。それは遥さんと初めて会った時も同じ。カッコいいと思ってた人が可愛かった。最近は中学の恋愛の夢を見ていたが今日は違った。遥さんに告白をする夢だ。それはきっと、私が遥さんに恋をしているという暗示なのだろうか。
私は一体どうしたいんだろう。「好きかもしれない」という事実と「告白した方がいい」という常識がいまいち繋がらない。ただこの空間はとても居心地が良かった。
「次、華名の歌じゃないの?」
「あ、本当だ」
歌って忘れよう。そもそもそのためにカラオケにやってきたのだから。
ーーーーーーー
夢を見た。いつもの高校の日常。私は朝8時に教室に着く。20分遅れて由衣がやってくる。今日は遥さんが一緒だった。
「華名おはよー」
「由衣おはよ。遥ちゃんも」
「おはー」
緩い喋りは相変わらずだった。
「遥がさ、スタクロ興味あるっていうから連れてきちゃった」
「華名ちゃんの方が詳しいって由衣が引かんのんよねぇ」
初めて名前で呼ばれた。人に名前を呼ばれることに、こんなドキドキしたことはなかった。
チャイムがなるまでの10分間、遥と二人でしゃべった。楽しかった。このままがいいと思った。好きという気持ちを自覚しておきながら、喋るだけで満足をするのは怠慢か。この夢こそが理想の恋愛だった。
朝起きて、朝食を食べて、部屋に戻って、二度寝防止のアラームを止めて、服に着替える。由衣に影響されたスクールメイクをこなして、髪を二つに結んで家を出る。
遥さんと友達になろう。すでに友達かもしれないが。そして私のことを忘れてください。
夢を見た ニニ @343_oisi
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