第8話 すねる座敷童(一)

 興味きょうみはきつね色の転校生だから仕方しかたいとして、一体何がそんなにうらやましいのだろうか?


 ふと、稔流みのるは『波多々はたた狭依さより』の名前を聞いたのは、王の末裔まつえい大彦おおひこからの忠告ちゅうこくだったと思い出して、脳内のうないリプレイした。

 大彦いわく、


「学級委員ってさ、男女ひとりずつ居るんだよ。女子は波多々はたた狭依さより狭依さよりはすげー世話好せわずきだから稔流は気を付けろよな。彼女持ちだろ」

「彼女持ち…」


……なのだろうか?

 「俺のさくら」とか「私の稔流」とか言っているわりに、さくらが稔流の『彼女』とか自分がさくらの『彼氏』とか、何かピンと来ない。


 もう、一生を誓ったからなのか。なのに、彼氏彼女ならば当然とうぜん交換こうかんする「好き」というシンプルなひと言だけは、まだどちらも口にしないままで……


 稔流は、そこまで考えてわれかえった。これ以上めると、ほおねつを持ってしまいそうだ。


世話好せわずきなら、学級委員には向いてるんじゃない?」

「その反応はんのうだと、マジで本人何も知らないのか」


 大彦があきれた口調で言った。

「稔流と狭依さよりの間に、縁談えんだんち上がってるんだけど?」

「…………」


 稔流は、飲み込んだつば気管きかんに入ってゲホゴホとむせた。

喘息ぜんそく?」

「…ちがう……」


 えず、呼吸こきゅうととのえてから、おどろきのまま大声にならないように、淡々たんたんと返した。

「何それ。俺その人の顔も知らないんだけど?」


 稔流は全員に自己紹介したが、初日だから全然クラスメイトを把握はあくしていない。特に女子とはひと言も会話をしていない。


「それが、会ったことあるんだよなあ。稔流は覚えてなさそうだけど。稔流がたまに村に来るとさ、稔流と俺と狭依さより、…アレ?ほかにもいたな。全部で5人だったっけ?6人だったっけ?…まあいいや」


 きっと、まぼろしの4人目はさくらだ。5、6人目は誰なのかわからないが。


狭依さより波多々はたたの本家だからさ、本家同士…寺の比良ひらも合わせて四つだけど、時々寄合よりあいやるんだわ。そこで決まったことは、ほぼ村議会そんぎかい全員一致ぜんいんいっちで決まることになってんの」

「……選挙制度せんきょせいどとは」

村議会そんぎかい議員ぎいんは、ゴミ出し場の掃除当番そうじとうばんとあんま変わんねえから。任期にんきが4年なだけで」


 ……深く考えるのはめよう、と稔流は思った。

 村人は《そと》を異界いかいだと思っているようだが、ぎゃくだ。この村が異界いかいなのだ。

 異界には異界のルールがあり、ルールを守れなければ村八分がっている。


「で、稔流は覚えてなくても、大人が寄合よりあいやってる間、子供はひまだから遊んでるんだよ。ずっと村にいた俺と狭依さよりは、なんか一緒に遊んだなーとか今年は来ないのかなーとか思ったのを、ぼんやり覚えてるわけ

「それはわかったけど、何で縁談えんだんにかっぶの?」

「いい家はいい家から嫁をもらいたいし、嫁に出す側もいい家の男にやりたいんだよ。まあ、これやり過ぎると血が近くなりすぎるから例外れいがいもあるけど、基本きほんそんな感じ」

