第7話 連れて行かれる子供 

稔流みのる君、帰りはバスなの?」


 声をかけられ、り向いた。

 女の子だった。名札を見ると『五年二組 波多々はたた狭依さより』と書いてある。同じクラスだ。


 今日は大彦おおひこのおかげで何人かの男子と友達になれたが、女子と話すのは初めてだ。


「うん。朝は始めに保護者ほごしゃと一緒に職員室に行くようにって言われてたから」

 大体は、両親がそろっていれば、保護者イコール父か母が同伴どうはんだと思う。


 でも、稔流の両親は、変に気をつかって、稔流に無理強むりじいしないように、稔流から会いたいと思うようになるまでとうと思っているらしい。

 稔流は、両親をめたい訳ではないのだが、それだけはどうもカチンと来てしまうのだ。


 どうして、傷付けられた側の稔流の方から会いたいと思って会いに行くと思っているのだろう?子供は、親を恋しがってれるものだとめているのだろうか。


「ったく、気をつかう方向がちがうんだよ…」

「何か言った?」

「あ…、ひとごと。気にしないで」


 うっかり声に出てしまった。今日は失言しつげんが多い。

 以前の自分はこんなんじゃなかったのにな…と稔流は思った。前の学校では、公私こうしみとめる『おとなしい子』『物静ものしずかな子』だったのに。


 自分が変わってしまったのは、さくらや曾祖母そうぞぼには正直でいられる生活に慣れてしまったからだろうか。

 それとも、ズバズバと本質を突き、容赦無ようしゃな物言ものいいをするさくらの話し方が、うつってしまったのだろうか?


 ――――いや、それはい。無いことにしないとさくらがおこる。


「私も同じバスなの。稔君の家の近くだから」

 天道村の常識じょうしき:近所=半径1キロ以内。


 だが、この場合は村の外でも常識的な距離きょりだという事に稔流は気付いた。

「あの…、おやみ申し上げます」


 善郎よしろうさんがた家。…あやめという座敷童が居た家。

「お葬式そうしきにも行けなくてすみませんでした」


 深々と頭を下げると、波多々はたた狭依さよりこまったように微笑ほほえんだ。

「気にしないで。この村では、子供がお葬式に行くのは良くないって言われているから」

「……?さわぐから?」

「ううん」


 狭依は小さい声で答えた。

「10歳にとどかない子供は『れて行かれるから』…神隠しと同じ」


 稔流は、おどろいた。死者にれて行かれるのも、神隠しにう子供も、10歳にとどかない…9歳までの子供だと、狭依さよりは言ったのだ。


「俺は10歳だけど?」

「神隠しは、10歳に届かないっていうのは、昔は数え年のことだったんだけれど…いつの間にか満10歳までになっていたみたい。でも、天道村は神様への信仰しんこうが強いから、死は『けがれ』で、子供はいくつでも避けた方がいいって言われているの。お葬式はどこも大人だけよ。『けがれない』のは、お寺の家柄いえがら比良ひらっていう名字みょうじの人達だけ」

「…………」


(――――どうして、今なら村に行ってもいいんだろう?)


(5年もの間、多分わざと、村から遠ざかっていたのに)


(お父さんとお母さんは、一体んだろう?特に、お母さんは…)


(一体、んだろう――――?)


 稔流の中で、やっと、パズルのピースがまった。

 数えとおとどかない子供は、別の世界へれて行かれる。


 でも、今は満年齢まんねんれい基準きじゅんにするのが当たり前になっているので、村人は恐怖心きょうふしんから禁忌きんきの年齢を満9歳まで引き上げた。


 稔流は満10歳になったから、もう神隠しにはわない。だから天道村に来てもいいことなったのだ。

 そして、父よりも母の方がより強く天道村を避けていた理由は…


 ――――お母さんが、自分の所為せいでみのりを死なせたんだって自分をめていたからだ。俺までさらわれて失ってしまうかもしれないって、怖かったんだ――――


 稔流が河童かっぱさらわれた時、それまで一緒にいた祖母がきゅうりとナスを取りに行っていたので、稔流はひとりだった。

 でも、母も何かしらの理由でその場にはなかった。まだ5歳の子供を、ひとりにしてしまった。


 偶然ぐうぜん、大人全員の目がはなれたわずかな時間に、稔流の姿すがたは消えてしまった。そして一週間帰って来なかった。


 ――――お母さんは、神隠しのことも、自分が悪かったと思っているんだ――――


 だれ所為せいでもないのに。

 神隠しなんて、もう伝説とか昔話とか、その程度ていどのものになっていたのに。


 家にかぎをかける習慣しゅうかんがないくらい、村人達はおたがいを信頼しんらいしているし、信頼をうしなった者は最悪村八分になるというしばりもあるから、人攫ひとさらいなど起こるはずがない。

 誰もがそう思っていたのだから、誰も悪くなんかないのに。


「稔君、どうしたの?具合ぐあい悪い?」

狭依さよりの声でわれかえった。

「大丈夫だよ。…少し考え事をしてただけ」

「…あまり気にしないでね。……たっくんのこと」


 たっくん?って誰?と思ったが、すぐに解決かいけつした。

「ああ、二の分家ぶんけの?『たくくん』じゃ呼びづらいね」

「うん。ちっちゃいころから、みんなそうんでるの。…あの…たっくんも、反省はんせいしてると思う。だから…」


「だから何?」


 稔流がしずかにい返すと、狭依さよりかすかにびくっとした。

 多分、優しい子なんだろうなと稔流は思った。でも、また稔流がたくめるかもしれないと思われているのは、悪者あつかいのようで微妙びみょうにイラッとする。


「もうわった話だよ。今の話もおしまい」

と本当に終わらせたのだが、


「おい、稔流」

「さ…」


…じゃない。心の声で言い直した。


(さくら、どうかした?)

「どうかしたかどうかは、自分の目でたしかめろ」


 始業式しぎょうしきの後に稔流をっていたさくらだが、テスト中は退屈たいくつだったのか、稔流のランドセルからむすびを竹筒たけづつ回収かいしゅうすると、(三階の)まどから出て行ってしまった。

 さすがに心配していたのだが、さくらはいつの間にか稔流のとなりにいる。


 稔流は、さくらが言った通りにチラリと周囲の様子をうかがった。…時に、同じ年頃の子供達のほぼ全員と目が合ってしまった。

 嫉妬しっと興味きょうみと二種類の視線しせんが、稔流に向けられている。結構けっこう露骨ろこつなのに、今まで気が付かなかった方がおかしいくらいだ。

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