そっけない幼馴染は寝言だと素直になる ~甘々が隠し切れてないけど、本人はそれに気付いていないようです~

せせら木

~本編~ 本当は大好き

「今日も気持ちよさそうに寝てるなぁ」


 ベッドの上でクマのぬいぐるみを抱きながらすやすや眠っている美少女を見下ろし、俺――広瀬淳基ひろせじゅんきは呟く。


 鹿島弥生かしまやよい


 それがこの眠っている女の子の名前だ。


 家が隣同士で、小さい時からずっと関係が続いている幼馴染。


 ただ、仲が良いかと聞かれると、ちょっと頷けないところがある。


 実際、幼稚園に通っている時から小学生、中学の二年生辺りまではすごく仲が良かった。


 毎日のように二人きりで遊んでいたし、色々な遊びの中で疑似結婚式なるものもした。弥生の奴、俺に対して「大人になったらもう一回結婚式しようね」なんて言ってきたほどだ。これを仲が良いと言わずして何と言うのか。他に表現方法が見当たらない。しかも、ライクよりもラブである。


 それなのに、中学二年のある時を境に、弥生は俺を避け始めた。


 話し掛けてもそっけなく俺を見つめて早々に会話を終わらせようとするし、その時の冷たい瞳がもう悲しくなってくるレベル。


 もちろん、昔からクールなタイプであり、気持ちを誰かに伝えるのが苦手な女の子ではあった。


 俺に「結婚しようね」と言ってきたのだって、もうめちゃくちゃに頑張って、顔をトマト並みに真っ赤にさせて言ってきたほどだ。


 だからこそ本気度が感じられ、信用もできるわけなのだが、とにかく弥生は気持ちを伝えるのが苦手。


 苦手が故に、簡単に言えないような何かを俺へ伝えようとしてくれていて、結果そっけなくなっているんじゃないか、とも思った。


 けど、それはもしかしたら俺の勘違いかもしれない。


 こんなに付き合いが長いけど、言葉にしなきゃわからないこともあるらしい。


 弥生の気持ちを知ることのできる魔法でもあればいいのに。


 ずっとそう思い続けていた。


 ……思い続けていたのだが、近頃の彼女はとんでもない。


 何がとんでもないかって、それは今から恐らくお見せすることができると思うので、少し待っていただきたい。


「……おーい……弥生ー……朝だぞー……」


 かがむ体勢になり、気持ちよさそうに眠っている弥生へ顔を近付けてから俺は囁いた。


けれど、当然ながらこんな声で起きるわけがない。


 それもこっちからすれば織り込み済みで、起きていないかのチェックだ。


 弥生が起きていたら、今から起こるであろうすんごいことは見られない。


 いや、見るというより聞く、だろうか。どっちでもいいんだけど。


「……んん……」


 しかしなぁ。


 改めて見ると本当に凄まじいギャップだ。


 普段はあんなにクールでそっけないのに、眠ってる時はすごく無邪気な寝顔。


 起きている時と同一人物なのかと疑いたくなる。


「弥生さん……? 起きて……? そろそろ起きないとおばさんに怒られちゃいますよ……?」


「んん……ふぇ……じゅん……くん……」


「うん。俺だよ。いつも通り起こしに来たぞ」


「うぇへへ……じゅんくん……じゅんくんだぁ……」


 完全に寝言である。


 寝言をむにゃむにゃ言いながら、くまのぬいぐるみをもぞもぞ抱き締め直してる。


 察するに、あの物体を俺と勘違いしていると見た。


 徐々にこっちとしても恥ずかしさが募ってくる。


「じゅんくん……ごめんねぇ……。やよい……ほんとはしゅき……じゅんくんのことだいしゅきなの……」


 っ……。


 これは……もう本当にダメだ……。


 恥ずかしさのせいで顔を手で抑えるけど、それよりもまずニヤケが止まらない。


 そうなのだ。


 俺の幼馴染は普段クールでそっけないが、こうして寝言で喋ってる時だけは素直(?)になる。


 だったらいっそのこと現実でも素直になってくれればいいのに、と思うが、それが上手くいかないからこうなってるのかもしれないし、もどかしい。


「ん~んん……ふぇへへぇ……じゅんくん……だぁめぇ……。んふふ~……そんなにぃ……しゅきしゅき……いわないでぇ……むにゃむにゃ……」


 ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?