「だったら、ずっと村にいてずっと一緒だった大彦君が波多々はたたさんと結婚すればいいんじゃないの?」

「この村って名字みょうじかぶりまくってるから、下の名前でくせ付けといた方がいいぞ。…で、俺的には無理」


 大彦は、面倒めんどうくさそうに続けた。


狭依さよりの母ちゃんって俺の母ちゃんの姉ちゃんでさ、狭依は俺の従姉いとこなんだよ。上の代でも結構繋がってるし、日本の民法みんぽう的にはアリでも、俺と狭依さより的にはナシなんだよ。誕生日たんじょうびも近くってさ、赤ん坊のころなんて同じ座敷ざしきでハイハイしてたんだぜ。覚えてなくてもウンザリするくらい写真いっぱい残ってるし、身内感ありすぎなんだよな。狭依さよりは俺らと同い年のくせにもう村一番の器量好きりょうよしって言われてるけど、見慣みなれすぎててよく分かんねーよ。狭依さよりもちょっと前まではちっちゃい母ちゃんみたいに俺にかまいたがってたしさあ。ねーわ」


――――リプレイ終了。



 稔流は、大彦から情報じょうほう整理せいりしてみた。


 大人達は大彦と狭依はり合いの取れた組み合わせだと思っているが、本人達にその気はない。

 そこに宇賀田うがたの本家におない年の稔流が引っしてきて、稔流の知らない所で狭依との縁談えんだんが持ち上がっていた。…ということだ。


 でも、唯一ゆいいつ跡取あととりだったはずの父を都会に送り出した祖父母の性格を考えると、祖父母が稔流の意志に関係なく話を進めているとは考えづらい。多分、波多々はたた家の方が言い出したのだろう。


 ちなみに、大彦言うところのいい家は、本家に加えて分家のナンバーでは三番まで。

 ナンバリングのルールは天道村独自どくじおきてによるが、たとえて言うなら皇室こうしつ宮家みやけに近い仕組しくみだ。

 そして、天皇の直系ちょっけい男子と宮家の男子では格がちがうように、『本家』は別格だ。


 だから、別格の本家の娘で、よわい十一にして村一番の器量好きりょうよしである狭依は、まさに高嶺たかねの花。条件に合う家が是非ぜひとも欲しいお嫁さんなのだ。

 そして、大彦が言っていた『例外』で近親婚きんしんこんけた結婚もアリとなれば、『いい家』ではない家や男にとっては最高の逆玉ぎゃくたまだ。


 稔流は、はぁといきいた。ひょっとして、稔流にっかかってきた『二の分家』のたくは、実は狭依のことが好きで、新しい縁談えんだんの相手の稔流を蹴落けおとしたかったのだろうか?


「ちょっとは自分の立場たちば理解りかいしたか?」


 じろり、とさくらが稔流をにらむ。

 稔流だってその気はないのに、決死けっしの思いで結婚を申し込んだ女の子が機嫌きげんそこねているという理不尽りふじん


(理解したけど…めんどくさい)


 さっきの狭依の雰囲気ふんいきでは、狭依は拓が特別に好きでかばおうとしたのではなく、お姉さんっぽい学級委員らしい視点してんで、事を荒立あらだてないように稔流にたのもうとした感じだった。


(さっさと拓が狭依さんにプロポーズすればいいのに)

「無理だな。拓は稔流が神隠しにったのと同じ年に、狭依のスカートをめくってグーでぶっ飛ばされた残念ざんねんやつだ。あのころから大して変わらん」


 稔流は遠い目になった。スカートめくりって何?二十世紀の漫画か。


「……私は、狭依は嫌いだ」

(どうして?)


 さくらはあじの良い話し方をするけれども、『嫌い』という語気ごきするどい言い方をするのはめずらしい。

 思い出す。さくらは、雪や冬は「あまり好きではない」と言うにとどめたのに。


椿つばきの花は、嫌いだ)


 強い拒絶きょぜつだった。どうして嫌いなのか、聞くことすら出来なかったくらいに。


「…とにかく、嫌いだ」


 さくらはそう言うと、ムスッとしてだまりこんでしまった。

 そこにバスがやって来て、ならんでいた順番じゅんばんに乗り込んでゆく。さくらも付いてきたので、座敷童でもバスに乗るのか…と思いつつ、とにかく狭依からはなれて座らなければと思った。

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