第4章 鬼神と座敷童

第1話 座敷童の夢(一)

 座敷童もゆめを見る。

 別にねむらなくても、人間の食べ物をかすらなくても、本当は平気だ。


 座敷童は悪戯いたずらが好きで、悪戯いたずらは気付かれないようにこっそりやるもので、だからこっそりと人間のに入るのが好き、それだけだ。

 それだけなのに、ねむれば座敷童も夢を見る。どうしてなのか分からなくても。


 そう…わからない。こんな夢は、夢だ。

 夢でなければならない。

 決して、


 夢は夢。現実ではない――――


 ――――なのに、かえし見る同じ夢は、何だというのだろう?




 ある家で、年若としわかつまがおさんに苦しんでいた。

 夫婦仲は良く、まだ赤ん坊がはらの中にいる時から名前を考えていた。


 もし男の子だったら『太郎』。夫が考えた。素朴そぼくだが、長男に相応ふさわしい名前だ。元気で立派りっぱに育つように。


 女の子だったら『つばき』。妻が考えた。お産の予定は早春そうしゅんで、きっと美しい椿つばきの花がいているだろうから。春の花のように愛される美しい娘に育ってほしいと。


 お産は難産なんざんだった。

 数え十五でとつぎ、すぐに身篭もった。まだ少女である体には、新しい命を生み出すには負担ふたんが大きかったのだ。

 長い長い苦しみのてに、『つばき』が生まれた。


 痛々いたいたしいほどに小さく、産声うぶごえもか弱かった。長引ながびいたお産で苦しんだのは、母親だけではなく赤ん坊もまたそうだったのだ。

 小さく弱い赤ん坊は、ちちう力が弱く、初産ういざんつかれ切った母親も乳の出が悪く、ひと月をたずに小さな命はった。


 母親は、泣いて泣いて、のどから血をくほどに泣いた。


(私のせい)

(私が悪いのです)


(私の体が、おさないから)

(上手にんであげられなかったから)


(私が『つばき』という名を付けたから)

(きれいな花が、縁起えんぎの悪い名前だなんて知らなくて)


 若い夫は、初めての子を失った悲しみと共に、妻をめてなぐさめた。


(------のせいではない)

(あの子は、短い間でも、俺達を幸せにしてくれた子だ)

(きっと、あの子のたましいは、天神様が良い所へれて行って下さるにちがいない)


(椿は、とうとい花だ。美しい花だ)

(首から落ちるから縁起えんぎが悪いなど、それは武士が勝手かってに言うだけだ)


 しゅうとめが言った。


(気にむことではないよ)

(子供はまた産めばいい)


 泣いていた若い妻は、こおり付いた。なんて非情ひじょうなことを言うのか。

 しかし、姑の言葉は、姑なりのなぐさめだった。


 子供は簡単かんたんに死ぬ時代だった。死んでも仕方しかたいとり切らねば、生き残った者は生きてはゆけない。

 夫と妻が生きていれば、子供はまた作ることが出来る。一度身篭みごもったことがある若い女なら、これから何人でもさずかるだろうから。


 妻は、もう泣くことはなくなった。なみだはもう、れていた。

 もう、子供など産みたくないと、小さくつぶやいた。



 それから、幾年いくとしかの時がぎた。

 ひとりの座敷童が、どこからともなく《った》。


 その座敷童は、数え五つばかりの姿すがたをした童女わらわめだった。

 った時から赤地に雪輪ゆきわがらの着物を着ていた。


 かたよりも上でぷつりと切りそろえられた黒髪は可愛かわいらしいおかっぱで、べにしているわけでもないのに、そのくちびるは花びらのように赤く、幼くもそれは美しい童女わらわめだった。


 その童女の他にも、似たようなこどもがたくさんいた。女の子だけではなく男の子もいた。

 幼い者から数え十五の成人間近まぢかのような者まで様々で、『名前』というものを持っている者と持っていない者がいた。


 ったばかりの童女は、名前をわれると『つばき』と答えた。何となく、それが自分の名前であるような気がして。


 毎日楽しくあそんでらしていたが、人間の子供にも、『つばき』とたような子供たちには、帰って行く場所があることに気が付いた。

 自分が帰る場所がわからなかった『つばき』は、さびしいと思いながら神社の社殿しゃでんの中で眠りにいた。


 ある子供が教えてくれた。自分たちは座敷童と呼ばれる妖怪で、たたみきの部屋がある家に居着いつくから座敷童というのだと。

 『つばき』は居着いつく家をさがした。そして立派りっぱな家を見付けた。ひと目で気に入って、この家にしようと思ってのぞいてみた。


(…母様かかさま


 人間には聞こえない声が、『つばき』のくちびるからこぼちた。


母様かかさま…!私の、母様だ!)


 『つばき』は思い出した。座敷童にる前のことを。

 自分が、人間の子供だった頃のことを。


 その女性のおなかの中で、父と母の声を聞いていたことを。

 生まれてからほんの短い時間だったけれども、そのうでやさしくかれていたことを。


 でも、『つばき』の母がいつくしむ眼差まなざしを向けているのは、よちよち歩きの男の子だった。

 母は『太郎』と呼んでいた。何処どこかで聞いたことがあるような、なつかしい名前だと思った。


 『つばき』は小さな太郎と遊ぶようになった。太郎には『つばき』が見えていたから。

 『つばき』がもし人間として生きていたなら、自分は太郎の姉で、太郎は自分の弟であることも理解りかいしていった。


 『つばき』は小さな弟を守ってあげようと思った。

 座敷童たちはみ着いた家を気に入っており、同じ家に住む人間に気まぐれに加護かごを与えたり与えなかったりするが、『つばき』はまよわず太郎に加護かごさずけた。

 名前の通りに、元気に育って立派に家をぐことが出来るように…と。


 そして、太郎が『つばき』と同じくらいの背丈せたけに育った頃に、母が身篭みごもった。

 十月十日とつきとおかて、生まれて来た女の赤ん坊はまるまるとしていて、元気な産声うぶごえを上げた。

 母はよろこび、なみだを流した。


(…ああ、もどって来てくれたのね)

(もういちど、この母のところに生まれて来てくれたのね)


旦那だんな様、この子を『つばき』と名付なづけましょう)


 つばきは、立ちくした。

 ……どうして?

 『つばき』は私の名前なのに。


 私は、ここにいるのに。母様に見えなくても、太郎と一緒にずっとこの家にいたのに。

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