第11話 プールの妖怪(二)

 @ティーちゃんの秘密ひみつ(?)は言えなかったが、稔流みのるは思った。可愛かわいい。


 白いワンピースの水着のさくらは、とても可愛かわいらしかった。圧倒的あっとうてきな『綺麗きれい』とはまた雰囲気ふんいきちがっていて。

 プールを前にわくわくした表情ひょうじょうが、見かけの年齢ねんれいと合っているからだろうか。とにかく、可愛かわいい。


「何だ?私の頭に何か付いているのか?椿つばき以外で」

 不思議ふしぎそうに小首をかしげる仕種しぐさも、いつもよりあどけなく見えて。


 そして、質問しつもんされた稔流は、答えなければならない。

「何でもないよ」という感じに首を横にるのがいいのだろうか。それとも、口パクでつたえるのがいいのだろうか。


 ……うそは、苦手だ。稔流は、ぱくぱくと口を動かした。


(か わ い い よ)


 さくらはきょとんとしたが、ボッと耳まで真っ赤になった。


まな口説くどくな!」

 すんなりとした白い足がびゅんとんできて、華麗かれいりをらった稔流は、どっぱーんとプールにダイブした。


「稔流!ふざけるな!!」

 担任たんにんから怒号どごうんだ。家に返ってから言えばよかったのだろうか。


「せんせーい、ちがいまーす!俺が稔流をくすぐったら、っこちちゃいましたすみませーん」

 となりにいた比良ひら涼介りょうすけつみかぶってくれた。ありがたい。が、


「稔流、気を付けろよ」

 コソリと言われた。

「お前、ゴリに目ぇ付けられてんぞ。地味じみ~にしてろ」


 稔流も、それは気付いていた。理由もほぼ特定している。

 転校初日に神隠しの話題を出され、事情を知らない担任から「行方不明になったのか?」と突っ込まれたので、稔流はこう答えた。


(先生。これは村の人だけの話です。《外》に帰る人は、知らない方がいいですよ)


 稔流は「秘境の村の特殊事情なので気にしないで下さい」という意味で言っただけなのだが、このひと言が担任の地雷だったのだ。


 大彦の情報じょうほうでは、担任は前年度ぜんねんどまで勤務きんむしていた小学校で『気に入らない児童じどう数名にたい不当ふとう叱責しっせきつづけ不登校にんだ』ことで懲戒処分ちょうかいしょぶんとなり、この村に左遷させんされて来たらしい。


 当然鳥海とみさんに好かれているわけがなく、来年3月で再び転任てんにん=《外》に追い出されることが内密ないみつに決まっている。


 ……って大彦君、それ俺にばらした時点じてんで、全然内密ないみつじゃないのでは……


 そして、稔流は勉強が出来る。この学校では満点しか取ったことがない。それも担任は気に入らないようで、先日は職員室にわざわざ呼び出され、

「勉強が出来るからっていい気になるなよ?本家だか何だか知らないが、特別扱いはしないからな!」


 …と特別な八つ当たりをされた。


 稔流の成績が良いのは、東京の塾で既に6年生の基礎まで終えていたのだから当たり前だ。この村に来てからは、通信講座の課題もコツコツと続けている。

 本当は、もうする必要の無い努力だ。稔流はさくらと共に在ることを決めたのだから。でも、さくらを選ぶ事を理由に、今までの努力を全て放り出すのは、自分らしくないと思ったから。


 とにかく担任ガチャは大ハズレで、鳥海とみさんから「不祥事ふしょうじを起こした教師はこの村にはらん。まご監視かんしに付けるから大人おとなしく一年ごせ」とか何とか言われてそうだ。

 実際、担任は鳥海とみさんの孫・大彦が何を言ってもやっても注意ちゅういしない。


 外の人云々は、やっちゃったなあ…思いつつ、でもあの時点ではあと半年で転任(たらい回しで2度目の左遷させん)になるとは知らなかったのだから、なやんでも仕方しかたい。


 …と、ぼんやり考えている稔流の視界しかいに、いつの間にかをつけてぱしゃぱしゃおよいでいるさくらの姿すがたが目に入った。

 その近くに、黒髪の男の子がいる。黒髪なら河童ではなく座敷童なのだろうか?と思って見ていると、目が合ったその子は人懐ひとなつっこくぶんぶんと手をった。


「稔流、久しぶり~!大きくなったね!」

「え…?」


 久しぶりということは、以前に会ったことがあるのだ。大きくなったと言うのなら、その子は幼い稔流を知っている。

 問い返すと不審者ふしんしゃになるので言えずにいると、今度は青い髪の子供とぱちんと目が合った。

 そして、稔流をビシッと指差してさけんだ。


「狐の子!」


やはり河童だ。人間で言うなら小学校低学年くらいの見かけだ。他の河童も口々に言う。


「だいじょうぶ、おれたちは稔流とあそばない!」

「稔流のともだちも遊ばない!」

「がっこうではこどもと遊ばない!」

っぱらない!しずめない!」

「あのさ…、遊ぶって、水の中に人をったりしずめたりすることなの?」

「しない!しないよ!」


 稔流は苦笑くしょうした。

「知ってるよ。河童は《約束》は必ず守るんだよね」

「そうだよ!そうだよ!」


「おい、稔流。だれしゃべってんだ?」

大彦が言った。

「河童でも来てたりすんの?」


 稔流は、とっさに笑顔を作って話題をすりえた。

「座敷童だけじゃなくって、河童も来るって言われてるの?」

「そーそー。泳いでるのがクラスの人数よりもえるって話」

どうやら上手うまわせた。


 だが、さむい。気温が下がってくると、夏の日差しのねつんだ水の中の方が、風に当たらないし温かく感じるのだが、今の稔流がそんな感じだ。


「稔流、くちびるむらさきになってるじゃん」

「冷えるとまずいんじゃないか?」


 友達の言う通りだ。これ以上はせきが出て来るかもしれない。

「せんせーい。稔流がせき出そうなんで、保健室にれてっていーですかー?」


 稔流が言うと却下きゃっかされそうなので亮介りょうすけが言ってくれたのだが、担任は眉間みけんしわせた。

「は?まだ咳が出てないならさぼるな!ほら、休憩きゅうけいは終わりだ!…うおっ!?」


 河童の手が水中からにゅっとびて、担任の両足首をつかんでった。

 ドボオォン!と派手はでな音を立てて担任がしずんだ。


「…っぷはっ!何だ?だれだ!?足を引っ張るな!おい、何なんだ!?…うわああああ!!」

またドブンとしずむ。


「何だあれ」

「ふざけてるんじゃね?」

「いや、ガチでこわがってんぞ」

「まじでプールのそこに引っ張られてんの?」

「河童かよ!見えるやついる!?」


 誰も座っていなかったはずの椅子いすたおれた時といい、お化けや幽霊ゆうれいではなく、河童ということばが当たり前に出てくるのが天道村の子供達なんだなあ…と稔流は思った。

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