第6話

ノキアと分かれた後、ギルドの外でナナミはたたずんでいた。


なんとなく予想はしていた。

ここに来ても私が誰か分からないんじゃないかって。

結果はその通りだった。


"ナナミ"という名に不満は無い。

むしろ名前があるだけで私はその存在で居られる。

だが...

所詮は仮名...偽物だ。

私は"ナナミ"では無いのだ。


なら...私は誰なの?

考えるだけで私の中に渦巻く不安は大きくなった。

グルグルと不安が巡る。


私は...


「大丈夫かな?お嬢さん。」

ふと不意に声を掛けられる。


「え!?は、はい。」

ナナミが声のする方を見るとそこには一人の女性が立っていた。


「良かった。貴女、顔色が悪くて塞ぎ込んでるように見えたからつい心配で声を掛けちゃった。」


「いえ...はい、ありがとうございます。」

思わず女性に礼をいうナナミ。


「悩み事?」


「はい。」


「良かったら、お姉さんに話してみない?お金はないから奢ったりはできないけど相談には乗るよ。」


その女性の言葉に"ナナミ"は自分の抱えている気持ちを打ち明ける。


「私、自分の事が誰か分からないんです。記憶喪失...みたいで。」


「記憶喪失?」

女性はナナミに聞き返す。


「はい...少し前まで、私は魔族に捕まっていました。何とか助けてもらったのですが、それ以前の事を覚えていないんです。

自分の名前、家族、何をしていたのかも...。

助けてもらった人に"ナナミ"という仮の名前を付けてもらったのですが、一人でいる時に考えてしまって...この名前も所詮は偽物で....。

なら...本物の私は誰なんだろう?って。」


「なるほど...良く分かんないや。」

女性はナナミの問いを一蹴する。


「貴女、面倒くさいね♪」


「なっ!?」


「なら、貴女に訊くけど、私が誰だか貴女は分かる?」

ナナミは女性の問いに首を振り答えた。


「分かりません。そもそも今貴女と会ったばかりで・・・」


「そう。今、会ったばかり。要はそれが"ナナミ"としての今の自分アナタなんでしょ?大体、数日やそこらで自分がどういう人間かなんて分かるわけないでしょ。私ですら分からないのに...。

だから、大事なのは今の自分ナナミを知っていく事だと思うの。」


「今の自分を知っていく...?」


「自分を積み重ねていく事ね。人の一生なんて何が起きるか分からないわ。もしかしたら貴女の過去を思い出す時が来るかもしれない。その時に"今の自分ナナミ"と"過去の自分あなた"、どちらも本物と呼べるように自分を積み重ねて行けばいいと私は思うわ。」


女性はナナミに向かいそう話す。


「ごめんなさいね、答えになったかしら?」


女性はナナミに尋ねた。


「はい、なんとなく...なんですが、少しだけ分かった様な気がします。ありがとうございます。」

ナナミは女性に礼を言う。


「良かった。なら、私はもう行くわね。あんまり暗い顔してちゃダメよ。何が起こるか分からないんだから人生を楽しまないと!!」


「はい、ありがとうございます。」


女性はナナミに挨拶をするとその場を去っていった。


「そう言えば名前聞きそびれちゃったな。」


暫くするとノキアが戻ってくる。

ナナミはノキアに気付き声を掛けた。

「おかえりなさい、ノキアさん。」


「おう、戻った。」


ナナミはノキアに尋ねる。

「お話はもう終わったのですか?」


「まあな、そっちはどうだ?大丈夫なのか?」

ノキアはナナミを気にかけながら尋ねる。


「はい、気を使ってくれてありがとうございます。もう大丈夫です。」


そう言って笑うナナミからは憑き物が落ちた様な雰囲気がした。


「なら、問題ないな。ちょうどお前とこれからの事で相談があったんだ。その分だと心配もいらなそうだ。付いて来い、ギルドの用事も済んだ。4番通りで宿を探すぞ。」

話が済んだ二人は4番通りへと足を運ぶ。


4番通りに着くと二人は宿屋で部屋を取る。


簡素な造りの部屋であるが、2人部屋で広さも申し分ない。

ついでにベッドも2つに分かれている。


部屋で落ち着いたところでノキアは話を切り出した。


「さて、さっきの話の続きだ。ギルドで話してきてな、俺の次の目的地が決まった。南方の都市サウクラップ...遺跡が多く出土し昔の歴史を調べる者がたくさんいる都市だ。俺は近々準備を整えて向かおうと思っている。」