 何!? 何なの!? いったい弥生の夢の中で俺はどんなことしてんの!? 好き好き言いまくってんの!? 凄すぎなんだが!?


「わたしもぉ……しゅ~きぃ~……んふふふっ……」


「ぐっ……! うぉぁぁぁああ……!」


 俺に好きって言っちゃダメとか言ってるくせに、あなたもさっきから思い切り言っちゃってるじゃないですか弥生さん!


 頭を抱え、その場で膝をつく。


 なんてことだ。


 とんでもない威力だ。


 湧き上がってくる感情によって胸が締め付けられてドキドキし、今にも爆発してしまいそう。


 落ち着け俺。


 もしかしたらのパターンを考えろ。


 夢の中で弥生は俺に詐欺を掛けようとしてるだけかもしれない。


 嘘告白か何かで俺を騙そうとしてるだけかも。


 だって、現実ではあんなに素っ気ないんだし。


 落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け。


 ――なんて考えていた矢先だ。


 一階から何やら声が聞こえてくる。




「弥生ー! そろそろ起きないとよー! じゅんくーん! 弥生起こせてるー?」




 マズい。


 弥生のお母さんが一階から声を上げてる。


 そろそろ弥生を起こさないと。


「弥生! そろそろ起きてくれ! 朝だぞ! 学校遅れちゃうぞ!」


「んへへ~……じゅんく~ん……」


「っ……! お、俺ならここにいますから……。と、とりあえず起きてくれ……弥生さんやい……」


「んん~………………ん………………へ?」


 眠っていた弥生の目が見開かれる。


 頭がぼーっとしているからか、最初はその綺麗な瞳をぱちくりさせていたが、やがて俺が目の前にいると知り、


「あ……あ……あぁぁぁ……!」


 なぜかアワアワし始めた。


 毎日こうして起こしに来てるってのに。


「おはよう、弥生。今日もおばさんに言われた通り起こしに来たよ」


「じゅ、じゅんく……じゃなくて……!」


 慌てて首を横に振る弥生。


 その仕草が小動物みたいですごく可愛い。


「あ、ありがとう、広瀬君……。それから……ごめんなさい。今日も迷惑かけてしまって」


 安定の広瀬君呼び。


 さっきはあんなに『じゅんくん』って呼んでくれてたのにな。


 少し残念に思いつつ、俺は何も無いことを装い頷く。


「ん。全然大丈夫。幼馴染だし、弥生のこと起こすのは小さい頃からの日課みたいなもんだからさ」


「……日課……う、うん……そうよね……日課……でも……それは毎日私の部屋に広瀬君が入って来てるってことで……」


「……?」


 ごにょごにょ何か言ってる弥生。


 よく聞こえない。


 俺が疑問符を浮かべて顔を近付けると、弥生は焦ったように距離を取ってくる。


 それから、すぐに真っ赤になりながら下を向き、感謝の言葉をくれた。


「……な、何でもないの……! あ、ありがとう……毎日……毎日……本当に……」


 ボサボサの黒髪を何度もくしくし触りつつ、俺と顔を合わせずに感謝してくる弥生。


 素っ気ないし、冷たい瞳(たぶん目つきが悪いだけ)を向けられて苦しくなる時もあるけど、決して言葉で俺のことを蔑ろにしたりはしない。


 だから、こっちとしても懲りずに毎日こうして起こしに来るわけで。


 また小学生の時みたく素直に仲良くできたらいいな、なんて思いながら弥生の元へ来てる。


