第10話 プールの妖怪(一)

「たっくん、おはよう」


 と稔流みのるがにこりと笑って声をかけると、二の分家・宇賀田うがたたくは分かりやすくビクッとして、「…はよ…」とくような声で答えると、あわてて廊下ろうかを走り去って行った。


「よっ、稔流」

 大彦が声をかけてきた。


「あ、おはよう大彦君」

「いきなりたっくんびするか?めっちゃびびってたじゃん」

狭依さよりさんはみんなそう呼んでるって言ってたけど?」

「ん~女子は多いか。男はだれでも大抵たいていてだよ。あだ名付いてんのは、陽キャかいじられキャラ」

極端きょくたんだなあ…」


 稔流は特に陽キャではないので、呼び捨てで定着ていちゃくしてほしい。

「あとさ、稔流って基本きほんにこやか~な感じだし、言葉づかいもいかにも都会から来ました的なおぼっちゃん風味ふうみじゃん?でも、そのまんまで拓をぶっつぶしたんだよな。あれこわすぎて笑えたわ」

「笑えるくらい面白おもしろかったのなら良かったよ」

「そーゆーとこな」

「でもね、俺は体がかなり小さい方だから、すごんでももっと笑える事になるんじゃないかなあ。小動物が毛を逆立さかだててるっぽくなるだけで」

「……そうか?」


 大彦が不思議ふしぎそうな顔をした。

「俺はわりと背ぇ高いから稔流が小さく見えるけど、身長なら拓と変わんなくね?」

「え…?」


それは無い。


「…俺、春の身体測定しんたいそくていで、120cmだったんだけど…」

「それ何かのネタ?120cmって幼稚園児ようちえんじ?小1?黄色い帽子ぼうしかぶってるやつじゃん。ピヨピヨじゃん」


 稔流は、黄色い帽子ぼうしかぶっている自分を想像そうぞうしてしまって、全然違和感いわかんがなかったのでいきいた。


「俺は、命が危険きけんなくらい小さく生まれたんだ。それで成長がおくれて、1年生の時は90何センチとかだったと思うよ。ランドセルえらぶ時、とにかくかるくなきゃダメだって俺の好みぜん無視むしで親が選んでたし」

「いやネタだろ。こっち来い」

「え、何?」


 さくらほどではないが、稔流をって走る大彦も足がはやい。多分毎年まいとしリレーの選手せんしゅだ。

「ちょっ…、速い!手首千切ちぎれる!ころぶ!!」


 教室に向かう階段かいだんとは反対方向にある一室の前で大彦は止まった。保健室ほけんしつだ。

「なっちゃんせんせーい!…って、まだ来てねーわ。勝手かってりるか」

「この村って、保健室までかぎめないんだね……」

「これ乗ってみろ」


 ……身長計しんちょうけい


「俺…これって世界で3番目くらいにきらいなんだけど?」

「1番目と2番目って何?」

「さあ…。とりあえず身長計よりも嫌いなものって、2つくらいはあるかなって」

「何それウケる」


 とにかく乗れ、というので稔流は仕方しかたく乗ってみた。トン、と頭にプレートが当たる。

「135cmジャスト。さっき120とか言ってなかったか?タケノコかよ」

「タケノコって一日に1メートルびるんじゃなかった?」

「そっち?」


 稔流もおどろいた。低身長だと思っていたし病院びょういん経過観察けいかかんさつをしていたので、成長曲線せいちょうきょくせんのグラフが頭に入っている。

 稔流は9月生まれだから、今ほぼ11歳と考えれば平均へいきん身長より5cm低い程度ていどで『やや小さめ』レベルだ。少なくとも、前へならえで先頭せんとうになったことしかない、というような高さではない。


「どうしてだろう…。してきてから大抵たいてい半袖はんそで短パンだから気が付かなかった。くつは何かきついなって思ってたけど」

「何かよく分かんないけど、気付きづけよ」


 稔流も何だかよく分からなかったが、両親共に平均へいきんより身長が高いので、いつか挽回ばんかい出来るかもしれないとは思っていたけれども、そういうび方とは何かちがう気がする。


