第6話 学校の妖怪

 稔流は、大彦にお礼を言った。

「さっきはありがとう」

「ん?何が?」

「本当は、俺が好きな女子のタイプなんて、どうでもいいでしょ?俺がクラスの空気をこおらせちゃったから、ふざけた質問で解凍かいとうしてくれたんだよね」

「あー、バレてた?…っていうか、わかってたんなら『優しい人』とか適当てきとうに言っとけばいいのに。『綺麗な人』とかガチすぎてウケる」


 そう言われてみればそうだ。多分、前の学校にいたころ稔流みのるなら、無難ぶなんなことを言って受け流していたはずなのに。どうして、今の自分は思い付きもしなかったのだろう?


 さくらは、自分のことを優しくない、美しい誤解をするなと言うけれども、その一方で稔流みのるに対しては優しくあろうとしているのは本当の事だ。


 ――――でも、さくらは、優しくても、おそろしくても、残酷ざんこくでも、綺麗きれいだった。


 夜空を幾筋いくすじにもいかづちのように。何もかもやしくすほのおのように。

 あまりにも鮮烈せんれつ唯一ゆいいつ無二むにに、心奪こころうばわれた。


「優しい人って、大抵たいていだれにでも優しいよね。でも、俺は俺にしか優しくしない人でいいんだよ」

「うっわー惚気のろけかよ。すっげー可愛かわいいんだろーなあ。遠距離恋愛頑張がんばれよ」


 東京に彼女がいると勘違かんちがいされたらしい。

 が、稔流は別の所で違和感いわかんを覚えた。


 ……どうして、俺はさくらのこと、『可愛かわいい』じゃなくて『綺麗きれい』ばっかり脳内のうない連呼れんこしてるんだろうか。


 結構けっこう口にも出てしまっているけれども、多分その十倍は綺麗だと思っている。


「……で、稔流って、見かけ裏切うらぎってるよな。何でおとなしいりしてんの?さっきはいいとこのぼっちゃんみたいに『僕』だったけど、実は俺キャラじゃん」

「さあ…。どうしてかな」

「俺が聞いてるんだっての」

め腐って、油断ゆだんしてくれる人がいるのは便利かな」

こええよ」


 始業式で、校長先生の長い話を無になって過ごした後は、早速さっそく授業開始だ。それで教室にもどったのだが、稔流は自分の席に行こうとして、ぎょっとした。


 稔流の席は大彦のとなりだが、さらにその隣も空席くうせきだった。…はずだった。


「学校は楽しいか?」


 白地に桜柄さくらがらの着物にあかおび蝶々ちょうちょうむすんでいる、白い髪の女の子が頬杖ほおづえいて稔流を見ていた。


「さ…!」


 思わずさけびそうになったが、さくらは白い指をくちびるに当てて「しーっ」と言った。


「私は稔流の名前を盛大せいだいさけんでも一向いっこうかまわないが、稔流が私の名前をさけぶとこの場の全員に聞かれるぞ?」

「…………」


 それはまずい。

 稔流は内心あせきながら、自分の席に座った。そして、


(まだよく分からないけど、これから楽しくなるかもしれない)


 さくらが、おどろいた顔をした。

「どうして、心の声が使える?」


(…これだよ)

稔流は、お守りサイズの小さな巾着袋きんちゃくぶくろをポケットから取り出した。


(さくらがくれた花びらが入ってるんだ)


 曾祖母の家で、声を出さなくても会話が出来るように、さくらは花びらがくしゃくしゃになるたびに、髪にかざられた椿つばきから花びらを千切ちぎって稔流にくれた。

 

 くしゃくしゃになっても、稔流はその花びらをてたことは一度も無い。

 さくらが嫌がるかもしれないと思ったけれども、こっそりかくして花びらが乾燥かんそうするのをち、障子紙しょうじがみつつんだものを曾祖母に作ってもらった巾着袋きんちゃくぶくろに入れて持っていたのだ。


「……ててよかったのに。どうせ私の頭の椿つばきは消えない」

(捨てないよ。さくらからもらったものは何でも)

まなで殺し文句もんくを言うな」

(さくらにしか聞こえないよ)