 嫌々とか、そんな気は俺にもない。


 ……寝言も聞けるしな。


「そ、その……広瀬君……?」


 一人で適当なことを考えていると、ベッドの上で女の子座りしている可愛い幼馴染は、上目遣いでもじもじしながら俺の名前を呼んできた。


 思わず唾を飲み込んでしまう。


 その視線は少し反則だ。


 反則だが、変な反応はできない。


 ちょっとぎこちなくなってるのを自覚しつつ、俺は弥生から目を逸らして返した。


 どうかしたか、と。


「これは……毎日聞いてることなんだけれど……私……その……」


「寝言で変なこと言ってなかったかって? 大丈夫だよ。何もおかしなことはなかった」


「ほ、本当……? 何も言ってなかった……?」


「う、うん。何も……うん。言ってなかった。全然。これっぽっちも」


「……そう……そうなのね……」


 ……?


 ちょっと今、一瞬表情を曇らせた……?


「わ、わかったわ。あ、改めて今日もありがとう。そ、それじゃ」


「え……? や、弥生……!?」


 言って、ベットから飛び出し、パタパタと急ぎ足で部屋から出て行く弥生。


 取り残された俺はポカンとし、やがて一つため息をついた。


 今日もだ。


 今日もこうして置いて行かれた。


 一緒に学校へ行くというわけではなく、俺たちの朝はこれで終わり。


 弥生のお母さんにもそこを言われてるわけだが、弥生自身が俺と行きたがらないので仕方ない。


 それがもう日課になってるからなんてことも無いんだが、俺だって曲がりなりにも年頃の男子だ。


 部屋の中に置いて行って色々なものを物色されないかとか、その辺りの心配はしないのだろうか、と逆に不安になってくる。


 それほど俺のことを信頼してるのか、と思えば前向きになれるけど……。


「……うぅ……」


 後になってやってくる。


 弥生のあの寝言を思い出すだけで顔が熱くなった。


 ここにいればそれが酷くなっていく一方だ。


 俺は自分の赤くなっているであろう顔を隠しながらおばさんに挨拶し、家を出るのだった。






●〇●〇●〇●






「くっ……こ、これは本当に……」


 時間は少しばかり過ぎ、昼休み。


 弥生の寝言のせいで悶々としていた俺は、少しでも彼女の気持ちに近付きたいと思い、図書室にて恋愛本なるものを読んでいた。


 タイトルは【これで一発! 恋する女の子のキモチ!】。


 すごく胡散臭いが、それでも今はこういうものを信じてしまいたくなるほど俺は追い詰められてる。


 弥生が寝言で言った『好き』は本当のラブに値するのか。


 昼休み前の休憩時間中にヤプーの知恵袋でも質問してみたが、何かよくわからない荒らしコメントばかり来て参考にならなかった。


 恋愛相談できるような友達もいないし、俺はこうして孤独に情報を得るしかないわけだ。泣きたくなる。


「けど……うーん……」


 当然だけど、『寝言で好きと言われた場合、それが本当の好きになるのか』についてのピンポイントな回答なんて無い。


 目が何秒あったら脈アリだの、好きな男子にはこんな話し方をするだの、この本もこの本で参考にならないことだらけだ。


「ぐあぁぁ……本当にわかんねぇ~……もう本人に直接聞くしかないのかぁ~?」


 俺のこと好き?


 みたいな感じで?