 初めて大彦とならんで歩いた時に、頭ひとつ分高いと何気なにげなく思った感覚は、稔流がすでに身長135cmだったのなら辻褄つじつまが合う。

 その『頭ひとつ分』を大体25cmだと考えれば大彦は160cmほどで、どおりで一目で長身だと気付くわけだ。


 いつ、自分は背がびたのだろうと、稔流は手がかりになる記憶きおく辿たどった。たとえば――――


 …昨日、スクールバスの中で稔流の片膝かたひざに乗っかってそっぽを向いていたさくらの背中せなかが、小さく見えた。


 帰り道、ならんで歩きながら見つめ合った目線。稔流が自認していた身長なら、数え九つのさくらと同じくらいのはずなのに、稔流は軽くさくらを見下みおろしていた――――


(ひょっとして、さくらが関係してる…?)


 さくらは二度、稔流の目の前で一気に2年分ほど成長したことがある。 そのタイミングは、二度とも稔流がプロポーズした時だ。


 さくらなら何か知っているかもしれないと思ったが、あの決死けっしのプロポーズが関係かんけいしていると思うと何となく聞きづらいまま、後日ごじつ祖父にたのんで山を下った町で新しいふくくつ、そして水着を買ってもらった。

 9月なかばまでプールの授業じゅぎょうがあるからだ。


「あ~、今日で最後とかねー」

行進こうしん練習れんしゅうって意味わかんねーし。オリンピックみたいに適当てきとうに歩いて入場でいいじゃん」


 最後のプールの授業で、男子がだるそうに愚痴ぐちを言っている。

 10月には体育会があるので、そのため陸上りくじょう団体競技だんたいきょうぎ、そして多分クラスではだれも好きではない行進こうしん練習れんしゅうに入るのだ。


「うん…俺も水泳の方がいいなあ。気温が下がってきたからちょっとさむいけど」

「稔流って水泳すいえい上手いもんな。運動会もリレーの選手せんしゅやるタイプ?」


 稔流は苦笑した。

「ううん、水泳は喘息ぜんそく発作ほっさが起こりにくいから、体力作りのために4年生までやってただけ。徒競走ときょうそうはいつもビリだよ。体調たいちょうが悪い時にはそもそも走らなかったし」

「あー…ごめん」

「いいってば。俺はタイムが遅いのは別に構わないんだ。でも、運動会の徒競走って、だんトツのビリで走ってくると、まわりがなぞ拍手はくしゅ応援おうえんしてくるんだよね。あの公開処刑こうかいしょけいはやめて欲しい」

「運動会あるあるだな。けてるとめっちゃ応援おうえんしてくる。見に来る大人って自分が子供だったころのことわすれてんのか?」

「忘れてんだろ」


 しゃべっていたのは、休憩きゅうけいでプールサイドに上がっているのがひまだからだ。

 だから、プールの中には誰もいないはずなのに、何人かバシャバシャあそんでいる子供がいる。どうして、ゴリ先生は注意ちゅういをしないのだろうか?


「…あれ……?」

 誰も水泳帽すいえいぼうかぶっていない。そして、黒髪の子供はひとりだけで、緑や青の髪色の子供ばかりだ。

 細長い何かがするするとおよいでいるのだが、耳がとがっているし、あれは管狐くだぎつねじゃないだろうか?


「ここは河童かっぱあそだよ。座敷童も来る」


 おどろいて声の方を見ると、そこにはさくらが立っていた。

 いつもの白地に桜柄さくらがらの着物ではなく、ひらりとしたミニスカートの白いワンピースの水着を着ていて、何故なぜかサンリオキャラのを持っている。


似合にあうか?」

「…………」

 こくん、と稔流はうなずいた。声を出すとひとりでしゃべっている不審者ふしんしゃになってしまう。


「そうか」

さくらは満足顔まんぞくがおで言った。

「私は猫派だ」

「…………」


 稔流は、@ティーちゃんは実はねこじゃないんだよ、…っていうか、@ティーちゃんは猫をっているがわなんだよ……とは言えなかった。

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