「…………」


 さくらの横顔は、怒っているようにも見えるけれども、どことなくまんざらでもない雰囲気ふんいきだ。


(朝になったらいなくなってて、心配したよ)


 さびしかったよ、なんて言えない。格好悪いから。

「私が気が向いた時に気が向いた所へ行くことなんて、めずらしくないだろう」

(…そうだね)


本当は、心配したことはない。

さくらは、強いから。子供の姿をしていても、小さな神様だから。

やっぱり、嘘は苦手だと稔流は思った。だから「さびしかった」の代わりに言った。


(会いに来てくれて嬉しいよ、さくら)

「…よかったな」


 頬杖ほおづえいたまま横顔しか見せてくれなくても、さくらと一緒にいるのは嬉しくて、安心する。


(さくらって、今までも学校に来たことあるの?)

「あるよ。時々遊びにじる。此処ここは子供がたくさんいるから」

(あ…そっか)


 子供達が集まって遊んでいると、子供の数がえていることがある。だからと言って、知らない子などいるはずもないので、あまり気にせず遊びは続く。

 遊び終わって、いつの間にか人数がっていると、流石さすがに「だれ?」と不思議に思う。


 でも、いなくなった子が誰なのか、誰も覚えていない。そんな不思議な誰か…が座敷童だ。


「夜中から、久しぶりに旧校舎きゅうこうしゃに行っていた。木造もくぞうの校舎は居心地いごこちが良い。ウッカリ朝までてしまった」

(どうして夜中?)


「昔は、夏休みになると時々勝手に入り込んで胆試きもだめしをしたり、百物語ひゃくものがたり真似事まねごとをする子供がいたからな。おどろかすのは楽しいぞ」

 さくらの機嫌きげんが良くなった。これは本当に面白がっていたのだろう。


幽霊ゆうれいがいるかどうかは知らないけど、学校の妖怪は本当にいたんだね)

「幽霊は、いるぞ」

(えっ…どこに!?)

「どこにでも。見える人間と見えない人間がいるだけだ」


 稔流はほっとした。今まで自分は幽霊を見たことはない。

「…今、安心したな?稔流は、座敷童も河童も見えるというのに」


 隣にいるさくらが、かるり向いた流し目で稔流を見て、なぞめいた微笑をかべた。稔流は、思わずゾクリとした。を見てしまった…そんな気がして。――――でも、


(一応数え九つの見かけのはずなのに、色っぽい流し目の座敷童ってアリなんだろうか…)

「…………………………」


 あ、(心の)声に出してしまった。


「…おい、稔流」

(はい…何でしょうか…)


 何故なぜか敬語。


 さくらは、がたんと椅子から立ち上がった。

「お前…!幼女ようじょ趣味しゅみだったのか!?小児性愛しょうにせいあいなのか!?」

(何でそんな生々なまなましい言葉知ってるの!?)

「問題はそこか?色気いろけを出せる座敷童などわらしではないわ!」


「え?今、その椅子いす勝手にたおれたよな」

大彦の声に、つかかるいきおいだったさくらも、つかかられる直前だった稔流も、ピタリと動きを止めた。


 クラス中がざわざわし始めた。

 まずい。とてもまずい。

 誰かが言った。


「座敷童か?」


 稔流はかたまったが、周囲はどういうわけ納得顔なっとくがおだ。

「かもなー」

おどろかせようとして遊んだんじゃね?」

「あ、稔流は驚くよな」


 大彦が説明してくれた。

「クラスの人数よりも何個か多くつくえ椅子いす置いとくのって、旧校舎時代から続いてるうちの学校の伝統でんとうなんだよ」

「どうして?」

「座敷童の席なんだよ。時々授業にざりにくるからって昔から言われててさ」


「……そうなんだ」

稔流はクスッと笑った。

「この村なら、そういうこともあるかもしれないね」


 みなの目に見えなくても、座敷童はここにいる。人間の子供と遊ぶのが大好きな座敷童が。


 その時、教室の入口がガラッと開いた。

「テストするぞー!」

 担任の声に、えーっとイヤそうな子供達の声がひびいた。

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