 バカ過ぎる。いくら何でもそれはマズい。どう考えてもマズい。その質問をして答えを得て、俺はどうするんだって話だ。


 弥生を試してる感半端ないし、相手が好きって言ったから俺も好きって言うなんて、そんなの腰抜けでしかない。


 もっと当たって砕けて、くらいの方がカッコいいはず。弥生にドン引きされたくないし。


「……やっぱ……勇気出して告白するしかないか……」


 俺以外誰もいない静かな図書室でポツリと呟く。


 開けられた窓から入って来る風がその言葉を流していくけれど、俺の頭の中には発したセリフが重くのしかかっていた。凄まじく不安だ。断られたらどうしよう、と。


 そんな折だった。


 悶々としていると、唐突に出入り口の扉が開けられる音がする。


 俺はビクッとし、反射的に寝てるフリを決め込んでしまった。


 ……が、気付く。自分の持っていた本がクサすぎる恋愛本であるということに。


 大慌てで作戦変更。


 早急に椅子から立ち上がり、本棚の裏側。図書委員の人たちでも滅多に入らないところへ隠れた。


 心臓はバクバクである。何でこんなことをしてるんだ、と自問自答もした。


「えー、それでねー」

「きゃはは! なにそれーw」


 声を聞くに、どうも女子が複数人で入って来たらしい。


 危なかった。だったら余計にこんなものを読んでるって知られたくなかったし。


 額の汗を拭い、安堵の息を吐く。


 それでも動悸の早さは緩まることがないのだが。


「で、弥生。さっきの話の続きね。好きな人のこと」


 ……ん?


「あー、それね。教室じゃ聞けないからここに来たんだし、教えて教えて? その恋のお悩みについて」


 え……? や、弥生……?


「う……うん……」


 弥生ぃ!?


 まさかの展開。


 弥生が友達と一緒に図書室へ入って来た。


 心臓の動きがさっきよりもさらに早くなる。冷や汗もダラダラ流れ始めた。


 しかも、話は恋のこと、好きな人のことって!


 あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! マジかよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!


「実は私…………そ、その……お、お、お、おさっ、幼馴染のことが……好き……なんだけれど……」


「「おぉぉぉぉぉぉ! 広瀬君!?」」


 吹き出してしまった。唐突に飛び出す俺の名前。


 しかも、あの弥生が思い切り好きな人を俺に当てはめ、恋愛相談をしている。


 う、嘘……!? だ、だったらこれはもうライクなんかじゃなく完全完璧なラブで間違いないってことなのか……!? ほ、本当に……!? 夢じゃない……!?


 でも、だからってこれは……。うぅぅ……。


 唐突過ぎる暴露展開に、俺は一人顔を押さえてうずくまるしかない。


 割と普通に音も出したのだが、弥生たちは恋の話に夢中らしく、まるで気付かなかった。


 それでそれで、と弥生を急かしている。


 俺はその場で呆然とし、口をパクつかせることしかできない。唇が一気に乾燥したような感覚に陥る。


「そ、そうなの……淳基……。恥ずかしいけれど……私は淳基のことが好き……」


「別に恥ずかしがることないじゃん! 幼馴染同士の恋なんてよくあることじゃ? 素敵だよー! 小さい時からずっと一緒の人に想いを寄せるって!」


「そうそう! ……でも弥生さ、普段は広瀬君に対してちょっと冷たくない? 彼に話しかけられても素っ気なくしてるし。ちょっとアタシ的にはびっくりなんだけど」


「ツンデレってやつじゃない? 好きな人にはついつい冷たくしちゃう、みたいな」


「あー、そこで悩んでるってこと?」


「「か~わ~い~い~! きゃ~~~!」」


「や、やめてぇ! かかか、からかわないでよぉ、二人ともぉ!」


 キャーキャー騒ぐ友達二人に翻弄されつつも、弥生は続ける。


 俺はもう話を事細かに聞きたくて仕方なかった。


 耳を最大限澄ませ、弥生のセリフに集中する。


「もう……ほんとにほんとにだよ……。ちゃんとした悩みなんだから、真剣に聞いて?」


「うんうん。聞くよぉ~、よちよちよち~、可愛いなぁ弥生は~」


「だ、だからからかわないで――んにゃぁぁ~……」


「にひひひ……知ってる水奈みずな? 弥生ちゃん、すっごく顎下弱いの。猫みたいにここを優しく掻いてあげると、簡単にふにゃふにゃになっちゃうんだ~」


「え、何その隠れ情報! 普段はクールな感じなのにとんだギャップじゃん! しかも、なんかエロい!」


「え、エロ……!? や、やめてよぉ……! ほんと……天音あまねちゃん……やめっ――にゃぁぁぁ~……」


「ぐへへへ……ええか? ええか? ここがええのんか? ここがええのんじゃろ?」


「んにゃ……にゃめ……やめぇ……っ~……!」


「おぉぉ……こ、これはエロいっすね……。弥生の新たな魅力ポイント発見だ。こいつぁきっと広瀬君と付き合い始めた後も色々さりげないところから調教されてるやつだ。エロい。あまりにもエロ過ぎる」