ノキアは次の目的地と近々出発するという事をナナミに告げた。


「それでだ、ナナミ。お前はこの町に留まったほうが良いと思うんだが、どうしたい?」


「え...」

不意の提案に困惑するナナミ。


「この町に...どうしてですか?」

理由を聞こうとノキアに尋ねる。


「西の森でお前を助けた時、俺は魔族と対峙した。魔族を倒した時、魔族は死に際にお前と"世界樹の枝"を魔皇に...と言っていたんだ。お前は狙われている可能性がある。あくまで可能性だがな。この町なら冒険者も数がいる上に爺さんマルクスがギルドで面倒も見てやると言っていた。襲われたところで問題は無いだろう。だが、旅の中で魔族と対峙したら...分かるよな?」

ノキアはナナミに説明をする。


「まあ、今すぐに決めろとは言わない。2日だけ待つ。その間に決めてくれ。」


ノキアはナナミにそう言うとベッドに入り眠りに就いた。


ーーーーーーー

翌日ー

ーーーーーーー


ノキアは目覚めるとギルドへと依頼を探しに行った。


残されたナナミは気晴らしにと町の中を歩いていた。

「ノキアさんから少しだけ金銭を貰ったけど、食事以外で使うことは無いだろうな。」


貰った金額は銀貨5枚(約50,000円)

必要無いとは言ったが押し付けられてしまった。


ナナミは3番通りを散策し店を探す。


「食事だけでも取ろうかな...」

そんなことを言いながら歩いていると目の前で人が倒れた。


それを見たナナミは即座に駆け寄る。


「大丈夫ですか!?」

倒れた人を抱かかえ顔を確認すると...


「あなたは!?」

そこには居たのは昨日ナナミが相談をした女性であった。


「や、やぁ...また会ったわね...」


ナナミは女性に何があったのかを尋ねた。

「あの、一体何が・・・」


キュゥ~ ー

微かに聞こえた腹の音。


「じつは・・・」


・・・・・・・

・・・・

・・


ガツガツガツ ー


運ばれた料理を豪快に貪る女性。


「いや~、ムグッ...助かった、ングッ...あり、ゴクン...がとね!」


「あの、大丈夫なのでもっとゆっくりと・・・・」


「ぷはー、助かったわ。一週間ほど何も食べてなくてさ。」

どうやら、話を聞くと彼女は弟子に会うため、この街まで来たらしい。


彼女の名前はシズ。


冒険者で割と有名な人らしい。


「で、ナナミちゃんだっけ?その後どうなの?」


「どう?...と言うのは?」


「だから、悩み事よ悩み事。自分の中で消化できたのかな?」

シズはナナミに尋ねる。


「あ、はい。その件は割と...ただ...」


「ん?また、何かあるのかしら?」


ナナミは昨日あった出来事をシズに話す。


・・・・・・

・・・


「なるほどね。貴女はその人について行きたいけど、その人に迷惑が掛かると…」


「はい、その人は私の安全を考えてくれて、その提案をしてくれたのですが...私は…」


「ほら、また暗い感じが出てるよ?可愛いんだからもっと明るく居なきゃ。」

ナナミの雰囲気を察しシズは注意する。


「まあ、まずは貴女の気持ちをぶつける事からね。話を聞く限り、貴女は自分がどうしたいかを言っていないでしょ?それを言ってからちゃんと話し合いなさい。それでダメならお姉さんのとこにその人と来なさい。なんとかしてあげるから。」


シズはナナミにそう伝えるとご馳走様と言ってその場を去った。


残金:大銅貨5枚(約5000円)


その日の夜、ナナミはノキアに自分の意思を打ち明けた。


「ノキアさん、私はやっぱりついて行きたいです。」


「理由は?」

ノキアはナナミに理由を尋ねる。


「私自身を知る為に...ここに留まるだけじゃダメだと思うんです。もっと色々な場所に行って私のことを調べたい...それじゃ、ダメですか?」

真っ直ぐにノキアを見るナナミ。

その目に迷いはなかった。


「分かっているのか?旅をするという事は今ここでしている暮らしよりも過酷なものだ。飯がいつでも食える保証も、ぐっすり寝られる保証もない。それを捨ててまで本当に来たいと思っているのか?」


「はい...」


ノキアはナナミを見て暫く沈黙する。


そして...


「ハァ~...分かった。一緒に来い。」

その一言を伝えノキアは完全に折れた。


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