「だ……だから……やめてってばぁ!」


「うわぁ~! 弥生が本気を出した~! 怒ったぞ~!」


 ドタバタと音がする。


 静かな図書室に三人の足音やら声、椅子を引く音やらが入り混じって聴こえた。


 聴こえたのだが、俺が一番今言いたいのは……。


 ――三人でいったい何をやってんの!? 早く話の続きして!? 大事なところだったよね!?


 ……ってこと。


 弥生の大事な恋バナ中にいったい何をにゃんこらやっているのか。


 羨ましい……じゃなく、さっさと続けてくれほんと。話の先が気になるからほんと。気になり過ぎておかしくなりそうだからほんとぉ!


「と、とにかくね! 聞いて!」


 楽しそうにキャーキャー言いながらバタついた後、三人はまた椅子に座って話し始める。


 息絶え絶えになっている弥生の一生懸命な声が聞こえた。


「改めて悩みは……そこなの。私、ついつい淳基に冷たくしちゃって。でも、好きなのは好き。大好き。素直になりたいんだけれど、恥ずかしくて、どうにもならなくて、もう自分でも色々どうしていいのかわからなくて、すっごく辛いの……」


「うんうん。なるほどなるほど。八方塞がりってやつだ」

「ツンデレちゃん特有の素直になれない病ね。何もかも捨てて広瀬君に抱き着いちゃえばいいのに」


「それができれば苦労してないよ……もぉぉ……」


 むぅ、と頬を膨らませてそうな弥生の声。


 これまたなんて珍しい。


 もう出て行って今の弥生の表情を見たいくらいだった。場所変われ、友達二人とも。


「けど、けどね? そんな私なのに、淳基は毎朝起こしにも来てくれるし、昔と変わらずすごく優しくしてくれて……大好き……なの……」


 徐々に消え入りそうな声になりながら、確かにそう言ってくれる弥生。


 俺は自分の拳を気付かないうちに握りしめていた。


 また友達の声が聞こえ出す。


「まあ、確かに広瀬君優しいよね。陰キャだけどさ」


 ぐっ……。


 予想もしていなかった毒舌。


 目に見えないナイフみたいなものが胸に突き刺さったような感覚だ。やっぱり皆そういう認識ですよね、俺に対しては。


「陰キャだけどさ、前一緒に班活動した時、キョどりながら色々してくれてね、やさしーなーってすごい思ったの覚えてる。優しいだけのナヨナヨ系かと思ったら、結構自分の仕事しっかりやって班の皆のことちょっと先導したりもしてたし」


 したっけか? そんなこと。


「あー、なんとなくわかるかも。割と頼れる陰キャラみたいなところあるよね。皆言わないけど。アタシとしては仲良くなってちょっとイジりたい感強めw」


 ちょっと待て。やめてください。イジられたい願望なんて俺には無いです。……まあ、いざイジられたら断れず反応するしかないわけだが。


「イジりたいは笑うw でもさ、私らがそんなことしたら弥生は傷付くっしょ。本気で好きみたいだから。広瀬君のこと」


「……幼馴染だもんね。そりゃ特別だよ」


「ね」


 示し合わせるように二人は会話し、やがて弥生へ話を振る。


「弥生。弥生はさ、結局のところ、広瀬君とどうなりたいの?」


「へ……?」


「付き合いたい? イチャイチャしたい? それとも友達のまま、ただの幼馴染のままずっと関係を続けていきたい?」


「っ……! そ、それは――」


「うん。わかってる。付き合いたい、だよね? だったらすることは一つだよ」


 ――勇気を出すこと。


 弥生の友達の言葉が俺の胸にも響く。


 ハッとさせられた。


「結局ね、勇気を出さないと前には進めない。当たって砕けろ、とまでは言わないけど、想いを真剣に伝えたら広瀬君だって真摯な回答をくれるはずだよ」


「だね。それで結果がダメだったってさ、一度きりで諦めなくてもいいんだよ。弥生ゲキカワだし、アタックしまくれば広瀬君絶対落ちるってw」


「それはありそうw 優しいしね、広瀬君。すごく真面目で」


「良い人好きになったね、弥生。応援してる」


 友達に背中を押され、弥生は「うん」と返していた。


 ただ、背中を押されたのは何も弥生だけじゃない。


 俺は握っていた拳から力を抜き、やがて天井を見上げる。


 ……頑張ろう。


 小さな勇気を振り絞り、そう思うのだった。






●〇●〇●〇●






 図書室での一件から翌日、俺は相も変わらず朝から弥生の部屋を訪れていた。


 おばさんに頼まれている通り、朝の弱い弥生を起こしに来たのだ。


 でも、今日しようと思っているのはそれだけじゃない。


 気合を入れ、勇気を振り絞って決意を固め、俺は今眠っている弥生の前にいる。


 二度、三度と深呼吸をした。


 伝える。今から。


 弥生に好きだってことを。


「……っ」


「くぅ……くぅ……」


「……弥生……」


「ん…………んん……」


「朝だよ……弥生……起きて……」


「んん…………ふふふ……じゅんくん……なぁにぃ……?」


 今日もだ。


 安定の寝言。


 弥生の夢の中には今日も俺が出ているらしい。


 出演過多なんじゃないかと思うけど、嬉しいのも事実だ。好きな人の夢に毎度自分が出ているだなんて。

「……弥生……」


 心臓のドキドキは止まらない。


 止まらないけれど、俺は弥生の顔に自分の顔を近付け、ジッと見つめた。


 本当に、本当に綺麗だ。


 小さい時からずっと見慣れてるのに、今もこうして近くで見ると惚れ直してしまう。


 もちろん、弥生のいいところは顔だけじゃない。


 恥ずかしがり屋なところも、素直になれないところも、けれど俺をとことん想ってくれているところも、すべてが好きだ。


 だから、俺は今から弥生に告白する。


 しっかりと想いを伝えなきゃなんだ。


「……ん……」


 そう思っていた矢先。


 眠っていた弥生の瞳が薄っすら開かれる。


 寝ぼけていたところから徐々に覚醒し、バッチリ目が合った。


 顔は近い。


 弥生は一気に真っ赤になり、上体を起き上がらせ、俺から距離を取る。


 でも、それを許しはしなかった。


 壁際の方まで逃げる弥生を追いかけるように、俺もベッドの上に乗る。


 弥生は混乱してよくわからない声を出していたが、覚悟の決まった俺は止まらなかった。


 彼女の手を優しく握り、言葉を口から漏れ出させてしまう。


「弥生! 俺、弥生のことが好きだ! 大好きだ!」


「……へ……?」


「小さい時からずっとずっと! 一緒にいたいってずっと思ってた! こんないきなりでごめんだけど……でも、この気持ちは本物だから!」


「へ……!? う、う、う、う、へ、へぇぇぇっ!?」


「お、俺と付き合って欲しい! お願いだ、弥生!」


 手を握ったまま頭を下げる。


 弥生は完全に混乱しきっていて、言葉にならない声で戸惑っていた。


 少しズルかったかもしれない。


 こんな寝起きだと正常な判断もできない可能性がある。


 誰もいない場所で公然と二人きりになれるのなんてここしかないと思ったから告白したんだけど、もしかしたら失敗だったか……?


 嫌な予感がして、恐る恐る顔を上げる。


 すると、だ。


 弥生の浮かべていた表情を見て、俺は思わずギョッとしてしまった。


「……広瀬君……」


 それは今にも泣き出してしまいそうな顔で。


 けれども、表情に悲しさや嫌悪感などは一切なく、むしろどこか嬉しそうにも見えた。


 俺はその場で固まってしまい、目線を少しだけ弥生の腹部に落としてしまう。


 ひたすらに彼女の応えを待つ構えだ。


 もうこれ以上は何も言えない。


「どうして……? どうして私なんかを好きに……?」


「そ、それは……ずっと一緒にいたし……弥生のいいところを俺は皆より多く知ってたから……」


「……でも、私……普段ずっと冷たかった……。普通、こんな女の子なんて好きにならないよ……。どうして……?」


「っ……」


「私は……広瀬君に好きになってもらう資格なんて無いのに……」


 水滴がほろりと瞳の端から頬を伝って落ちる。


 弥生の涙を見て、俺は首を横に大きく振った。


「し、資格とかそんな大層なものいらないと思うよ。俺は俺の気持ちを受け取って欲しいだけで……。もちろん強制とかは全然しない。弥生が嫌なら大人しくそれを受け入れるだけだから」


 今度は弥生が首を横に振る番だった。


「い、嫌なわけないよ。嫌じゃない。そ、その、私はむしろ……う、嬉しかったから……」


「……弥生……」


「私も……広瀬君のこと……好き。幼馴染として……じゃなく、男の子として……」


 一気に脳内に多幸感が湧き上がる。


 ギリギリの綱を渡り切った感じ。


 だが、それでもだ。


 俺は爆発しそうな喜びを懸命に抑え、ただ静かに弥生の華奢な体を抱き締めた。


「ひ……広瀬……く……」


「……嬉しい……本当に……すっごく……」


「っ……」


「嬉しいよ……弥生……」


 感動のあまりか、気付けば俺も目に涙が溜まる。


 人生で初めてだ。


 本当に大好きな人と結ばれる感覚を味わうのなんて。


 こんなに嬉しくて、こんなに幸福で、それから、それから……。


「……私も嬉しい。淳基君。……大好き」


 もう何でもいい。


 ない交ぜになった嬉しさが一つになり、ただひたすら幸せだった。






●〇●〇●〇●






「――それにしても……だけど、淳基君はいったいいつから私へ告白しようと思ったの? 何か動機みたいなものがあったのなら……その……教えて欲しいな……なんて」


 普段は別々で行う登校だけど、もう今日からは違った。


 俺たちはさっそく二人並んで歩いている。


 そんな中、弥生が質問をぶつけてきた。


 俺は頬を軽く掻きながら、えっと、と濁し、


「動機は…………これ言ったら怒られるかもなんだけど……」


「……?」


「……ん。これがきっかけでした」


 スマホを開き、見せるつもりもなかった動画を弥生に見せてあげる。


 そこに映し出されていたのは、気持ちよさそうに眠る弥生。


 そう見せようとしているのはあれだ。あのシーンだ。


 怒られるの覚悟で動画を再生させた。嘘はよくないので。


「え……こ、これ……」


「う、うん。俺が弥生のこと起こしてあげようとしてる時に撮ったもの。すごく嬉しかったので……」






『えへへぇ~……じゅんくん……しゅきぃ~……』






「……ふぇ……?」






『だぁめぇ~……じゅんくん……こ~こ~……やよいのそばにいて……おねがい……』






「あ……あ……っ」






『じゅんく――』






「んにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 恥ずかしさからくる叫び。


 弥生のそれが空高く響いていったけど、俺としてはこれからもこの動画を大切にしていこうと思ってる。


 何だかんだ俺を支えてくれていたのは、弥生の寝言だったから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

そっけない幼馴染は寝言だと素直になる ~甘々が隠し切れてないけど、本人はそれに気付いていないようです~ せせら木 @seseragi0920

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画